蟷螂の斧
-河野太郎議員の電力システム改革論への疑問③-
澤 昭裕
国際環境経済研究所前所長
更に議員は、「専門家によれば、この運用容量を超える運用が行われている」とも述べている。確かに、緊急時においては、連系線の運用容量を超えて電気を流すことがある。その考え方について、議員も言及している九州電力の新大分火力発電所がダウンしたケース(2012年2月3日)に即して見てみよう。中国→九州の連系線の運用容量(30万kW)は、周波数維持面の限界値により決定されている。これは、運用容量を超過して電気を流すと、連系線のルート断事故が発生した際に、九州地域の周波数が低下して、停電が発生するリスクがあることを意味する。
さて、2012年2月3日午前4時ごろ、九州電力の新大分火力発電所(230万kW)が設備トラブルにより緊急停止した。停止したのは深夜であったが、夜が明けて需要が増加すると、九州地域が供給力不足となることは必至の状況となった。そのため九州電力は、連系線の運用容量を超えて他地域から緊急融通を受け、計画停電を回避した。先に述べたとおり、この融通を受けている最中に連系線のルート断事故が発生すると、九州地域の周波数が低下して、広域停電が発生するリスクがあった。しかし、この時は、既に発生した設備事故のために計画停電のリスクが高まってしまっており、それを回避するために、九州電力はルート断事故のリスクを甘受する判断をしたわけである。
これについて議員は「運用容量はどうしたのだろう」と疑問を呈している。しかし、この状況でどちらのリスクを優先して回避すべきかという問いに対する答えは、筆者には自明に思える。議員ご自身が九州電力の責任者であれば、運用容量を超えた緊急融通を受けることになれば、普段から運用容量を過小設定していると外から非難を受けそうだと考えて、緊急融通を受けないことにするのだろうか。逆に仮に停電リスクを甘受したうえで、緊急融通を受けてそれをが「言い訳」と批判されたとしたら、どうお感じになるのだろうか。
こうした考え方は、先ごろ公表された広域的運営推進機関の業務規程に、次のように整理されている。
(緊急時の連系線の使用)
第80条 本機関は、前条のマージン使用その他の対策を行ってもなお、供給区域の需給ひっ迫による需要抑制及び負荷遮断を回避できない又は回避できないおそれがあると認めるときは、次の各号に掲げる手順により、連系線利用申込者が、供給信頼度の低下を伴いつつ運用容量を超えて連系線を使用した供給を行うことを認める。(以下略。強調は筆者による)
この「供給信頼度の低下を伴いつつ」という文言が肝である。既に不測の事態が発生し、ほぼ確実に起こりうるリスクに直面している時は、供給信頼度を平時に確保しているレベルから下げることも甘受して、そのリスクを回避すべき、という考え方だ。
もちろん、平時に確保すべき供給信頼度とは何か、という論点はあり得る。例えば、九州電力によると、中国→九州の連系線ルート事故は、過去40年で5回程度発生しているとのことである。つまり、8年に一度程度の停電のリスクを回避するために運用容量を制限しているわけであるが、このようなリスクを甘受しても、運用容量を増やした方がよいという議論はあり得る。事実を表していない「(電力会社の)言い訳」などという揶揄的な表現を使ったりするのはやめて、こうした論点についての生産的な議論を進めた方が、電力の安定供給をより確かなものする電力システム改革につながると思うのだがどうだろうか。
これまで3回にわたって、河野太郎議員の電力システム改革論についての疑問等を述べてきた。今後は、竹内純子主席研究員がウェッジinfinityのウェブで、自らの専門との関連の話題を扱う予定である。