私的京都議定書始末記(その9)

-<エネルギーマルチ>転戦記-


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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 各種のエネルギーマルチ(エネルギー分野の多国間会合)で省エネ、セクター別アプローチ、革新的技術開発のメッセージを盛り込むというミッションの皮切りは、2007年5月のIEA閣僚理事会だった。先進国26ヶ国で構成されるIEAは、先進国、途上国を問わず省エネを進めるべしというメッセージを打ち込む上で、最も合意を得やすい場であった。更にIEAは日本の任意拠出によってセクター別のベンチマーク作成作業を実施中であった。このため、事前のコミュニケ交渉でも、日本が提唱したIEA加盟国、主要非加盟国における省エネ目標・行動計画の策定やセクター別ベンチマークの策定、革新的技術開発というメッセージを大きな反対なく盛り込むことができた。

 ところが本番の閣僚理事会の場でハプニングが起きた。日本が最も重視する省エネ目標・行動計画やセクター別ベンチマークが含まれるパラグラフの前半部分(省エネ目標やセクター別アプローチとは無関係の部分)に、ある国からクレームがついたのだ。通常、事務レベルで合意したコミュニケ案に閣僚レベルで物言いがつくことは珍しいことだった。IEA事務局、クレームをつけた国、それに反対する国で鳩首議論した結果、修正版のコミュニケ案が配られた。省エネ目標・行動計画やセクター別ベンチマーク自体にクレームがついていたのではないのだが、念のため、さっと目を走らせると、当該パラグラフ全体がぐっと短くなり、肝心のセクター別ベンチマークの部分がすっぽり抜け落ちてしまっていた。クレームのついた部分を大幅に短くした結果、パラグラフのバランスを保つため、他も短くしたということらしい。ノルウェーの議長も、マンディル事務局長、ラムゼー次長も「これで決まりだね」というような顔でおり、今にも「It’s so decided」と木槌をたたかれそうな様子だった。しかしセクター別ベンチマークへの言及が落ちることは日本にとって一大事である。事務局に協議する時間もない。このため、甘利経産大臣(当時)、望月資源エネルギー庁長官(当時)の許可を得て、Japon (OECDの会議では、何故か国の名札はフランス語表記である)の名札を立て、「今配られた案の中には、既に事務レベルで合意されたセクター別ベンチマークに関する言及が欠落している。パラグラフ全体を短くしようという意図であろうが、本件についてはどこからも反対がないのだから、元に戻してほしい」と発言した。幸いなことにカナダのエネルギー大臣が日本の発言を支持してくれ、セクター別ベンチマークについては元通りとなった。この間、10分足らず。セクター別アプローチを重視している甘利大臣から「日本の生命線だからな」と言われていただけに、ほっとした。咄嗟のこととはいえ、事務方でありながら、大臣会合で発言させていただいたのは今でも忘れがたい思い出である。件の該当部分は以下の通りである。この下線部分にはセクター別アプローチのエッセンスが詰まっており、だからこそ、その復活にこだわったわけだ。

 We call on the IEA to promote the development of efficiency goals and action plans at all levels of government, making use of sector-specific benchmarking tools to bring energy efficiency to best practice levels across the globe. We invite the IEA to evaluate and report on the energy efficiency progress in IEA Member and key non-Member countries.

IEA閣僚理事会(2007年5月)。
左よりマンディル事務局長、ノルウェーの議長、ラムゼー次長