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私的京都議定書始末記(その39)

-高まる日本への圧力-


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授


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英国、EUとの応酬、カナダ、ロシアとの連携

 11月30日には英国、EUと相次いでバイ会談を行った。ここでも京都第二約束期間がメインの話題になった。日本も彼らもコペンハーゲン合意をベースにカンクンで良い成果を得たいとの点については究極の目的は共有している。しかしそこに向けての戦略は異なる。彼らの議論は要約すれば「途上国をAWG-LCAで譲歩させるためには、AWG-KPで第二約束期間に色をつけてやらねばならない。妥協が必要だ」というものであった。また日本の第二約束期間拒否は交渉上の戦術ではないかとの見方もそこかしこに垣間見られた。これに対して日本側は「第二約束期間に入らないという日本のポジションは交渉タクティクスではなく、レッドラインだ。第二約束期間で譲歩すれば中国等の主要途上国が妥協するというのは幻想だ。彼らは京都議定書に基づく先進国、途上国の二分法を固定化しようとしている。第二約束期間の方向性を確定すれば、かえってAWG-LCAの成果を法的枠組みにしようという目標達成が難しくなる」と応酬した。こちらから「EUはAWG-LCAにおいて同等の枠組みができるのであれば、京都第二約束期間に前向きと言っているが、仮にAWG-LCAで同等の法的枠組みができる確証がなければ第二約束期間設定に反対するのか」と聞くと、歯切れが悪くなり「そこはEUの中でも割れている。フランスのように無条件で第二約束期間に入ってもいいという国もある」とのことだった。

 繰り返しになるが、EUにとって京都第二約束期間に舵を切ることは決して高いハードルではない。LCAの仕上がりがわからなければ90年比20%減という下限の目標を掲げていれば足りるし、それは寝転がっていても達成可能なのだ。日本の場合は条件付とはいえ、90年比25%減という数字が一つしかない。この数字で京都第二約束期間に参加したが最後、大量のクレジット購入を余儀なくされ、まさしく「鴨が葱を背負ってくる」ようなものだ。

 英国やEUとやり取りをしながら、かつて2000年代の初め、米国離脱後の京都議定書に何とか日本をつなぎとめようとEUが波状攻撃をかけてきたことを思い出していた。彼らにとっても自分たちだけで京都第二約束期間に舵を切ることには逡巡があったのだろう。カナダ、ロシアはともかく、何とかして日本は引きずり込みたい、日本は最後には妥協するだろうと思っていたに違いない。

 同時にEUが第二約束期間を原則、容認している以上、彼らが自らの判断で第二約束期間に参加することをブロックすることもできない。「我々は参加しないけれど、そちらはどうぞご勝手に」というしかない。問題はいかにAWG-KPの結論文書で京都第二約束期間に関する異なる立場を包含し、結果をプレジャッジしない表現を確保するかに帰着する。

 日本へのプレッシャーが高まる中で、立場を同じくするカナダ、ロシアとの連携も重要だった。カナダのギ・サンジャック気候変動大使、ロシアのシャマノフ課長と密に連絡を取り合い、交渉全体の現状認識をすり合わせると共に、今回、AWG-KPをどうやって乗り切るかという点について意見交換を行った。カナダは米国と経済が相当部分一体化しており、米国の参加しない京都議定書に参加していることは意味がないとの立場であり、ある意味、日本以上に第二約束期間にはネガティブな立場であった。しかし、第一約束期間の目標も達成できそうにないという「脛に傷を持つ」身の故か、公の場では自分のポジションをはっきり言わないところがあった。その点、色々な外交局面で、良くも悪くも空気を読まずに「ニェット」と言ってきたロシアの度胸は心強かった。

松本環境大臣の到着

 初日のステートメントの後は、各国とのバイ(二国間)会談、AWG-KPへの出席、プレスへの説明等に明け暮れた。ある意味、一番楽だったのはAWG-KPである。根本的な方針は初日に表明済みであり、第二約束期間設定を前提とした先進国の削減幅(ナンバー)の議論には冒頭、「日本の立場は初日のプレナリーで表明したとおり」と一言発言して、あとは黙っていればよかった。最早、細かい条件闘争の次元ではないのである。

