私的京都議定書始末記(その38)

-初日のステートメントとその波紋-


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

印刷用ページ

ステートメントへの反応

 一夜明けて代表団内会議に出ると、各国代表団に幅広いネットワークを有する環境省の島田交渉官から、「昨日の日本のステートメントが大変な話題になっている」という報告があった。良い意味で話題になっているのではないのは言うまでもない。

 私が発言した内容は、これまでAWGやMEF、メキシコ非公式協議等で日本が表明してきたポジションと変わるものではない。あえて違いを言えば「いかなる状況の下でも」という強い表現を入れたことである。中国等の途上国は「EUは第二約束期間容認に舵を切った。日本は第二約束期間を受け入れないと言っているが、COPの場で数で押せばAWG-LCAでそこそこの成果が出ることを条件に最後は受け入るだろう」くらいに考えていたのかもしれない。だからこそ初日に日本が率直過ぎるくらい率直に、妥協できないレッドラインを示したことに驚き、かつ反発したのだろう。

 案の定、11月30日に環境NGOが発表する「化石大賞」は2位、3位なしで日本が「ぶっちぎりの1位」を獲得した。初日のステートメントの後、日本の環境NGOからお褒めにあずかったのだが、国際NGOの集まりの中で、日本は集中攻撃を受けたようだ。ちなみに米国が京都議定書から離脱した際は Fossil of the Day ならぬ Fossil of the Century を受賞しているし、後に日本がワルシャワのCOP19で90年比25%削減目標を取り下げ、2005年比3.8%減目標を表明した際は「特別化石賞」を受賞した。「ぶっちぎりの1位」くらいで驚いてはいけないのかもしれない。

 11月30日には内外記者会見も行われ、環境省の南川次官を筆頭に壇上に並んでプレスの質問を受けた。「日本は京都議定書から離脱するのか」「京都議定書第二約束期間を拒絶することで交渉全体をブロックすることになるのではないか」等、ほとんどの質問が京都議定書問題に集中した。南川次官、外務省の山田参事官から「会議冒頭であったこと、曖昧さを廃した率直なものであったため、ショックだったかもしれないが、日本のステートメントで示されたポジションは何ら新たなものではなく、前からよく知られていたもの。京都議定書第二約束期間は全ての国が参加する実効ある枠組みを作る上で実効性がない。これは日本の利害で言っているのではなく、地球を守る観点からも有効ではないということだ。日本は京都議定書から離脱するつもりはなく、第一約束期間の約束は誠実に守る。また全ての国が参加する公平で実効ある枠組みに向けて貢献していく。」と答えていた。私も壇上で質問に答え、日本の立場を説明すると共に、記者会見後、ガーディアン紙の記者からインタビューも受けた。

記者会見場で

悪名世界に広がる

 日本のステートメントはプレスでも大きく取り上げられ、インターネットで Japan, Kyoto Protocol, COP16 というキーワードを入れるとずらりと記事が出てきた。英語のみならず、デンマーク語、スペイン語等、様々であり、その多くに私の名前も言及されていた。12月にはいっていたこともあり、12月8日のパールハーバーになぞらえた記事すらあった。ガーディアン紙は12月1日付の記事で以下のように報じている。

The brief statement, made by Jun Arima, an official in the government’s economics trade and industry department, in an open session, was the strongest yet made against the protocol by one of the largest emitters of greenhouse gases.

He said: “Japan will not inscribe its target under the Kyoto Protocol on any conditions or under any circumstances.”

The move came out of the blue for other delegations at the conference.

“For Japan to come out with a statement like that at the beginning of the talks is significant,” said one British official. “The forthrightness of the statement took people by surprise.”

If it proves to be a new, formal position rather than a negotiating tactic, it could provoke a walk-out by some developing countries and threaten a breakdown in the talks. Last night diplomats were urgently trying to clarify the position.

 バイロンは「ある朝目覚めたら私は有名になっていた」という言葉を残しているが、「ある朝目覚めたら、私の悪名がとどろいていた」という感じであった。

 もっとも少数ではあるが、日本の対応は正直だという論調もあった。12月6 日付けの英紙タイムズには”Japan try new approach-honesty-“ と題する以下の記事が出た。

The first week of the talks was dominated by a row over Japan saying it would not accept the continuation of the Kyoto Protocol. Developing countries condemned this as a betrayal and Britain disassociated itself from the Japanese position. But in reality, Japan is simply being more honest than other countries.  (中略)

History may judge that Japan’s intervention was the moment when negotiators were forced to confront realities rather than distributing draft agreements full of impenetrable diplomatic language, not to mention, the odd bowler.

 また私にとって心強かったのは日本の新聞各紙は概ね、第二約束期間に入らずという政府の方針を支持もしくは容認していたことだ。これまで温暖化交渉に参加して、前線で頑張っていても、「後ろから弾が飛んで来て」悔しい思いをしたことがしばしばあった。しかしカンクンに関する限り、そうした経験はほとんどなかった。カンクンに先立ってプレスブリーフィングを丹念にやっておいたことが奏功したようだ。

記事全文(PDF)