欧州のエネルギー・環境政策をめぐる風景感(その5)
有馬 純
国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授
他方、戦略案には「この20年間,EU域内の自国エネルギーは,再エネの増加にもかかわらず急激に減少した(2001年~2012年の間では15%減)。しかしながら,中期的には,更なる再生可能エネルギーの開発や,原子力,持続的な化石燃料の生産によりその流れを減速可能である」とも書いており、再生可能エネルギー一辺倒ではないことも注目される。在来型の域内石油・ガス資源の最大限の開発に加え、シェールガスについても「パブリックアクセプタンスと環境問題を解決できれば、在来型のガス生産の減少を補うことができる」とされている。
米国ではシェールガス革命でエネルギー供給構造が大きく変わったが、欧州にもシェールガス資源は存在する。ただし、シェールガス開発に対するポジションは国によって異なり、ポーランド、英国のように国内シェールガス資源開発に積極的な国もあれば、フランス、ブルガリアのように環境問題を理由にシェールガス開発を禁止している国もある。フランスはそもそも電力部門における原子力のシェアが8割近くと高いため、少なくとも電力部門での天然ガスニーズのためにシェールガスを開発する喫緊の必要性はないが、ブルガリアのようにロシアへのガス依存の高い国でシェールガス開発を禁止している理由はよくわからない。ロシアが裏で反対運動を操っているといううがった見方もある。
欧州のシェールガス資源と各国の開発ポジション
ウクライナ危機が欧州におけるシェールガス開発の議論に追い風になることは間違いないだろう。ただ、米国と異なり、欧州でのシェールガス開発がゲームチェンジャーになる可能性は低そうだ。米国ではシェールガスの探鉱データ、採掘技術が蓄積していることに加え、地下資源は土地所有者に帰属するため、開発インセンティブが強い。これに対して欧州ではシェールガスの探鉱データ、技術の蓄積が浅く、地下資源が国に帰属することに加え、人口密度が高く、開発に対する環境面からの抵抗も強いからだ。
同じ化石燃料でも石炭については扱いが違う。戦略案では「石炭は,40%を域外に依存しているものの,その世界マーケットはよく機能し・多角化され、安定的な輸入ベースができている。石炭、褐炭のCO2排出量を考慮すれば、EUにおける石炭・褐炭の長期的な将来性はCCS技術の活用によってのみ約束される」と書かれている。「石炭はエネルギー安全保障の同義語」と主張するポーランドから反発が来ることも予想される。
原子力については再生可能エネルギー、持続的な化石燃料生産と並び、「EUのエネルギー自給低下の歯止めになりうる」との位置づけがなされているが、「自国エネルギー生産の拡大」というコンテクストでは、それ以上の言及はない。他方、「海外からの供給多様化と関連インフラ」に関する章における「ウラニウム及び核燃料」の中に「原子力発電所からの電力はCO2を排出せず、信頼できるベースロード電力供給を構成し、エネルギー供給に重要な役割を果たす。発電コストに占める核燃料の割合はガスや石炭火力に比してわずか。ウラニウムは核燃料コストに占めるウラニウムの割合はわずかであり、世界のウラニウム供給市場は安定的で多様化されている」との、よりポジティブな記述がある。欧州委員会の意図を忖度すれば、「自国エネルギー生産の拡大」の中で原子力についてポジティブな記述をすると、ドイツ、オーストリア、アイルランド、デンマークのような反原発国の反発を招くと考え、「海外からの供給多様化と関連インフラ」の中で記述したのではないか。