私的京都議定書始末記(その9)
-<エネルギーマルチ>転戦記-
有馬 純
国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授
3月に立ち上がったECTFは、その後5ヶ月間に3回開催され、8月に甘利経産大臣(当時)とシンガポールのイスラワン貿易産業大臣の共同議長の元で開催された第1回東アジアサミットエネルギー大臣会合(シンガポール)ではウオン・シュー・クオン事務局長と共にECTFの活動や省エネ勧告について報告し、ECTFで準備した閣僚共同声明が合意された。省エネ目標、セクター別アプローチに関連する部分は以下の通りである。「自主的に」とか「可能な場合」といった留保条件はついているものの、先進国、中・印を含む途上国が両方参加するマルチの場で省エネ目標設定について合意が得られたことは意義が大きいと思う。
Ministers supported the EAS ECTF”s recommendations to promote Energy Efficiency and Conservation, and agreed to undertake concrete actions to implement them, including to formulate, on a voluntary basis, individual, quantitative and where possible, sector specific energy efficiency goals and action plans and to present a preliminary report at the 2nd EAS Energy Ministers Meeting (EMM2) in 2008, with a view to presenting the first goals and action plans at the EAS EMM3 in 2009
2011年時点で見ると自然体(BAU: Business As Usual)からの最終エネルギー消費の○%削減や、エネルギー原単位(一次エネルギー総供給/GDP)の○%改善等、指標の違いはあるが、インドを除く15ヶ国が省エネ目標を設定している。また各国が提出した省エネ行動計画を見ると、インドネシアのように鉄鋼、セメント分野でのCO2原単位の改善目標、韓国のように自動車燃費改善目標等、数は少ないが、セクター別目標を設定している事例もある。我々が期待していたようなセクター別省エネ目標を設定する事例はまだ少数だが、アジアのマルチプロセスの特色は各国の自主性を尊重することだ。その意味で、現在、日本が進めている二国間クレジット制度が、相手国のセクター別省エネ目標への理解増進にもつながることを期待したい。
このように、2007年の一連のエネルギーマルチにおける戦果はまずますのものであった。もちろん、省エネ目標やセクター別アプローチに対する他のアジア諸国の反応は当初は慎重なものであった。しかし、日本のトップランナー制度を含む省エネ政策の経験や、省エネは経済成長、エネルギー安全保障と両立できることを説明すると、最後まで反対に逢う事はなかった。省エネ先進国の日本の発言にそれなりの重みがあったこともあろうが、何よりエネルギーマルチに参加している人々は、国連交渉官とは「別の種族」であった。各国共に国ごとの事情の差はあれ、エネルギー制約を克服するために課題を共有しており、建設的な話をしやすい雰囲気があった。「先進国の歴史的責任」とか「途上国支援は先進国の義務」といったドグマが支配する国連交渉とは大違いである。またアジアのエネルギーマルチに参加する先進国は、米国、カナダ、豪州、NZ等、プラグマティズムを重んずる国々であり、原理主義的なEUがいなかったことも良かったのかもしれない。
ただ2007年秋以降、APEC首脳会合、東アジアサミット首脳会合等の首脳プロセスになると、ことは容易ではなかった。「国連交渉族」がプロセスに関与し始めたからである。