オバマ政権の環境・エネルギー政策(その1)

はじめに


環境政策アナリスト

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オバマ政権が始まるまで

 2004年からの4年間、つまり2期目のブッシュ政権時代を筆者はワシントンで過ごした。ブッシュ政権の米国は、当初こそ穏健な伝統的な保守主義(リバタリアン主義)に立脚していたものの、次第にディック・チェイニー副大統領を中心にしたネオコン主義者が力を得、ユニラテラリズム(単独行動主義)を標榜していった。そしてイラク戦争をはじめとした力による外交政策によって、国際関係が年々緊張していった。そんな中で、ブッシュ支持の多かった中西部の保守主義者は、ワシントンでよくあるようなにイラク戦争の批判をすると、とても悲しい顔をした。彼らは日々、イラク戦争で犠牲になった若者の葬儀を目の当たりにしていたのだ。国民はイラク戦争に疲れていた。
 経済状態も悪化した。戦費がかさむ一方で、ブッシュ政権はイラク戦争を起こす前の第一期から金融市場至上主義ともいえる経済政策に固執していた。規制緩和をすれば経済は上向くという神話を信じ、経済活動の多くを、金融市場に依存する姿勢を貫いた。それに先立つエンロン事件、そして続いて起きたワールドコム事件は金融本市場の信頼を貶めるには充分であった。これに伴って発生したアーサー・アンダーセン監査法人問題も立法府を企業監査改革へと駆り立てた。その成果のひとつがサーベンス・オックスリー(SOX)法であることは周知の通りである。
 しかし、同時に金融市場そのものの改革に対しても多くの議論が惹起され、金融市場が充分透明でないとして改革の必要性があちこちで提起された。その主旨は「アメリカという魅力ある市場が世界の資本流入を独占してきたが、EUがそれに挑戦し、中国も登場している。金融市場の改革を行わなければ米国そのものの信用度に影響が出る」という、極めて深刻な叫びともいえるものであったが、結局、金融市場改革には手付かず仕舞いだった。その裏には、後に明るみになったサブプライムローン問題のリスクの程度が予測できないという事実が横たわっていた。2008 年、それはリーマンショックとして現実のものとなった。しかも米国の金融市場の問題は、リーマン・ブラザーズ1社の破綻にとどまらず、未曾有の金融危機を迎えることになる。
 こうした中でオバマ政権は誕生した。温暖化の国際会議でもみられたように、米国はブッシュ政権時代のユニラテラリズムから国際協調重視へと変わったが、共和党支持者でもオバマ大統領の取り組みに一定の評価をしている人は多い。金融危機後の米国経済は相変わらず深刻であるが、第一期のオバマ大統領は矢継ぎ早にさまざまな重要案件を打ち出した。医療保険改革、気候変動、上記で述べた金融市場改革などである。オバマ大統領には守りと攻めが常に同居しているように見える。第一期目で、その徹底振りには疑問をもつ向きもあると思うが、一応医療保険改革は済ませている。金融市場改革も一応の成果を示したが、十分とはいえないであろう。気候変動も国連重視で交渉を目指しているが、他の政策と同様に下院は野党共和党が引き続き過半数を有する議会との関係の中で妥協をしながら現実的にことを処することに最初から余儀なくされている。

2004年大統領選で登場したオバマ

 筆者が印象に強く残っているのは2004年7月ボストンで開催された民主党の党大会である。ジョン・ケリー上院議員(当時)を民主党の大統領候補として決定する公式な手続きでもあるこの会議の冒頭、イリノイ州議会の上院議員にすぎなかったオバマ氏が登場し、ケリー候補支援演説を行った。全米的にはほとんど無名の、連邦上院議員候補のひとりが、全米注目の民主党の檜舞台で演説をする。しかも、その清新さはケリー候補に勝っていた。「黒人のアメリカも、白人のアメリカも、ラテン系のアメリカも、アジア系のアメリカもなく、ただ一つ、アメリカ合衆国があるだけだ(There is not a Black America and a White America and Latino America and Asian America — there’s the United States of America.)」と力強く説くその姿は、多くの人の目に焼きついたはずである。
 そしてケリー候補がブッシュ大統領(現職)に一敗地にまみれ、ブッシュ大統領政権(二期目)の後、2008年大統領選挙に際し、ヒラリー・クリントン候補を破り、オバマ氏は民主党の候補となった。一方の共和党はマケイン候補を選出した。マケイン候補というと、連邦上院で1987年から議員を務めるベテランである。しかし、その政策は「Lone Wolf(一匹狼)」というあだ名に表れているように、いわゆる共和党の中軸ではなかったが、ベトナム戦争の生き残りとして確固として定見をもっていた。安全保障・外交ではタカ派、しかし、自身の経験もあってか捕虜虐待が公になったときにはこれを激しく批判している。
 また、共和党では少数派の環境積極派である。民主党(当時)のジョゼフ・リーバーマン上院議員(コネチカット州)と共同提出したキャップ&トレードを中心とするマケイン・リーバーマン法案は、その後のリーバーマン・ウォーナー法案として引き継がれた。彼は地球環境問題の解決のためには原子力では不可欠であると繰り返し議会で証言している。
 もし、2008年大統領選挙がイラクなどの安全保障を中心とする大統領選挙になっていたら、マケイン候補の支持はもっと集まったであろう。リーマンショックはオバマ大統領候補に重荷を背負わせることになったが、逆にこれが彼を大統領にさせるひとつの誘引となったことは否定できない。