容量メカニズムに関する制度設計WGでの議論で整理が必要なこと(第1回)

広域メリットオーダーとの関係


Policy study group for electric power industry reform

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 1月20日、電力システム改革の制度設計を議論する制度設計WGの第5回が開催された。開催の主目的は、電力システム改革の第2段階に相当する、電力小売全面自由化等を規定する電気事業法改正案の法律事項の議論である。WGは、第5回で一段落となり、電気事業法改正案は、2月28日に閣議決定され、国会に提出された。

 第5回のWGでは、当面の法案の法律事項だけでなく、もう少し中長期的な論点もいくつか議論された。容量メカニズムに関する議論もその一つであった。容量メカニズムに関する政府のスタンスは、いずれ必要になることが想定されるので、制度設計の準備を進めるということと理解しており、当日の資料も論点の例示が主体であった。そのWG当日、容量メカニズムに関して少々混乱した議論があったように思うので、整理を試みたい。数点混乱があったと思うので、数回に分けて整理する。

 容量メカニズムは、世界的にも発展途上の仕組みであり、安定した制度となるためには、しばらくは試行錯誤とそれに基づく知見の蓄積が必要と思われる。加えて、学術的な議論も、少なくとも日本では不足しているように思える。筆者の理解では、容量メカニズムは、市場原理を導入した電気事業に固有に発生する問題(ミッシングマネー問題)を解消する方策、つまりは、市場を補完する方策であるので、特に経済学界の精力的な取り組みを望むものである。

 混乱していると感じた議論の一点目は、いわゆる広域メリットオーダーとの関係である。第5回WGでは、その広域メリットオーダー実現を想定した経済効果のシミュレーションが事務局より提示された。図1が該当部分である。

図1 広域メリットオーダーの経済的効果の試算結果

(出所)経済産業省(2014)

 メリットオーダーとは簡単に言うと、限界費用の安い電源から優先的に活用することである。通常、電気事業者(新電力も含む)は、確保した電源をなるべくメリットオーダーに従って活用しようとする。それが、コスト最小となるからだ。例えば、限界費用の安い原子力・石炭といったベース電源がまず優先的に活用され、次いでミドル供給力であるガス火力、更に需要が大きくなると限界費用の高いピーク電源の石油火力、といった順番である。広域メリットオーダーは、それを全国大で行うことである。電力システム改革専門委員会報告書では、「最も効率的で価格競争力のある電源から順番に使用するという発電の最適化を、事業者やエリアの枠を超えて実現すること」と定義されている。これを行えば、理屈上日本全体の電力供給コストを最小化することになる。

 このシミュレーションを行うには、電源構成を何かしら仮定する必要がある。ここでは、東日本大震災前の過去の電源構成を前提としている。本来は将来の電源構成を何かしら想定するのが普通と思うが、震災以降、原子力発電所の停止によって将来が非常に不透明になっているためであろう。

シミュレーションの結果は図1のとおりであるが、改めて記すと以下のとおりである。

1.
現在の連系線容量の範囲内で、全国大でメリットオーダーを行った場合、9電力会社の各エリア内でメリットオーダーを行う場合に比較して、限界費用総額は年間1,100億円削減される。
2.
連系線容量の制約が仮に解消されたと仮定すると、更に年間600億円が削減され、効果は1,700億円となる。

 さて、このシミュレーションに関して、委員から次の発言があった。

大橋 委員(東京大学大学院 経済学研究科 教授)
 1,700億円は、限界発電費用を用いて算出されているが、これでは固定費の回収はできないので、もし容量メカニズムがなければここまでの効果は通常はないだろうと考えられる。つまり、限界発電費用に加えて、固定費も回収しなければならないので、ここまでの数字は達成できないということになる。容量メカニズムで固定費のところだけ抜き出せば、発電量の市場でみれば、この効果は十分出てくるかもしれないという意味では、容量市場を考えていくのは重要な論点だと考えている。

松村 委員(東京大学 社会科学研究所 教授)
 このシミュレーションは、電源構成を所与として運用によってどれだけ利益があるかというものであり、固定費の回収漏れがあるという議論など入り込む余地などない。これはメリットオーダーでやったとすれば、ということであり、限界費用が高いところの電源が焚き減らして、限界費用の低い電源が焚き増すということであり、マージナルコストの所で価格付けしたとしても損する人など基本的にいないはずである。これで回収漏れが起こる、固定費に関して損失が発生するという議論はよくわからない、基本的にはメリットだけである。

 この試算について、松村委員の指摘は「このシミュレーションでは電源構成は外生的なものであり、固定費はサンクコストなので、固定費回収とシミュレーションは関係ない」との趣旨と考えられる。これはシミュレーションの前提の説明として正しい。他方、大橋委員はシミュレーションの前提を理解していないわけではなく、シミュレーションの結果をリアルな世界で、かつ持続可能な形で発現させようする場合の条件を述べたと筆者は理解する。より詳しくは、以下のような趣旨である。

シミュレーションは、各電気事業者が、全時間帯において限界費用により卸電力取引を行っていることを前提としている。つまり、全電気事業者が卸電力市場において、まさにこの限界費用による売り入札及び買い入札を全時間帯で行えば、「限界費用が高いところの電源が焚き減らして、限界費用の低い電源が焚き増すこと」が起こり、メリットがリアルに実現する。
しかし、発電設備保有者が限界費用相当で余剰電力を販売すれば、特にピーク電源においては、固定費の回収が出来ない。発電設備保有者は、自社の持続可能性を考えれば、少なくとも上記の入札行動を全時間帯において行うことは出来ないことになる。
固定費回収を可能にするには、市場価格が限界費用よりも高いところで決まる時間帯が一定程度存在しなくてはならない(例えば、需要がピークの時間帯)。その時間帯には、発電設備を保有する事業者は自らの持続可能性を考えて、限界費用よりも高い売り入札をするので、「限界費用が高いところの電源が焚き減らして、限界費用の低い電源が焚き増すこと」は起こらない。つまり、この様な時間帯が存在する分、シミュレーションの前提(限界費用での取引)が成立せず、効果は目減りすることになる。
容量メカニズムを導入して、固定費の回収の懸念が払拭される状況が創出されれば、全時間帯において、発電設備を保有する事業者に上記の限界費用による入札行動(少なくともそれに近い行動)を促すことが出来る。その場合、事業者の行動に任せた形で、シミュレーションで示されたメリットが実現する。

 上記のシミュレーションで示された経済的効果1,700億円のうち、600億円を実現するには新たな投資(連系線の増強)が必要であるが、1,100億円は、現在の連系線容量の範囲内(つまり新たな投資をせずに)で得られる効果であるので、実現するとすれば無条件に望ましいことである。ただし、そのためには、容量メカニズムの導入が前提となると、大橋委員は主張したものと思料する。筆者も同意見である。

 ちなみに、第4回制度設計WGでは、一般電気事業者の卸取引のモニタリングとして、売買の入札価格が限界費用に基づいているか、いないかなどと議論がされていた。しかし、容量メカニズムを前提とせずに、限界費用による売り入札を“空気”によって促しても、持続可能なシステムにはならないことを留意すべきである。

<参考文献>
経済産業省(2014)『第5回制度設計WG 資料4-3事務局提出資料 卸電力市場の活性化について(卸電力市場活性化による効果試算)

執筆:東京電力企画部兼技術統括部 部長 戸田 直樹
 ※本稿に述べられている見解は、執筆者個人のものであり、執筆者が所属する団体のものではない。

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