IEA勤務の思い出(2)

-国別審査はこう行われる-


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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 今回及び次回は、IEA事務局で私が担当した国別審査について紹介したい。OECDにおけるコア業務の1つは加盟国同士による政策審査(ピアレビュー)であり、経済政策、援助政策、エネルギー政策、環境政策等、多岐にわたるピアレビュープロセスが存在する。IEAも1974年の設立以来、国別エネルギー政策審査をコア・アクティビティの一つとしてきた。

 国別審査は文字通り、IEA事務局と加盟国の共同作業である。加盟国から参加する専門家と事務局スタッフで構成する審査チームが被審査国に赴き、様々なステークホールダーと意見交換を行い、その国のエネルギー政策の現状、評価(これをcritiqueと呼ぶ)及び勧告(recommendations)から成る審査報告書を作成するのである。このプロセスはなかなか手間がかかる。

 IEA国別審査課は、課長と秘書、3人のデスクオフィサー、統計担当官の6人から成る小所帯である。私がIEAに在籍した当時(2002-2006年)は加盟国数が26ヶ国だったため、3人のデスクオフィサーはそれぞれ8-9ヶ国を担当する。1人のデスクオフィサーが1年間にこなせるエネルギー政策審査は2本であるため、毎年6ヶ国がエネルギー政策審査を受けることになる。

 国別審査の第1ステップは審査チームの結成である。ピアレビューという性格から、各加盟国から審査チームに出す専門家をノミネートしてもらう必要がある。まず翌年審査を受ける6ヶ国を加盟国に周知し、チームリーダー、専門家のノミネートを依頼する。その際、どの国の審査に関心があるか、その専門家の専門分野についても教えてもらう。各国からノミネートされたチームリーダー、専門家のリスト、各々の関心国、専門分野を見ながら、6ヶ国の審査チームを作り上げるのは結構難しい。チームリーダーには加盟国エネルギー政策当局から局長クラスをノミネートしてもらうが、バランスのとれたチームを作るためには、各専門家の分野バランスを考えねばならない。国別審査では化石燃料(石油、ガス、石炭)、エネルギー・環境、省エネ、再生可能エネルギー、エネルギー市場改革、エネルギー研究開発を審査する。特に被審査国において大きなアジェンダとなっている政策については、十分な知見を持つ専門家を参加させなければならない。また欧州諸国のエネルギー政策審査には非欧州諸国の専門家を、非欧州諸国のエネルギー政策審査には欧州諸国の専門家を入れ、地理的なバランスも考えなければならない。概して大国の審査と比べると小国の審査は人気がない。その場合はノミネートされたチームリーダーや専門家にコンタクトして第2希望、第3希望に回ってもらうこともしばしばあった。これに加え、事務局から担当デスクオフィサー、原子力保有国の場合はOECD原子力機関(NEA)の専門家が入り、更に国別審査課長もしくは国別審査課の所属する長期協力局の局長が参加する。審査団の規模は加盟国、事務局からの参加者を合計すると6-8名になる。

 第2ステップは審査の事前準備である。被審査国には分厚いクエスチョネアが送付され、エネルギー政策の現状について詳細な回答が求められる。これはその国のエネルギー政策に関する最近の報道、分析記事等と共に、分厚いインフォーメンション・パッケージにファイルされ、審査チームはそれを事前に読み込むことが求められる。ノンネイティブにとって分厚い資料を斜め読みするだけでも手間がかかるが、全く白紙の状態で審査に参加するわけにはいかない。

 最も重要な第3ステップは被審査国訪問である。審査は通常、月曜日から金曜午後まで行われるので、審査メンバーは日曜夕方に被審査国に入る。特に加盟国からノミネートされた専門家とはそこで初めて会うことがほとんどだ。日曜の晩は審査メンバーでお互いに自己紹介、自分の関心分野を開陳しあった後、一緒に食事に行き、「結団式」を行う。月曜から木曜午前までは朝9時~夕方6時までミーティングの連続である。各国エネルギー行政当局の関係部署からの説明に始まり、気候変動対策については環境行政当局、エネルギー規制当局(多くの場合、政府から独立した規制機関が存在する)、エネルギー産業(電力、ガス等)、エネルギー消費産業(産業連盟等)、シンクタンク、消費者団体、NGO等と1コマ1時間半程度の意見交換を行う。ある政策について政府当局からの「大本営発表」だけではなく、様々なステークホールダーからヒアリングをすることは極めて重要だ。政府の見方と産業界、消費者団体の見方が食い違うことはよくあるし、それが審査報告の分析にヒントを与え、厚みを与えることになる。エネルギー政策の整合性も大事なポイントだ。エネルギー行政当局と環境行政当局の意見が食い違うことは日常茶飯事だし、エネルギー行政当局内部においても政策の不整合があったりする。

 エネルギー政策審査の基本的な座標軸は1993年に合意されたIEA共通目標(Shared Goals)と呼ばれる9つの原則である。①エネルギーセクターの多様化、効率性、柔軟性、②緊急時対応能力、③環境への悪影響の最小化、④環境に優しいエネルギー源の活用(化石燃料のクリーン利用、非化石燃料の利用)、⑤エネルギー効率改善、⑥R&Dの強化、⑦エネルギー価格歪曲の排除、⑧自由で開かれたエネルギー貿易・投資、⑨エネルギー市場参加者の相互協力、がその内容である。もとより、各国のエネルギー政策はその国のおかれた状況に適合したものでなければならない。したがって、この原則の適用もその国特有の状況に照らして判断される。

