ミッシングマネー問題と容量メカニズム(第1回)

ミッシングマネー問題はなぜ起こるか


Policy study group for electric power industry reform

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 電力システム改革を行った諸外国において、最近クローズアップされているミッシングマネー問題と、その対策として議論が活発化している容量メカニズムについて、3回に分けて整理してみたい。初回は、ミッシングマネー問題が起きる仕組みについて説明する。


1-1 ミッシングマネー問題は電気事業固有の問題

 日本に先んじて小売り全面自由化、発送電分離等の電力システム改革を進めてきた諸外国において、昨今「単に市場に委ねるだけでは、安定供給のために必要な電源量が維持できない」懸念が顕在化してきている。これは電力市場から得られる収入が、電源投資を回収するために十分な水準でないため、既存電源の採算性が悪化するとともに、新規の電源投資も起こらないことによる。これは、投資回収のために必要なお金が十分得られないという意味で、ミッシングマネー(missing money)問題と呼ばれる。

 現在この問題が強く認識されているのは、アメリカではテキサス州、ヨーロッパでは、イギリス、フランス、ドイツ等である。総じて改革開始時には電源が余剰であり、その後余剰電源の淘汰が進んだ。このことは市場が機能する結果として予定されていたことである。他方、電源が不足気味になっても、電力市場において適切な調整がなされる、つまり、電力市場価格が上昇し、新規の電源投資が促されると考えられていたのであるが、こちらは単純には行かないことがここへきて判明している。

 設備産業で固定費のウェイトが大きい電気事業は、固定費の回収が見通せなければ新たな投資は望めず、持続性がない。総括原価方式等による投資回収の担保がなくなれば、事業者が投資に慎重になる側面はある。ただし、これだけであれば、設備産業全般に当てはまることである。ミッシングマネー問題とは、自動車産業に準えて言うと、「自動車の販売収入だけでは、工場の生産設備の固定費が回収できない」と主張しているようなものだ。確かに他産業では考えにくい主張である。

 それでは、電気事業において、ミッシングマネー問題はどのようにして起こるのか。電気は基本的に貯蔵が利かないため、時間帯により変化する需要に対して、同量の電源を稼働して需給をバランスさせる。その際、稼働する電源の決め方は、市場で決めるのであれば、売値の安いものから順番に、需要と供給が一致するところまで稼働させる。これにより、最も小さいコストで電力供給が行えることになる。図1-1はそのイメージである。右下がりの曲線Dが時間帯ごとの需要曲線である。D1がピーク時間帯(例:夏の午後)のもの、D2がオフピーク時間帯(例:深夜)のものである。右上がりの階段状の曲線Sが供給曲線であり、利用可能な電源を電気の売値が安い順に並べたものである(これをメリットオーダーという)。この需要曲線Sと需要曲線Dxの交点で、その時間帯の供給量(=供給量)と電力価格が決まる。需要曲線D1(ピーク時間帯)では、価格はP1、供給量はQ1となり、需要曲線D2(オフピーク時間帯)では、価格はP2、供給量はQ2となる。

図1-1:電力市場における価格と取引量の決まり方

(出所)筆者作成

 電気は基本的に貯蔵が利かないため、電源は、その時々の需要に合わせて稼働できなければ、製品(電気)を売る機会が得られず、収入も得られない。電力市場では、電源が供給力として準備していても、実際に発電した電力量に対してしか金銭的価値が付かない。図1-1において、需要曲線D1に対しては、稼働する電源はG1からG5までの5基で、G6は稼働しないので収入はない。需要曲線D2に対しては、稼働する電源はG1とG2の2基で、G3からG6の4基は稼働しないので収入はない。したがって、電源の保有者がまずは稼働させることが先決と考えれば、最低でも限界利益がマイナスにならない、短期限界費用相当、つまり固定費の回収を考慮しない売値を提示し、何とか電源の稼働だけはさせてもらおうとする。その結果、電気の供給曲線は各電源の短期限界費用を安い順番に並べたものになる。

 これは、他の製品市場ではおそらく見られない特徴である。自動車産業でも、自動車メーカーは自動車の売値を短期限界費用で決めているわけではなく、工場のコストを回収できるような価格に決めている筈である。そうでないことがあるとすれば、それは過当競争状態であって、むしろ生産能力が淘汰されるべき状態である。

