製鋼スラグと海域環境改善(カルシア改質技術の紹介)
北野 吉幸
新日鐵住金株式会社 スラグ・セメント事業推進部 市場開拓室長
鉄鋼スラグは製鉄工程から発生する石や砂利状の副産物で、国内では年間約4,000万t(約2,000万m3)生産され、製銑工程から生じる「高炉スラグ」と製鋼工程から生じる「転炉系製鋼スラグ(以下、製鋼スラグ)」の2種類があります。このうち「製鋼スラグ」は年間約1,100万t(約500万m3)を占め、従来より、路盤材や地盤改良材などの土木資材として広く活用されていますが、近年、新たな用途として軟弱浚渫土の改質とその利用を目的とした技術が開発、実用化され、普及しつつあります。
海洋国家である我が国では、港湾における航路、泊地の維持、拡幅・増深などに伴い、年間約1,500万m3もの大量の浚渫土が発生しますが、その多くは軟弱でそのままの状態では有効利用が困難と言われています。従来、こういった浚渫土は埋立処分場に投入されてきましたが、近年、環境保全の観点から処分場の確保も困難になってきています。
製鋼スラグはカルシア(CaO)を多く含みますが、これが浚渫土に含まれるシリカやアルミニウムと反応し、カルシウムシリケートやカルシウムアルミネート系水和物を生成、軟弱浚渫土の強度改善に大きく寄与することがここ数年の研究成果として判ってきました。
こうした製鋼スラグの特性を活かし軟弱浚渫土に添加・混合して改質する技術を「カルシア改質技術」、粒度、成分、安全性などの品質管理を行った製鋼スラグ製品を「カルシア改質材」、これを用いた改質浚渫土を「カルシア改質土」と呼び、海域水質の改善に効果がある浅場・干潟の造成材料や青潮を引き起こす貧酸水塊の発生原因となっている深掘れ部の埋め戻し材料等、新たな分野での土木資材として利用が始まっています。
また、「カルシア改質技術」は単に浚渫土の強度を向上させるだけでなく、カルシア改質材の吸水作用による改質土そのものの粘性の向上により、海中施工時の濁りを大幅に軽減することができ、また、施工後も底質の巻き上がりの抑制を図ることができます。さらに、カルシア改質材のカルシウム分の作用により、浚渫土に含まれるリン酸や硫化物の発生抑制効果が確認され、水質改善も期待されています。
一方、カルシア改質材はセメント系改質材と同様、カルシウム分を多く含むため、一般に水中では高いpHを呈しますが、浚渫土との混合による透水性の低下等により、カルシア改質土の近傍でのpH上昇はほとんど認められていません。
この「カルシア改質技術」は2004年から大阪府の堺浜で(一社)日本鉄鋼連盟により経済産業省からの補助事業として実海域での実証実験が行われ、その成果等は2008年に「転炉系製鋼スラグ海域利用手引き」として取り纏められました。
2008年には東京都城南島で「カルシア改質土」に製鋼スラグ水和固化体「ビバリーロック」、製鋼スラグによる鉄分供給ユニット「ビバリーボックス」を組み合わせた人工浅場の造成実験を行い、環境省による「環境技術実証事業(ETV事業)」で環境安全性を確認するとともに、浅場・干潟に有用な技術であるとの評価を得ました。また、(一社)全国水産技術者協会により、魚介類への毒性がないことも確認されています。
さらに2009年には東京湾の鋸南町沖合、2011年からは君津市沖合でも1万m3を超えるカルシア改質土の実海域施工が実施され、現在も海域環境修復効果についてモニタリングを継続、良好な効果が確認されています。
直近では、2012年に大阪湾堺浜で堺市が造成する人工海浜の一部において、堺市と(一社)日本鉄鋼連盟の共同による海浜造成材料としての実証実験が始まり、現在、構造安定性や環境安全性について(一社)大阪湾海域環境再生研究・国際人材育成コンソーシアム・コアによるモニタリング結果の評価が行われているところです。
また、当社の名古屋製鉄所でも2012年から公有水面埋立工事において、管中混合工法等による大規模なカルシア改質工事が行われ、現時点で40万m3以上の施工を終えています。
今後もこういった実証実験や実海域施工実績を積み重ね、関係者との連携を図りながら、浚渫土の有効利用と海域環境の改善に製鋼スラグが貢献できるよう取り組んでいきたいと考えています。