ミッシングマネー問題と容量メカニズム(第2回)

ミッシングマネー問題対策としての容量メカニズム、日本における意義


Policy study group for electric power industry reform

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 第1回では、ミッシングマネー問題が起きる仕組みについて説明した。今回は実際の市場で起こっていることとしてテキサス州の事例を紹介する。その後、電力システム改革が進行している日本における容量メカニズム導入の意義について考察する。

2-1 現実の市場で起こっていること・・テキサスERCOTの事例

 ミッシングマネーが生じる電力システムを持続可能とするには、ミッシングマネーが何らかの形で補われる必要がある。もともと、電力システム改革開始当初は、市場に委ねれば、適切な設備量が維持されると考えられていたわけである。実際の電力市場では、上のモデルのように常に電源の短期限界費用によって価格が構成されるわけではない。いくつかの市場では、電力需給が特にタイトになる時間帯に、電力市場価格が短期限界費用を超えて 更に上昇することが起こっている。このような価格の高騰をプライススパイクと呼ぶ。プライススパイクのイメージを図2-1に示す。本稿第1回の図1-2よりも需要が更に増大(需要曲線が右側にシフト)し、利用可能な電源であるG1からG6を使いきっている。供給はこれ以上増えないが、供給曲線が垂直に立ち上がったところで、需要曲線Dsと交わるので、市場価格はG6の短期限界費用よりも更に高い価格となっている。実際の市場では、プライススパイクが一定の時間発生するので、そこで得られる利益でミッシングマネーが解消されるとの論がある。第1回で示したモデルでは、年間1kWあたり8000円のミッシングマネーが発生しているので、例えば、800円/kWhのプライススパイクであれば年間10時間、400円/kWhのプライススパイクであれば年間20時間発生すれば、このシステムは維持可能となる注1)

図2-1:プライススパイクのイメージ

(出所)筆者作成

 それでは、現実の市場で実際に固定費が回収できているのか。これについて、The Brattle Group(2012)が、アメリカ・テキサス州のほぼ全域をカバーするERCOT(The Electric Reliability Council of Texas)電力市場の事例を分析しているので、紹介する。図2-2は、2007年から2011年までの5年間を対象に、同市場における電源の採算性を示している。グラフが二つ並んでいるが、左はガスコンバインドサイクル(GTCC)、右がシングルサイクルのガスタービンのものである。棒グラフは、各年において電源が電力市場及びアンシラリーサービス市場から得られたと推定される利益(Energy Margin)を示している。つまり、図1-2(第1回)及び図2-1で説明した、電力市場価格と電源の短期限界費用の差分を1年分加算したものになる。対して、折れ線グラフは、電源維持に必要な固定費の額を示している(CONE=Cost of New Entry)。GTCCは5年中3年、シングルサイクルのガスタービンは5年中4年でCONEの回収ができていない。つまり、ミッシングマネーが発生していることを示している注2)

図2-2:ERCOT電力市場における電源の採算性

(出所) The Brattle Group(2012)

 図2-3は、シングルサイクルのガスタービンを対象に、予備率と電源の採算性の関係を示している。過去15年分の気象の実績データを用いて、系統の予備率を変化させた場合に、電源が得る利益の変化をシミュレーションしたものである。予備率が高い、つまり電力需給に余裕があると電力価格は安くなり、利益が減少するので、グラフは右肩下がりの形状となる。複数ある薄い折れ線が各年の気象実績を用いたシミュレーション結果である。濃い色の折れ線が15年の平均を示している。

図2-3:予備率と電源の採算性の関係のシミュレーション

(出所) The Brattle Group(2012)

 水平の太い破線はシングルサイクルガスタービンの年間固定費を示している。濃い色の折れ線と水平の太い破線が予備率6%のところで交わっているのは、予備率が6%以下であれば、ミッシングマネーが発生しないことを示している。しかし、この水準は適正とされる予備率(15.25%注3))を大きく下回っている。逆に、予備率が15.25%の場合、ピーク電源のガスタービンが市場から得られる利益では、年間固定費の半分も賄えず、相当のミッシングマネーが発生している。つまり、図2-3は、この市場に委ねるだけでは、適正な予備率を維持することができないことを示している。そして、テキサス州では、このシミュレーション通り、予備率の低下に歯止めがかかっていない。