 電力市場の価格が上で示したように決まるということは、限界費用で価格が決まることであり、これは、経済学の教科書でいう、競争的(competitive)な市場の定義と合致する。社会厚生が最大となり、望ましいこととされる。電気事業の物差しで考えても、短期限界費用が安い順に電源を稼働させていけば、現在利用可能な電源を所与として、最も安いコストで電力供給を行っていることになるから、望ましいことである。ただし、短期的に望ましくても、固定費が適切に回収できなければ、電力システムとして持続可能ではない。

 市場における固定費回収のイメージを図1-2に示す。需要曲線はD1で、市場価格は、G5の短期限界費用相当のP1である。このとき、G1からG4は市場価格が自身の短期限界費用よりも高いので、その差分が利益となり、固定費回収の原資となる。しかし、これが十分な額かどうかは定かでない。他方、G5やG6のピーク電源は、固定費が回収できない注1)

図1-2:固定費回収のイメージ

(出所)筆者作成

注1)
ここの記述は主に火力発電所を念頭においたものであり、貯水式の水力発電所は若干事情が異なる。水力発電所の短期限界費用は燃料が自然の降水であるため、基本的にゼロである。したがって、価格が正である限りは、市場価格と短期限界費用の間にはマージンが常に存在し、固定費の回収原資となるので、貯水式の水力発電所は火力発電所に比してミッシングマネー問題は発生しにくいと言える。特に減価償却が進んだ水力発電所はミッシングマネー問題とはほぼ無縁と思われる。同様に水力発電がほぼ100%を占めるノルウェーの電力市場もミッシングマネー問題とはほぼ無縁と言えよう。

1-2 ミッシングマネー発生をモデルで示す

 実際、電源の短期限界費用で価格が形成される市場では、必然的に固定費の回収不足、つまりミッシングマネーが発生する。このことを以下の簡略化されたモデルで説明する注2)

 モデルの前提は以下である。

 需要:年間最大需要を2200万kW、年間最小需要を1000万kWとする。1年8760時間の需要を大きい順に並べてみると、図1-3のような右下がりの直線になるとする。この線を需要の持続曲線(デュレーションカーブ)と呼ぶ。数式化すると以下のとおりである。

 D=2200-0.137×T [0≦T≦8760] ← -0.137=(1000-2200)÷8760

 需要に不確実性はなく、この需要が必ず発現するとする。

図1-3:需要の持続曲線(デュレーションカーブ)

(出所) 山本・戸田(2013)

 供給:以下の3種類の発電技術が利用可能であり、これらを組み合わせで供給がなされるものとする注3)

 ベース電源(固定費大、可変費小) 固定費 2.4万円/kW/年 可変費(=短期限界費用) 2円/kWh
 ミドル電源(固定費中、可変費中) 固定費 1.6万円/kW/年 可変費(=短期限界費用) 3.5円/kWh
 ピーク電源(固定費小、可変費大) 固定費 0.8万円/kW/年 可変費(=短期限界費用) 8円/kWh

その他の前提:

予備力や発電所の定期点検は捨象する。
電力市場価格は、1時間ごとに当該時間の需要に合わせて決定するものとする。電力市場には短期限界費用で売値が提示されており、売値の安いものから順番に、需要と供給が一致するところまで稼働させ、稼働した、最も短期限界費用の大きい電源の当該短期限界費用が市場価格となる注4)
上記の電力市場価格がその時間帯に消費されるすべての電力量に対して適用されるとする(一物一価)注5)

 上記を前提として、与えられた需要に対し最小コストで供給する電源ミックスを求める。
 図1-4の上のグラフに、3種類の電源について、年間稼働時間と発電コストの関係を示す。年間稼働時間と発電コストの関係は以下の式で表現される。

 Ci = Vi×T+Fi                        
    Ci=電源iの発電コスト(円/ kW/年)
    Vi=電源iの可変費(円/kWh)
    Fi=電源iの固定費(円/ kW/年)
    T=年間稼働時間(h)
    i=b(ベース電源)、m(ミドル電源)、p(ピーク電源)

 想定する稼働時間によって、最経済的な電源は変化する。ベース電源は固定費が大きく、可変費が小さいから稼働時間が長くなると経済性を発揮し、ピーク電源は可変費が大きいが、固定費は小さいから、稼働時間が短いところで経済性を発揮する。上記の前提の場合は、