 月曜~木曜までの4日間は体力を使う。昼食はサンドイッチ等で1時間程度だし、1日が終わった後で、チーム内ミーティングをやることもある。木曜午前まで密なインタビューを行う途上で、各審査メンバーはあらかじめ設定された分担に従って1-2ページの分析、勧告メモを作成することが求められる。人数の制約から加盟国からのメンバーで全ての分野をカバーできないため、私を含む事務局スタッフも分担してメモを作成する。私の場合、IEAに来る前の経験に照らし、しばしばエネルギーと環境、省エネ、再生可能エネルギー、エネルギーR&Dについてメモを作成した。担当デスクオフィサーはこれらのメモを集め、全体で8-10ページ程度の「暫定所見と勧告(Preliminary Findings and Recommendations)」を作成する。これは後に説明する本報告書の骨格を形成する大事なペーパーであり、これをたたき台に、木曜の夕方から金曜の午前にかけて審査団内で徹底的に議論するのである。担当分野を決めているとはいえ、自分の担当分野以外の部分について意見を言うことも奨励されている。国別審査課長は、審査プロセス全体を管理する立場から、当該国の過去のエネルギー政策審査との論理的継続性のみならず、他の国のエネルギー政策審査との横の整合性も確保しなければならない。このため、私は過去5年間の全加盟国への勧告のリストを常に携行して、折に触れてチェックしていた。

 どのような勧告をするかは最も議論が白熱する。机上の空論的な勧告をしても意味はない。その国の実情を踏まえた上で、実現可能な勧告案を考えねばならない。審査メンバーの出身国の考え方が色濃く反映され、それが互いにぶつかることもよくある。スクリーンに映し出された勧告原案を見ながら、皆で文言の加除修正を行うドラフティングセッションになる。これはノンネイティブにとっては大変で、ネイティブの専門家は、ニュアンスを含む実にうまい表現を紡ぎ出す。私にとって非常に有益な経験でもあった。

 金曜午前に暫定所見・勧告をまとめあげ、被審査国のエネルギー当局に渡す。被審査国が我々のペーパーを読んでいる間、審査メンバーは外で食事をしたりして一息つくわけだ。午後、ラップアップセッションで審査団長から暫定所見・勧告を説明し、被審査国からとりあえずの感触を聞く。各国でエネルギー政策を担当している専門家が参加しているだけあって、「短期間の滞在で、我が国のエネルギー政策の重点課題を正確に言い当てている」という反応がほとんどだが、勧告内容について異論が提起されるケースも珍しくない。これはあくまで暫定所見・勧告なので、訪問後の本報告書作成プロセスにおいて引き続き議論を続けることになる。いずれにせよ、被審査国とのラップアップセッションが終わると審査メンバーは5日間の重労働から解放される。その後、皆で一杯やるのはとても爽快である。勿論これでプロセスが終わるわけではない。

 第4ステップは本報告書の作成だ。8-10ページの暫定報告・所見は、被審査国のエネルギー政策の現状説明や、分析部分の更なる精緻化を経て、最終的に100ページを超える報告書にまとめあげられる。3人のデスクオフィサーがそれぞれの担当国について作業を行うため、同時に2-3ヶ国の報告書ドラフトが各章ごとにあがってくる。国別審査課長は、ドラフトを読み込んでコメントして返さねばならないが、一度に複数のデスクオフィサーからドラフトが上がってくると、勤務時間中には読み切れないので、週末出勤はざらだった。事務局内でクリアのとれたドラフト案は審査メンバーに送られ、そのコメントを取り入れてから被審査国にも送付される。被審査国からのコメントは、事実関係の誤り等は取り入れるが、勧告内容の大幅な変更、削除を求めてくる場合もある。場合によっては局長まで上げて落とし所を考えねばならないケースもあった。

 最終ステップは、委員会における議論だ。報告書は長期協力問題常設作業部会(SLT:Standing Group for Long Term Cooperation)にかけられる。審査団長から報告書の紹介、被審査国代表から報告書に対する所見が述べられた後、加盟国が被審査国のエネルギー政策について質問、コメントをする。2時間ほどのセッションが終わった後、SLT議長から、被審査国代表に対し、「報告書の勧告を受け入れるか?」という質問があり、「受け入れる」という回答があって報告書が了承されるわけだ。

 チーム編成から委員会における了承まで数えれば約1年に渡る長丁場のプロセスである。私の4年間のIEA勤務の間に24ヶ国の審査に関与し、そのうち16ヶ国については審査団メンバーとしてその国に赴いた。それぞれの審査団には参加メンバーの個性を反映した独特の雰囲気があり、被審査国とのやり取りも含め、実に様々な思い出がある。自分の名前が入り、ドラフティングに関与した報告書の蓄積は、私にとって貴重な財産である。次回は国別審査プロセスの有用性についての所見を述べてみたい。

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