私的京都議定書始末記(その23)
-AWG-KPとはどんな場か(3)-
有馬 純
国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授
先進国の削減目標のレベル
AWG-KPではしばしば先進国が表明した2020年の削減目標を一覧表にして参考資料として配布された。個々の先進国の削減目標の議論は、先進国全体の削減幅と並んで途上国の交渉官が大好きなトピックである。一覧表を見ながら途上国から各先進国に対して色々な質問、コメントが寄せられる。典型的なのは「野心のレベルが低い」というものだが、同様に多いのが「この数字は国内削減分とLULUCF分、クレジット購入によるオフセット分の内訳はどうなっているのか」というものである。ほとんどの先進国の削減目標は国内削減分、LULUCF分、オフセット分を含んだものであり、その内訳をアプリオリに決めてはいない。すると途上国は「先進国が実際に国内で削減する分は、この数字の一部であり、ただでさえ野心のレベルが低いのに、現実の野心レベルは更に低い。」と言い募るのであった。
後述するが、2009年6月に麻生総理が発表した「2005年比15%削減」という目標は先進国の中では珍しい「真水」(国内削減分のみをカウント)の数字であり、少なくとも「オフセット、LULUCFによる水増しした不透明な目標」という批判を受けることはなかった。むしろ南アのように「日本の削減目標は不十分であるが、真水分だけをカウントしているという点は透明性の点から評価できる」という国もあったくらいである(もっとも政権交代により、90年比▲25%という目標を設定したことに伴い、真水目標は吹っ飛んでしまったのであるが)。
先進各国の削減目標に対して不満を募らせた途上国は、ついに先進国の削減幅、先進各国の削減目標の具体的数値を提案するとの手段に訴えた。途上国提案の数字を見ると、先進国全体の削減目標は第2約束期間(2013-2017)で90年比▲18%~▲30%超、第3約束期間(2018-2022)で90年比▲40%~▲50%超となっている。更に先進各国の削減目標としては、2013-2017年でEUが▲22%~▲37%、米国が▲24%~▲39%、日本が▲23%~▲38%、2018-2022年でEUが▲49%~▲62%、米国が▲52%~▲66%、日本が▲51%~▲64%という具合である。この数字を見たとき、私は日本交渉団の同僚と「臍が茶をわかすね」と言い合った。ぜんたい他国の削減目標を設定するくらい楽な商売はない。この途上国提案については、先進国から総スカンを食い、特にAWG-KPにオブザーバーとして参加していた米国は「京都議定書締約国でない米国について第2、第3約束期間の数字を提案するなど論外」と憤慨していた。
先進国の削減目標の形式
先進国の削減目標の形式については、途上国、EUが一致して京都第1約束期間を踏襲し、90年比の削減率を主張したのに対し、日本は複数基準年を許容することを主張していた。90年基準がEUのみに有利であるという京都議定書交渉以来の問題があったことは言うまでもない。米国は2005年比▲17%目標を提示していたし、日本も2005年比▲15%の目標を提示しようとしていた。その後、民主党政権が90年比▲25%を提示し、日本も90年基準を受け入れてしまったのだが、引き続き、複数基準年許容という主張は変えなかった。先進国の削減目標レベルや目標形式等、AWG-KPにおける議論が最終的にはAWG-LCAで交渉される包括的枠組みのインプットになる可能性があること、米国やカナダのような2005年基準年を使用している国があることを考えれば、AWG-KPで90年基準のみに限定した場合、これら諸国の包括的な枠組みへの参加を困難にする可能性がある。また将来、新興国などが排出削減目標を設定することになれば、基準年は直近の数字になる可能性が高く、この観点からも基準年に柔軟性を持たせるべきと考えられた。豪州やNZは「自分たちは90年基準を使うが、多くの国の参加を慫慂する観点からも基準年の柔軟性は認めるべき」と日本の主張をサポートしてくれたが、我々は何といっても少数派であった。
AWG-KPの成果イメージ
上の各論点は、AWG-KPの成果イメージをどうとらえるかという点にも直接関係する。私はAWG-KPの冒頭、常に「日本は今次交渉において全ての主要排出国が参加する公平で実効ある一つの枠組みを作ることを目指している。したがって第2約束期間の設定のみを交渉成果とすることは受け入れられない。AWG-KPに参加しているのは、ここで交渉している諸要素が、全ての主要排出国が参加する枠組みへのインプットになると考えているからだ」と日本の立ち位置を明確にしてきた。さもなければAWG-KPのマンデートに従い、第2約束期間の設定を最初から認めていると解されるからだ。
EUも豪州もNZも「AWG-KPにおいて数値を先に固めることは不可である」、「メカニズムの見直しやLULUCFの計算方法、温室効果ガスの対象範囲の見直し等の技術的な事項が決まらなければ、自分たちの削減目標を最終的に決めることはできない」と主張しており、日本も彼らと共同戦線を張っていた。しかし第2約束期間設定というAWG-KPの成果そのものに明確にチャレンジしているのは先進国の中では日本くらいのものであった(カナダ、ロシアも同様のポジションをとっているのだが、積極的に発言しているわけではなかった)。
これに対して中国、ブラジル等は強く反発し、「1/CMP1(注:AWG/KPの設置を決めたCMP決定)のマンデートは第1約束期間と第2約束期間の間にギャップが生じないよう、できるだけ早く作業を終了し、その結果をCMPにおいて採択することを目指すことだ。第2約束期間の設定そのものに留保をかけるような日本の主張は受け入れ難い」と批判してきた。それに対し、「作業を終了することは書かれているが、どのような結果で終了するかまでは特定されていない」と反論したのであったが、我ながら苦しい理屈であった。AWG-KPが設置された頃にはAWG-LCAもなく、第2約束期間への不参加というビジョンがあったわけではないからだ。
AWG-KP、AWG-LCA全体を通した交渉成果をどうするのか、という点はCOP16、COP17において大体の方向性が固まるまで、最大の論点として繰り返し提起されることになる。