“議長”のお仕事(第1回:その0〜1)


国際環境経済研究所主席研究員

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国際機関の議長というのは、何はともあれエライ、と思われる。

筆者が務める本職注1)の関係で昨年2013年6月から世界貿易機関(WTO)に設置されている委員会(貿易の技術的障壁に関する委員会:TBT委員会注2)の議長のポストに就いているのだが、それが偽らざる率直な思いだ。WTOの建物で他国の大使に会っても”Oh, Jingo, Mr. Chairman”と声をかけられることも多い。一気に顔も広くなった。そうしたエライ気分に浸れた1年の任期も間もなく終えることになる注3)ので、今のうちに諸々気付きの点を書き残しておきたい。

0.議長選挙というか選定プロセス

 議長の仕事の前に、議長になるには、というところから始めるべきであろう。
 国際機関毎にどのように委員会等の議長を選定するかはマチマチである。事務局の局長クラスまで実質上選挙しているというようなケースもあると聞く。ただ、ここでは筆者が議長を務めているWTOのケースで紐解いてみたい。
 WTOには、1年に一度開催される閣僚会合(近時で言えば、バリWTO閣僚会合がそれに該当する)を別にすれば、事務レベルの最高意思決定機関となる一般理事会(General Council)とそれにぶら下がる委員会、そしてその委員会の中でも強力な委員会(ここでは、貿易交渉委員会、物品理事会、サービス委員会がそれらに該当する)の下にぶら下がる下部委員会の3段構造となっている。上段2段は普通、各国の大使クラスが議長を務め、下部委員会を筆者レベル(参事官や場合によっては書記官)が務めることとなる(ただし、貿易交渉委員会の下にぶら下がる委員会は交渉そのものを扱う委員会なのでこれも大使クラスが務める)。
 いずれの委員会もいわゆる投票を通じた選挙というものが行われるのではなく、議長コンサルテーションという内々の合議プロセスで決定されていくことになる。上段2段は、一般理事会議長(と普通は慣例としてその後任となる紛争処理機関(Dispute Settlement Body: DSB)議長)が中心となって、内々に立候補に関心がある大使らとの「密談」を経て、いわゆる大国(米、EU、中国、日本、インド、ブラジル等G20)やグループコーディネターと呼ばれる地域代表の国の大使に「この委員会の議長はあいつでええかな?」とか聞きながら、この世界で言うところの「コンセンサス形成」を諮って行くこととなる。そう、極めて不透明なプロセスなのである。したがって、このプロセスが行われる2月、3月というのは「噂話」の流布が飛び交うことになる。また、候補者が色々と動き回っていわば「根回し」を行うのもこの時期である。様々な国が翌年の委員会運営を巡って前哨戦を繰り広げることになるのだ。
 大使クラスが務める委員会の出身国構成を見ればそのバランスが見て取れる。
パキスタン、カナダ、スウェーデン、ホンジュラス、サウジアラビア、パナマ、フィリピン、バルバドス、バングラデシュ、エルサルバドル、香港、ペルー、南ア、ブラジル、スイス、ジャマイカ、メキシコ、ナイジェリア、コスタリカ、NZ、トルコ、シンガポール、となるが、北米1、中米7、南米2、アジア6、欧州2、アラブ中央アジア2、アフリカ2、それぞれの地域から必ず誰かが出ていることになるし、それは結果論というよりも、例えば、アセアン等途上国のグループやEUは必ず席を取るために事前にグループ内調整をするからに他ならない。
 これは筆者の属する下部委員会レベルも同様で、以下のとおりである。
ブラジル、イスラエル、ベルギー、中国、インド、オランダ、ザンビア、フィリピン、香港、日本、レソト、ジンバブエ、カナダ、南ア、ハンガリー、ノルウェー、チリ、台湾、カナダとなるが、北米2、中米0、南米2、アジア6、欧州4、アラブ中央アジア1、アフリカ3となる。
 これら委員会全体を合計すると、北米3、中米7、南米4、アジア12、欧州6、アラブ中央アジア3、アフリカ5となり、アフリカが少ない感じもするが貿易量という意味では仕方ない面もあろう。また、アジア12も多いように思えるが、いわゆる大国が3(日中印)、先進国が4(NZ、香港2、シンガポール)、途上国が5と見ればこれもまた絶妙なバランスである。
 そうした地域バランスや様々な貸し借りや思惑、またローテーション(例えば、筆者が務めるTBT委員会も筆者の前は途上国(モロッコ)、その前は先進国(シンガポール)であった)というような要素も出てくる。
 もちろん、そのような調整プロセスもあるが、実際には多くの候補者が名乗りを挙げて争う注4)ことになるので、最低限の知名度とこの世界での能力評価を得ておく必要がある。自分自身はさておき、というのも、調整プロセスでプレーヤーとなる大使達が各々立候補者の評判を色々なところで嗅ぎ回ることになるからである。そこで、「あぁあいつね、まぁあいつならいいかな」くらいのレスポンスを得る必要があるのである。
 こうした絶妙なバランスを得た議長人事は、一個ずつ個別に発表されるのではなく、全体が決まってから明らかになる。全部の議長人事はセットだからである。

