現場の人々が起こす“奇跡”に感謝を

書評:佐々涼子著「紙つなげ!彼らが本の紙を造っている」


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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電気新聞からの転載:2014年8月1日付)

 東日本大震災では、東北地方の多くの工場が被災し物流に支障をきたした。この地に日本のモノづくりの拠点があり、私たちの生活が支えられていたことを初めて知ったという方も多くいただろう。この著者も、関係する雑誌が紙不足に直面して初めて、石巻に世界有数の製紙工場があり、そこが壊滅的な被害を受けたことで日本の出版業界が危機に瀕していることを知る。
 本書は、日本製紙石巻工場の奇跡を描いている。当日職場にいた全従業員が無事避難できたことが第一の奇跡。従業員ですら「工場は死んだ」と口にした石巻工場を復活させるとトップが決断したことが第二の奇跡。そしてそれを半年以内に達成すると決め成し遂げたこと、これが第三の奇跡である。
 これらの奇跡を起こしたのは1人のスーパーマンではない。紙を作ることに誇りを持ち、地元を愛する普通の人々だ。モノづくりの現場にいる普通の人々が起こした奇跡を通じて、私たち消費者は、忘れていた生産者への敬意やモノへの感謝を取り戻すことができる。それがこの本が今、多くの人を惹きつけている理由であろう。
 翻って考えれば、電力の現場で起きたことはどれほど世間に伝わっているのだろうか。
 私の知る一例ではあるが、東北電力の原町火力発電所の復活も人の心を揺さぶる奇跡だ。全社的に供給力が不足するだろうからと地震発生後もしばらく1号機の運転を継続した運転員。電源室から発生した火災を、津波で押し寄せた海水を汲んで自ら消火にあたった発電所長以下155人の所員。そして、「壊滅した原町火力ですら復活したという姿を地域の方たちに見せる」という目標の下に一丸となった、東北電力、メーカー、協力企業の社員。電力現場にいる「普通の人たち」の見せた矜持はもっと確かに伝えていく必要がある。
 社会が大きくなりすぎたからであろうか、生産者と消費者の距離は遠くなった。使いたいときに使えることを当たり前と捉え、「たかが」などという言葉すらこぼれ出るようになっている。「電線つなげ!」と奮闘した電力の現場についても、もっと伝えていく必要があると教えてくれた一冊である。

※ 一般社団法人日本電気協会に無断で転載することを禁ず

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「紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている」 
著者:佐々 涼子(出版社: 早川書房)
ISBN-10: 4152094605
ISBN-13: 978-4152094605

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