 年間稼働時間5333時間以上では ベース電源が最経済的
 年間稼働時間1778~5333時間では ミドル電源が最経済的
 年間稼働時間1778時間以下では ピーク電源が最経済的    

 となる。(図1-4の上のグラフ参照)

 3種類の電源の稼働時間を、それぞれが再経済的となる範囲に収まるように電源を組み合わせれば、最小コストの電源ミックスとなる。図1-4の下のグラフに示す通り、ベース電源 1469万kW、ミドル電源 487万kW、ピーク電源 244万kW と組み合わせると最小コストになる。つまり、完全な情報を持った善意の独裁者が電気事業を行えば、この電源ミックスが形成される。

図1-4:コストを最小化する電源ミックス

(出所) 山本・戸田(2013)

注2)
詳細は山本・戸田(2013)参照
注3)
実態として、電源の種類は更に多様であるが、ここでは3種類しかないと仮定している。また、電源種を更に細分化してもモデル計算の結論は不変である。
注4)
つまり、図1-1と同じ前提である。
注5)
現実の電力市場は、前日スポット市場、リアルタイム市場、長期の相対契約、自ら電源を保有など電力調達の方法が様々あり、価格も多様である(一物一価ではない)。ただし、簡略化されたモデル計算であるので、相互の市場・調達方法の間で裁定が働くと考えて、一物一価の市場で代表させることは非合理ではない。

 他方、市場において、短期限界費用で電力価格が構成される場合に、このコスト最小の電源ミックスが持続可能かどうかを検討してみる。上記の最小コストの電源ミックスが構築された状態で、短期限界費用で価格が構成される市場が導入されたとする。その場合、図1-5のとおりであるが、需要のデュレーションカーブの左端(年間最大需要)から数えて;

 1778時間目までは、市場価格は8円/kWh(=ピーク電源の短期限界費用)
 1779~5333時間目までは、市場価格は3.5円/kWh(=ミドル電源の短期限界費用)
 5334~8760時間目までは、市場価格は2円/kWh(=ベース電源の短期限界費用)

 が電力市場価格となる。

図1-5:電力市場価格の持続曲線(デュレーションカーブ)

(出所) 山本・戸田(2013)を加工

 この収入によって電源の固定費が回収できるのかどうか確認したのが、表1-1であり、未回収が生じていることが分かる。

表1-1:短期限界費用で電力価格が構成される市場における電源の収益性

A
設備容量
(万kW)
B
発電電力量
(億kWh)
C
収入
(億円)
D
費用
(億円)
E=C-D
収支
(億円)
F=E/A
1kWあたり収支
(円/kW)
ベース電源 1,469 1,207 4,765 5,940 ▲1,176 ▲8,000
ミドル電源 487 173 996 1,385 ▲390 ▲8,000
ピーク電源 244 22 173 368 ▲195 ▲8,000
合計 2,200 1,402 5,934 7,694 ▲1,760 ▲8,000

(出所) 山本・戸田(2013)

 ピーク電源は、稼働する時間全てで市場価格が自身の短期限界費用で決まるので、固定費は全額未回収となる。ミドル電源、ベース電源は、自身の限界費用よりも市場価格が高くなる時間帯があるため、その時間帯で生じる利益(市場価格と短期限界費用の差分)が固定費回収の原資となるが、それでも未回収が残る。総費用約7700億円のうち、固定費は約4500億円であるが、そのうち、1760億円が回収不足となっている。1kWあたりでみると、いずれの電源種においても、未収金額は8000円/kW/年であり、これはピーク電源の年間固定費に等しい。つまり、全電源種について、最も固定費が小さい電源(ここではピーク電源)の年間固定費に相当する固定費の未回収、つまりミッシングマネーが生じる注6)。そのため、短期限界費用で電力価格が構成される市場の下では、この電源ミックスは持続可能ではない。また、この市場に電源投資の誘因を委ねて、最適な電源ミックスが導かれることもないことになる。

注6)
このモデル計算の結果は、需要と電源の諸元(固定費、可変費)を変えても不変である。

<参考文献>

山本隆三、戸田直樹(2013)
『電力市場が電力不足を招く、missing money問題(固定費回収不足問題)にどう取り組むか』IEEI Discussion Paper 2013-001



執筆:東京電力企画部兼技術統括部 部長 戸田 直樹
※本稿に述べられている見解は、執筆者個人のものであり、執筆者が所属する団体のものではない。

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