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私的京都議定書始末記(その31)

-コペンハーゲン(3)-


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授


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 これに対して多くの国がコペンハーゲン合意の採択を主張した。特にスーダンの「賄賂」「ホロコースト」という発言に対してはスウェーデン、ノルウェー、カナダ等、多くの国が強い怒りを表明し、撤回を要求した。相手をホロコースト呼ばわりすることは、まともな外交感覚では考えられないことだ(ルムンバ大使は挑発的な物言いが特色の人物で、非公式閣僚会合に出席した小沢環境大臣も彼の発言に立腹していたことを思い出す)。 

 米国、英国、スウェーデン等が次々に発言を求め、「コペンハーゲン合意は先進国、主要途上国、最貧国、島嶼国、産油国等、幅広いバックグラウンドの国々の首脳が参加して合意された文書であり、現時点で合意できる最良のものである。これが合意できなければコペンハーゲンの成果は何だったのか」として採択を主張した。既に土曜日の明け方であり、オバマ大統領はじめ、各国首脳は帰国の途についていた。自分たちが策定し、合意したコペンハーゲン合意がCOP決定になることを信じて、である。したがって米国のスターン特使、英国のミリバンド・エネルギー気候変動大臣等は何としてでも合意を採択する必要があった。

 しかし会場の雰囲気を大きく動かしたのはモルジブのナシード大統領の発言であった。彼は「島嶼国として1.5度目標が合意されていないのは残念だ。しかし自分はこの文書を支持する。これは交渉を継続し、2010年までに法的拘束力のある枠組みを生み出す根拠になり得る。途上国の友人たちがこの文書を存続させることを望む」という真情のあふれたスピーチを行い、会場から大きな拍手がわいた。グレナダのウィリアムズ大使は「自国の首相がコペンハーゲン合意の交渉に参加し、その作成プロセスは真摯で合法的なものであった。自分はこの文書とその作成プロセスを支持する」と述べるとともに、ホロコースト発言をしたスーダン代表を諌めた。レソト、ロシア、日本、フィリピン、シンガポール、エチオピア、アルジェリア等、多くの途上国、先進国もこの文書の採択を支持した。

 コペンハーゲン合意が採択されるチャンスがあったとすれば、まさにこの瞬間であったろう。事実、ラスムッセン首相はこうした発言に勇気付けられ、何度か採択に話を持っていこうとしたが、そのたびに少数の国の強い反対意見に押されて右往左往し、あたかも濁流の中の木の葉のような状態になった。何度となく議事は中断し、そこかしこに閣僚レベルのハドル(群れ集まって相談すること)ができた。ついに疲労困憊したラスムッセン首相は「満場一致を旨とする国連の意思決定方式ではこの文書は採択できない」として結論を次回に先送りする姿勢を示した。間髪をいれず、英国が休会を要求し、次なる展開が見えないままに暫く時間が流れた。一昼夜、場合によって二昼夜ほとんど睡眠をとっていない各国交渉官はそこかしこで疲れ切って眠っていた。

 どれだけ待ったことだろう。午前10時半過ぎ、議長席に見知らぬ人が座り、「2009年12月18日付けのコペンハーゲン合意については、これを留意するとの決議を採択する」と手短に宣言すると木槌を打った。彼はCOP副議長のバハマのウィーチ氏であった。ラスムッセン首相の姿はどこにも見えなかった。まさに「あれよあれよ」の間の出来事であった。米、英を初め、コペンハーゲン合意を主導した主要国から、ラスムッセン首相は議長の任に耐えずと判断されたようだった。

 こうしてコペンハーゲン合意は「採択」ではなく、「留意」となり、100ヶ国を超える首脳が参加し、世界中の注目を集めたCOP15の最大の山場は終わった。壇上にはデンマーク政府関係者の姿はなく、デボア事務局長が行った記者会見にもヘデゴーエネルギー気候変動大臣の姿はなかった。記者団から「ヘデゴー大臣はどこにいるのか」と聞かれ、デボア事務局長は皮肉たっぷりに「彼女は自宅でこのテレビを見ていると思う」と答えた。

 コペンハーゲン合意が片付いても、それで終わりではなかった。その他のCOP、CMP決定が残っている。今となっては何の案件だったか覚えていないが、CMP決定の際に南アフリカが先進国にとって非常に問題のある表現をさらりと入れようとし、先進国、途上国間で小競り合いが生じた。お互いほとんど寝ておらず、頭が朦朧としている中で、なおかつこのような「爆弾」を仕掛ける南ア交渉官のたくましさ舌を巻き、最後の最後まで油断できないと思ったものだ。

 ようやく全てが終わり、よれよれになって会議場を出たのは19日土曜日の夕方であった。ホテルのシャワーから温水が出なくなったのは、まさしくその晩であった。良い思い出のなかったCOP15の最後を飾るハプニングであった。

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