欧州のエネルギー・環境政策をめぐる風景感(その5)
有馬 純
国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授
省エネルギー
エネルギーコストの上昇、国際競争力への懸念、ウクライナ問題と難題が山積する中で、プライオリティをあげると思われるのが省エネである。ロシア依存を下げるために石炭を使ったのでは温室効果ガスが増大するし、原子力はリードタイムがかかる。更に、再生可能エネルギーの一層の拡大はエネルギーコストとのバランスが難しくなる。その意味で省エネはエネルギーセキュリティ、エネルギーコスト削減、温室効果ガス削減のいずれにも有効なオプションであり、予定を前倒しして省エネ指令を改訂する可能性もある。ただ、2006年パッケージの20%省エネ目標を達成するための省エネ指令策定は加盟国の抵抗にあって非常に難航した。今回、省エネという方向性については各国の支持が得られるとしても、各国の政策の裁量に大きく踏み込むような指令案(例えば省エネ国別目標等)ができるかどうかは疑問である。
欧州エネルギー環境政策はどこへ行くのか?
6月26-27日に開催された首脳レベルの欧州理事会では、バローゾ委員長の後任人事やウクライナ、グルジア、モルドバとの連合協定が大きなイシューであったが、2030年パッケージ案と欧州エネルギー安全保障戦略案についても議論が行われ、本年10月までに新たなパッケージとエネルギー安全保障確保のための施策を最終決定することを申し合わせた。
2030年パッケージ案や、エネルギー安全保障戦略案に対する再生可能エネルギー団体、環境NGOの評価は総じて厳しい。彼らから見れば、国別再生可能エネルギー目標が脱落したのは大きな後退であることに加え、更にウクライナ危機は再生可能エネルギーと省エネにもっとドライブをかける好機であるにもかかわらず、シェールガスを含む域内化石燃料開発に力点を置いている(かに見える)戦略案は噴飯ものなのだろう。
しかし、これまで書いてきたように、温暖化対策に偏重した2020年パッケージ、その後の経済危機とエネルギーコスト上昇、国際競争力への懸念、更にウクライナ危機によるエネルギー安全保障アジェンダの急浮上等、ここ数年の欧州のエネルギー環境政策をめぐる状況、プライオリティの重心も大きく変わってきている。そうした中で、2030年のパッケージ案も、今回のエネルギー安全保障戦略案も、複数の、ともすれば相反する要請を満たすべく、欧州委員会が大変な苦労をして作ったのだろうと私には思われる。
その時々の情勢に応じてエネルギー環境政策のプライオリティが変わることに加え、各国の国情の違いも大きい。温暖化問題をめぐる西欧諸国と東欧諸国の対立、ウクライナ問題をめぐるロシア依存への考え方、石炭資源に対する考え方の温度差はその事例だ。更にEUワイドの対応が必要な部分、各国の選択に委ねられる部分の線引きも難しい。ユーロ危機に端を発する「EUなるもの」への一般国民の信頼の低下、反EU政党の台頭は、ブラッセル発のエネルギー環境政策へのハードルを上げることになろう。今年秋、バローゾ委員長、ファンロンパイ議長を初めとして欧州委員会の顔ぶれが一斉に変わる。そうした中でEUとして種々の政策課題のどこにプライオリティをおくのか、その中でエネルギー・環境政策はどこに向かうのか、非常に興味のあるところである。欧州に根強い環境意識を考えれば、温暖化アジェンダが大きく後退することは有り得ないだろう。ただ従来のような「グリーン政策はグリーン雇用を生む」といったスローガン先行の施策ではなく、エネルギー安全保障、エネルギーコストとのバランスを取っていこうという傾向が強まることと思われる。
翻って我が国のエネルギー政策もエネルギーコストの上昇、エネルギーセキュリティ上の懸念、増大する温室効果ガス等のジレンマに悩んでいる。かつてEUの気候変動当局と話をすると「世界はEUを見習え」的な態度には正直、辟易したものであったが、その後、種々の難題に直面し、政策目標間のジレンマに悩んでいるEUのエネルギー当局とは、従前に比して共通の土台に立って話せるようになってきたのかもしれない。