ミッシングマネー問題と容量メカニズム(第2回)

ミッシングマネー問題対策としての容量メカニズム、日本における意義


Policy study group for electric power industry reform

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2-2 ミッシングマネーを補う容量メカニズム

 テキサス州と同じような懸念はヨーロッパのいくつかの国、例えば、ドイツ、イギリス、フランス等でも顕在化している。特にドイツは、風力発電、太陽光発電をはじめとする再生可能エネルギーの増加により、在来型の火力発電がこれらの電源のバックアップとして、採算の悪い低稼働運転を強いられ、問題に拍車をかけている。

 適正な予備率は、市場原理とは無関係に工学的な確率計算によって定められる。発電設備容量C[kW]の均質な電源がn台接続された単純な電力システムを想定し、適正予備率の算定方法を説明すると次のようになる。

 全電源が稼働していればシステム内の供給力はnC[kW]であるが、発電設備はメンテナンス時以外にもトラブルにより停止することがある。すべての電源の計画外停止率がrであるとし、それらに相関がないと仮定すると、供給力がkC[kW](すなわちn台のうちk台が稼働、残りのn-k台が停止している状態)となる確率は、二項分布により

と表されることになるから、システム内の需要レベルLが発電機k台でちょうどまかなえるレベル(L=kC)である場合に、供給力が需要を下回って不足が生じる確率は、

と計算できる。この確率は、つまりは停電の確率であり、電力システム工学ではこれをLOLP(Loss of Load Probability)と呼ぶ注4)
 LOLPは、予備率(上記のモデルでは(n-k)/nに相当)を高くすれば減少する。日本の場合、需要の大きい1ヶ月間(例:8月)のLOLPが0.3日以下となる予備率を適正予備率としている。海外の多くの国では、LOLPが10年に1日程度に相当する予備率を、適正予備率としている。

 上記の通り、適正予備率は、市場原理と無関係に定められている。そのため、市場原理に委ねて維持できる予備率と、適正予備率に乖離があるのは、むしろ自然ともいえる注5)。他方、工学的に求められる適正予備率を確保することが社会的要請であるのに、市場でそれを果たすことが出来ないのであれば、市場を補う仕組みを別途整備することが必要である。この仕組みとして昨今注目され、議論が活発化しているのが、次に説明する容量メカニズムである注6)

2-3 日本の電力システム改革の中の容量メカニズム

 政府が進めている電力システム改革では、小売全面自由化や発送電分離等の施策を大きく3つの段階に分けて進めていく予定である。一般家庭まで含めた電力小売の全面自由化は、第2段階にあたり、2016年を目途に実施される予定であるが、これに伴い、「一般の需要に応じ電気を供給する事業」である一般電気事業の概念が消滅する。垂直統合体制の一般電気事業者は、現在の電力システムにおいて、法律上明確に規定されたものではないにしろ、各供給エリアの電気の安定供給責任を事実上担っている。電力システム改革の本質は、この体制からの脱却である。電力システム改革専門委員会(2013)でも「新たな枠組みでは、これまで安定供給を担ってきた一般電気事業者という枠組みがなくなることとなるため、供給力・予備力の確保についても、関係する各事業者がそれぞれの責任を果たすことによってはじめて可能となる注7)」と述べている。

 電力システム改革の制度設計について議論している制度設計WG注8)では、上記の「関係する各事業者」の「それぞれの責任」の一環として、小売事業者に対して、「自らの供給の相手先の需要(販売量)に応じた供給力の確保を義務付け」ることとしている(供給力確保義務) 注9)。しかし、供給力確保義務は、現在の一般電気事業者に課せられている供給義務とは別物である。供給力確保義務を課せられていたとしても、小売事業者には「自らが確保できる供給力の範囲で小売事業を行う」自由があるから、各小売事業者が確保した供給力を足し上げても、日本全体で必要な供給力に届くとは限らない。

 つまり、小売事業者に対する供給力確保義務は、日本全体で必要な供給力を担保するものではなく、これは一義的には市場原理に委ねるしかない。しかし、説明した通り、単に市場に委ねるだけでは、ミッシングマネーが発生し、必要な供給力が維持できないので、日本においても、市場を補完する容量メカニズムを導入する必要がある。

注4)
実務上のLOLPの計算はこのように単純ではなく、電源毎のユニット容量・計画外停止率、地域間連系線の制約、出水による水力発電所の出力変動、外気温変化によるガスタービン出力の低下、需要レベルの時間変化、さらに確率的な需要変動など様々の需給変動要因をモデリングして、モンテカルロ・シミュレーションを実施する。
注5)
このことは工学的に定められる適正予備率が過大であることを意味するのではなく、適正予備率が確保されることにより得られる供給信頼度の価値が、制度面の制約等で市場の価格形成に十分に反映されていないことを示すものと考えられる。詳しくは、山本・戸田(2013)。
注6)
容量メカニズムはドイツ、フランス、イギリスが導入に向けて動いているが、テキサス州は、検討の俎上には載っているものの、当面は導入しない方針である。代わりに、電力市場の上限価格を引き上げて、より高いプライススパイクを実現することで、ミッシングマネーを減らそうとしている。
注7)
電力システム改革専門委員会(2013) p.40
注8)
正式名称は、総合資源エネルギー調査会 基本政策分科会 電力システム改革小委員会 制度設計WG
注9)
経済産業省(2013a) p.4