注1)
プライススパイクが発生する具体的なメカニズムについて、経済学者の論文(例えば、本節のモデル計算で参考としているJoskow(2006))では、「電源を使い切っているので、発動価格が高価なデマンドレスレスポンスを発動し、一部需要を遮断している」という説明がよくなされる。この場合、図2-1のように、垂直に立ち上がった供給曲線に右下がりの需要曲線が交わる。発動価格がPs以下のデマンドレスポンスを全て発動したところで、需要と供給がバランスする。実際の市場におけるプライススパイクが、すべてこの説明にあてはまるかは定かではない。ただ、欧州のEPEXやノルドプールの前日スポット市場における需要曲線、供給曲線を見ると、図2-1とは逆に、垂直な需要曲線に、急勾配で右上がりの供給曲線が交わってプライススパイクが発生する姿となっている。ここでは、デマンドレスポンスは供給曲線に含まれているようである。
注2)
2011年はGTCC、シングルサイクルのガスタービンとも固定費を回収できている。この年は、冬は記録的寒波で輪番停電を経験し、夏も記録的熱波に襲われた年である。ERCOT電力市場では、上限価格が3ドル/kWhに設定されているが(当時)、2011年は28.5時間、この価格で取引された。これによる収入は1kWあたり85.5ドルになり、この28.5時間でミッシングマネーの相当部分を回収したと思われる。
注3)
ERCOTが定める適正予備率は、公式には13.75%であるが、The Brattle Groupは、2011年の異常気象を織り込むと、15.25%が必要と独自に試算している。

2-2 ミッシングマネーを補う容量メカニズム

 テキサス州と同じような懸念はヨーロッパのいくつかの国、例えば、ドイツ、イギリス、フランス等でも顕在化している。特にドイツは、風力発電、太陽光発電をはじめとする再生可能エネルギーの増加により、在来型の火力発電がこれらの電源のバックアップとして、採算の悪い低稼働運転を強いられ、問題に拍車をかけている。

 適正な予備率は、市場原理とは無関係に工学的な確率計算によって定められる。発電設備容量C[kW]の均質な電源がn台接続された単純な電力システムを想定し、適正予備率の算定方法を説明すると次のようになる。

 全電源が稼働していればシステム内の供給力はnC[kW]であるが、発電設備はメンテナンス時以外にもトラブルにより停止することがある。すべての電源の計画外停止率がrであるとし、それらに相関がないと仮定すると、供給力がkC[kW](すなわちn台のうちk台が稼働、残りのn-k台が停止している状態)となる確率は、二項分布により

と表されることになるから、システム内の需要レベルLが発電機k台でちょうどまかなえるレベル(L=kC)である場合に、供給力が需要を下回って不足が生じる確率は、

と計算できる。この確率は、つまりは停電の確率であり、電力システム工学ではこれをLOLP(Loss of Load Probability)と呼ぶ注4)
 LOLPは、予備率(上記のモデルでは(n-k)/nに相当)を高くすれば減少する。日本の場合、需要の大きい1ヶ月間(例:8月)のLOLPが0.3日以下となる予備率を適正予備率としている。海外の多くの国では、LOLPが10年に1日程度に相当する予備率を、適正予備率としている。

 上記の通り、適正予備率は、市場原理と無関係に定められている。そのため、市場原理に委ねて維持できる予備率と、適正予備率に乖離があるのは、むしろ自然ともいえる注5)。他方、工学的に求められる適正予備率を確保することが社会的要請であるのに、市場でそれを果たすことが出来ないのであれば、市場を補う仕組みを別途整備することが必要である。この仕組みとして昨今注目され、議論が活発化しているのが、次に説明する容量メカニズムである注6)

2-3 日本の電力システム改革の中の容量メカニズム

 政府が進めている電力システム改革では、小売全面自由化や発送電分離等の施策を大きく3つの段階に分けて進めていく予定である。一般家庭まで含めた電力小売の全面自由化は、第2段階にあたり、2016年を目途に実施される予定であるが、これに伴い、「一般の需要に応じ電気を供給する事業」である一般電気事業の概念が消滅する。垂直統合体制の一般電気事業者は、現在の電力システムにおいて、法律上明確に規定されたものではないにしろ、各供給エリアの電気の安定供給責任を事実上担っている。電力システム改革の本質は、この体制からの脱却である。電力システム改革専門委員会(2013)でも「新たな枠組みでは、これまで安定供給を担ってきた一般電気事業者という枠組みがなくなることとなるため、供給力・予備力の確保についても、関係する各事業者がそれぞれの責任を果たすことによってはじめて可能となる注7)」と述べている。

 電力システム改革の制度設計について議論している制度設計WG注8)では、上記の「関係する各事業者」の「それぞれの責任」の一環として、小売事業者に対して、「自らの供給の相手先の需要(販売量)に応じた供給力の確保を義務付け」ることとしている(供給力確保義務) 注9)。しかし、供給力確保義務は、現在の一般電気事業者に課せられている供給義務とは別物である。供給力確保義務を課せられていたとしても、小売事業者には「自らが確保できる供給力の範囲で小売事業を行う」自由があるから、各小売事業者が確保した供給力を足し上げても、日本全体で必要な供給力に届くとは限らない。

 つまり、小売事業者に対する供給力確保義務は、日本全体で必要な供給力を担保するものではなく、これは一義的には市場原理に委ねるしかない。しかし、説明した通り、単に市場に委ねるだけでは、ミッシングマネーが発生し、必要な供給力が維持できないので、日本においても、市場を補完する容量メカニズムを導入する必要がある。