1.委員会運営

 冒頭、議長はエライ、と書いたが、それはその通りである。例えば、筆者が2月6日に非公式の委員会を開催したのだが、(写真1)のとおり、一枚サイン付きのレターを出せばWTO加盟国全て注5)を会合に招集することが出来る。これは非公式会合ではあるものの、実際は、3月の公式会合で決めていく事項の実際の前捌きとなるので、事実、日米EU等は本国からわざわざ管理職クラスの交渉官を送り込んできた。

写真1

 こうした委員会の場合、公式/非公式を問わず、事務局がいわゆる議事進行メモ(写真2:Chair’s note)を用意してくれる。この辺りは、Non-Native English Speakerにとっては涙が出るほど有り難く、このメモをベースに事前準備をするし、実際の委員会でもそれに従って議事進行を行う。この辺りは、万国共通なのか日本の審議会でもよく見られるスタイルであろう。

写真2

 しかし、いつも悪戦苦闘するのが委員会の最後のとりまとめ(Chair’s conclusion, Wrap-Up, summary)である。日本の審議会ではとりまとめも事前原稿通りにいくことが多いのかもしれないが、筆者がいつも手にするChair’s Noteにサマリーは記載されていない。というか、記載されているのだが、議論に応じて議長の好きなように(as you wish)まとめてくださいな、としか書かれていない。もちろん、事前に事務局とは議論をして、どのようなパターンでまとめるかシュミレーションをする。しかし、あくまでもシュミレーションであって、本番がそのようになることは全く無い。想定外がほとんどである。したがって、写真3のように、議事進行をしながら、どのようにまとめるかメモを手書きで書きながら、あーでもないこーでもないと思いめぐらせ、その場で「まとめ」の発言案をドラフトし(悲しいかな)横に座る事務局(この世界で10数年という猛者がほとんど)に「こんな感じでまとめていいですよね」なんて聞くのである。(写真4、5参考。壇上真ん中が筆者。両サイドを事務局が挟む。)事務局は、もちろん「いやいや議長の思う通りで結構ですよ」なんて言うのだが本当にそうか不安なので、会議の後に結構主要国に感想を求めにいく注6)ものである。その辺りは、WTOはMembers’ drivenの組織と言われており、事務局が議論を主導することは基本的に無く、その辺りのリスク回避という事務局の長年の知恵でもある。

写真3


 なんだかんだ言ってもやはり、エライ議長には苦労も付き物なのである。

(TBT議長として、3月頭にナミビアで開催されるワークショップでプレゼンしてほしいとのことで、招聘を受けた。これも議長のお仕事。次回にてレポートしたい。注7)

 なお、本文中、意見にかかる部分は筆者の個人的見解であり、所属する組織等を代表するものではない。

注1)
在ジュネーブ国際機関日本政府代表部勤務。
注2)
Committee on Technical Barriers to Trade(WTOの一つの協定であるTBT協定に基づく委員会。いわゆる“非関税障壁問題”を扱う委員会である。)
http://www.wto.org/english/thewto_e/secre_e/current_chairs_e.htm
注3)
いわゆるカレンダーイヤーで一年任期となる。通常、委員会の公式会合は年数回開催される。TBT委員会の場合、3月、6月、10月頃に開催され、通常は3月の委員会終了後に新旧議長が入れ替わることになる。
注4)
筆者が争ったTBT委員会の場合には先進国から3名が立候補した。このことからも途上国は自分たちのローテーションではないと認識していたことが分かる。
注5)
現在159メンバー。イエメンが160番目として批准手続中。
注6)
こういうときに、向こうから労をねぎらいに来てくれるのは、アジア諸国であることが多い。やはり、ご近所は大事にすべきである。
また、他の委員会では行われていないことだが、TBT委員会では私の議長時代は、会議終了後に議長レセプションなるものを実施し、各国から集まる担当官に、寿司やらお酒やらを振る舞っている。議論の中身には影響しないが、やはり万国共通、相互理解を深める一助になっている。この辺りは次々回に記してみたい。
注7)
シリーズ化することはないが、3回程度、このテーマで書いてみたい。

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