 あっという間に1週間が過ぎ、週末に松本龍環境大臣、山花郁夫外務政務官、田嶋要経産政務官他がカンクン入りした。事務レベル交渉のヘッドとなる杉山晋輔外務省地球規模課題審議官も松本大臣と共に到着した。杉山審議官はカンクンに向かう道すがら、松本環境大臣に温暖化交渉の力学、実相、京都第二約束期間の問題点等を相当綿密に説明していた。初めてお会いする松本環境大臣は腹の据わった方であった。私にとって幸いなことに松本大臣もスモーカーであり、大臣スイートの外でよくタバコを吹かしておられ、ご一緒する機会が再三に及んだ。「初日にぶち抜きの化石賞を取ってしまってすみません」と言うと笑いながら、以後、私のことを「Mr. Fossil 」と呼ばれるようになった。

 松本大臣は、議長国メキシコ、ロシア、南ア、ニュージーランド、豪州、グレナダ、中国、米国、カナダ等と精力的にバイ会談をこなされたが、「カンクンの成功のためにメキシコへの協力は惜しまないが、京都第二約束期間に決して参加しないという日本のポジションは揺るがせにしない」という点で終始首尾一貫した対応をとられていた。初日にステートメントを行い、「世界を騒がせた」身としては、ハイレベルになっても立場がぶれないという事実が何よりも有り難かった。

英国・ブラジルとの「対決」

 COP16も第二週に入り、京都議定書問題が大きなイシューであり続ける中で、議長国メキシコは英国のヒューンエネルギー気候変動大臣、ブラジルのティシェイラ環境大臣(実際はマシャード外務省局長)を本件に関する共同ファシリテーターに任命した。

ヒューン大臣(中央)、マシャード局長(左)

 早速、「アンブレラグループとの非公式意見交換をしたい」との呼び出しがあり、日本からは杉山審議官、森谷審議官と私が指定された部屋に向かった。ところがテーブルの向こう側にはヒューン大臣、ティシェイラ大臣、マシャード局長らが座っているが、こちら側には日本しかいない。どうやら交渉を前に進めるため、まず京都議定書について強いポジションを崩さない日本に圧力をかけるための会合らしかった。加納課長の著作(加納雄大「環境外交」—気候変動交渉とグローバル・ガバナンス)にもあるように、あたかも日本を被告席に座らせるがごとき対応は率直に言って不愉快だった。

 先方で主に議論をリードしたのはヒューン大臣である。「G77+中国から譲歩を引き出し、LCAにおいて法的成果になるようなパッケージを得るためには第二約束期間に関してポジティブな表現はできないのか」「LCAで米国や中国を含む法的な成果ができるのであれば、日本も第二約束期間をポジティブに考えるべきだ」等々、突っ込んでくる。これに対する杉山審議官の反論は見事なものであった。私は審議官の横に座り、そのやり取りを克明にメモしていたが、今、その時の議事録を読み返して見ても論理の明快さと一歩も引かない度胸に脱帽する思いがする。

 ヒューン大臣の追及に対し、杉山審議官は反駁する。「米国や中国が第二約束期間に入る見込みがない中で、第二約束期間を受け入れることはできない。AWG-KPとAWG-LCAという2つのトラックがあることは現実の問題として受け入れるとしても、LCAでの交渉が法的枠組みにつながり、それが(EUの言うように)京都議定書と同等のものであるならば、どうして一つに統合しないのか。米国の現状を考えれば、当面、京都議定書と同等の法的枠組みに入ることはできない。京都議定書第二約束期間を設定すれば、京都締約国の先進国は議定書で拘束され、米国、中国は何も拘束されないことになる。そんなことは受け入れられない」と。

 ヒューン大臣は「金曜日の段階で会議が決裂すれば、世界中の人々を暗黒に突き落とすことになる」「金曜日が決裂したら日本が世界の新聞のヘッドラインになる」とまで言い募った。これに対し、杉山審議官は一歩も引かず、「今週をしのぐために(第二約束期間に関する)ディールをしても、目の前の問題を解決するためにはプラスかもしれないが、日本の国益のみならず、温暖化問題の解決そのものにとってもマイナスだ」「日本にとってのレッドラインは明らかであり、それを踏み越えるつもりはない。誰もレッドラインまで追い詰めず、現実的な解決策を見出すべきだ」と応酬した。その後、どういうわけか、この時の議事録が日本の新聞一面に掲載され、在京英国大使館は「英国が日本を追い詰めようとしている」というイメージの払拭に腐心したという。

 この時のヒューン大臣の物言いは、上記加納氏の著作にある通り、「国際社会の大義を背負ったような」、ある意味の傲岸さに満ち溢れていた。後日談になるが、私が英国に赴任した直後、ヒューン大臣は自分のスピード違反のポイントを細君に付け替え、それが露呈してスキャンダルとなり、政界を去ることになる。カンクンでの自信にあふれたヒューン大臣のことを思い出し、「人の人生はわからない」としみじみ思ったものだった。

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