注4)
実務上のLOLPの計算はこのように単純ではなく、電源毎のユニット容量・計画外停止率、地域間連系線の制約、出水による水力発電所の出力変動、外気温変化によるガスタービン出力の低下、需要レベルの時間変化、さらに確率的な需要変動など様々の需給変動要因をモデリングして、モンテカルロ・シミュレーションを実施する。
注5)
このことは工学的に定められる適正予備率が過大であることを意味するのではなく、適正予備率が確保されることにより得られる供給信頼度の価値が、制度面の制約等で市場の価格形成に十分に反映されていないことを示すものと考えられる。詳しくは、山本・戸田(2013)。
注6)
容量メカニズムはドイツ、フランス、イギリスが導入に向けて動いているが、テキサス州は、検討の俎上には載っているものの、当面は導入しない方針である。代わりに、電力市場の上限価格を引き上げて、より高いプライススパイクを実現することで、ミッシングマネーを減らそうとしている。
注7)
電力システム改革専門委員会(2013) p.40
注8)
正式名称は、総合資源エネルギー調査会 基本政策分科会 電力システム改革小委員会 制度設計WG
注9)
経済産業省(2013a) p.4

2-4 容量メカニズム導入の目的と意義

 容量メカニズムを導入する目的は、一義的には、安定供給のために日本全体で必要な供給力を中長期的に確保することである。容量メカニズムを定義すると、「電気の供給力(kW)を維持している価値(kW価値)のみを評価して何らかの対価が支払われる仕組み」となる。実際に発電をしてどれほど電力量(kWh)を産出したかとは無関係に、安定供給のために必要と判断されるkWに対し、対価を支払うことで、ミッシングマネー問題を解消、あるいは緩和する。これにより、安定供給上必要な既存の電源が不採算となって退出することを防止するとともに、投資回収の予見性を高めることにより、新規の電源投資を促すことを狙っている。

 他方、政府が進めている電力システム改革の方向性を踏まえると、容量メカニズムには、次の2つの意義もある。

 第一に、安定供給へのフリーライダーを排除することである。
 先に述べたように、小売事業者に対する供給力確保義務は、日本全体で必要なkWを担保するものではないが、逆に、日本全体で必要なkWが確保されていれば、kWを保持していない小売事業者は卸電力市場における取引を通じて供給力確保義務を果たすことが出来る。しかし、市場価格による取引でミッシングマネーが発生し、必要なkWが固定費を十分に回収できないならば、それは、卸電力市場における電気の買い手が、本来負担すべき固定費を十分に負担していないことを意味する。

 電力システムの供給信頼度には、公共財的な性格がある。一旦同じ電力系統に接続されれば、全ての系統利用者にとって供給信頼度は共通である注10)。これは、必要なkWを確保するための固定費を負担していても、十分負担していなくても共通である。つまり、電力システムは、安定供給へのフリーライダーが生じやすいシステムであり、これを放置することは、競争環境の公平性の観点から望ましくない。他方、容量メカニズムにおいて、kWに対して支払われる対価の原資は、全ての小売事業者が所定のルールに基づいて分担するので、容量メカニズムは、安定供給へのフリーライダーを排除する仕組みと言える。

 第二に、広域メリットオーダーの実現に資することである。
 広域メリットオーダーとは、電力システム改革専門委員会(2013)では、「最も効率的で価格競争力のある電源から順番に使用するという発電の最適化を、事業者やエリアの枠を超えて実現すること」と定義されている。これは、現在存在するkWを所与とすれば、日本全体の電力供給コストを最小化することになるので、日本全体にとって利益をもたらすものである。電力システム改革専門委員会(2013)は、この広域メリットオーダーを、卸電力市場を活用することにより実現するとしている。つまり、市場取引を通じて、当初稼働する予定であった可変費の高いkWが、余っていた安いkWに差し替わることを期待しているわけであるが、こうした差し替えが起こるためには、市場への売り入札が可変費(≒短期限界費用)に近い価格で行われる必要がある。市場のプレイヤーがこのように行動するには、各小売事業者が相応にkW価値を負担しあっている状況(フリーライダーが排除されている状況)を確保する必要がある。容量メカニズムは正にこの状況を作り出すものである。

注10)
スマートメーターが普及すれば、同一系統に接続されていても、供給信頼度を差別化することが、技術的に可能になる。
<参考文献>
・The Brattle Group(2012) “ERCOT Investment Incentives and Resource Adequacy
・電力システム改革専門委員会(2013) 『電力システム改革専門委員会報告書
・経済産業省(2013a)『第4回制度設計WG 資料5-2事務局提出資料 供給力・調整力確保について

執筆:東京電力企画部兼技術統括部 部長 戸田 直樹
※本稿に述べられている見解は、執筆者個人のものであり、執筆者が所属する団体のものではない。

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