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英国のエネルギー政策は On Track なのか?


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授


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 今年の英国はとても寒い。特に今春の寒さは異常で3月末でも各地で零下3度を記録した。昨年の今頃は21度と暑いくらいでアイスクリームがよく売れたのと対照的である。

 寒波のため、ガス需要は例年の20%増を記録しており、英国のガス備蓄が底を尽きつつある。3月20日過ぎには備蓄能力の10%程度、2日分程度まで低下した。英国は、ガス輸出国であったため、ガス供給安全保障への備えが弱く、備蓄能力は15日分しかない。他方、ガス供給安全保障にセンシティブであったフランスやドイツが100日程度の備蓄能力を有している。北海油田の石油、ガス生産量が低下し、純輸入国となる中で英国のガス供給安全保障は際立って脆弱な状況だ。 

 こうした中で永きにわたって英国の電力供給の一翼を担ってきた石炭火力発電所は次々に閉鎖されつつある。3月末にはデボン州のDiscot 石炭火力発電所、スコットランドのCockenzie 石炭火力発電所が相次いで閉鎖された。英国が寒波に見舞われ、ガス価格が高騰する中で最悪のタイミングである。これらの石炭火力は老朽化で閉鎖されるのではない。石炭火力発電所をフェーズアウトしようという政府の政策に基づくものである。税によるディスインセンティブやEUの排出規制により、石炭火力発電所を運転するために2億ポンドものコストがかかり、経済的にペイしなくなっているためだ。皮肉なことに脱原発のモデルとされるドイツでは安価な米国炭の流入と排出権価格の低迷により、石炭火力発電所が新設されている。加えてドイツは国際連係線による電力の輸入も可能だ。ところが英国では、EUの排出規制に加え、炭素フロアプライスを導入し、欧州排出権市場の動向にかかわらず、2020年には30ポンド/トン、2030年には70ポンド/トンまで引き上げられる。このような状況では石炭火力発電所の運転継続や新規建設は考えられず、ガスに頼るしかなくなるだろう。

 デイビー・エネルギー気候変動大臣は「だからこそ輸入ガスに依存しないエネルギー構成が必要で、そのために原子力発電所の新設と再生可能エネルギーの大幅増を図らねばならない」と論ずる。しかし現実には風力が、ガス火力依存を下げ、退役する石炭火力の穴を埋めるにはほど遠い状況だ。タイムズのアリス・トムソン記者は、「自分の住むデボン州ではブリザードが湿原を吹き荒れる中で風車は全く回らなかった。閉鎖されたDidcot 発電所の代わりなど務まっていない。昨年の発電電力量に占める風力の割合は5%でしかなかった」と述べている。石炭火力発電所のリタイアと再生可能エネルギーの実力不足により、ガス火力に対する依存が拡大し、電力、ガスコストの上昇を招いている。

 寒波に凍える中で、国民の関心はエネルギーコストの上昇に向かっている。既に年間の電気・ガス料金は1300ポンド弱に達しており、消費者団体は、年間のエネルギーコストが更に200ポンド増大するとの警告を発している。中長期的にそれに拍車をかけるのが増大するグリーン補助金である。

 英国はEU再生可能エネルギー指令に基づき、2020年までにエネルギー供給の15%を再生可能エネルギーとすることが義務付けられている。これを達成するためには電力供給の30%を再生可能エネルギーとすることが必要だ。このため、政府は再生可能エネルギー購入義務制度(Renewable Obligation)等を中心に高コストの再生可能エネルギーに膨大な間接補助金を費やしてきた。在来型の電力価格が50ポンド/Mwhであるのに対し、陸上風力が100ポンド/Mwh、洋上風力が160ポンド/Mwh、太陽光が240ポンド/Mwhなのだから、そのコストは推して知るべしである。

 現在、国会に提出されているエネルギー法案には、再生可能エネルギー、原子力を対象とした差額契約制度(Contract For Difference)が盛り込まれており、これが実現すれば、再生可能エネルギーを初めとするグリーン電力のための間接補助金は2020年までに5倍に拡大し、ガス価格の上昇もあいまって年間の電力ガスコストは1600ポンドに達すると見込まれている。特に大きな影響を受けるのはエネルギー多消費産業であり、政府のグリーン政策が継続した場合、電力コストが68%上昇すると見込まれている。英国製造業者協会のサロモン氏は「政府が、競合関係にある国よりも電力価格を押し上げる施策を継続した場合、製造業が英国で投資を行うインセンティブはなくなり、雇用の喪失を生むだろう」と警告している。

 しかも間欠性の高い再生可能エネルギーの大量導入はバックアップ火力を必要とする。しかし英国では電力市場が完全自由化され、事業者が供給責任を負わないため、経済的にペイしないバックアップ電源を持つ理由がない。このため政府による補助金が必要になる。政府がエネルギー法案の中でキャパシティメカニズムの導入を目指しているのはこうした背景によるものであるが、大手電力会社のSSEはキャパシティメカニズムの詳細が不確実な状況では新たなガス火力の投資などできないとしている。同社のマーチャント社長は「政府は英国が今後3年間に直面する設備容量不足のマグニチュードを過小評価している。英国は停電リスクに瀕している」と述べている。

 本稿でたびたび紹介してきたディーター・ヘルム・オックスフォード大教授はこうした政府の一連の施策を厳しく非難する。曰く・・・

過去、エネルギー危機はサプライズによって引き起こされてきた。英国のエネルギー危機はサプライズではなく、長期にわたる市場への誤解、誤ったエネルギー市場設計、誤った規制、マージナルで高価な技術への膨大な掛け金投入、政府の頑迷さによって引き起こされてきた。
これまでの英国政府の施策は、「石油・ガス価格はピークオイル、ピークガスにより上昇を続ける。風力や太陽光等の再生可能エネルギーに十分な補助金をつぎ込めば、規模の経済性でコストが低下し、化石燃料価格上昇とあいまって両者のコスト差はなくなる。英国は安価な風力発電の恩恵を受け、グリーン雇用を創出する一方、米国は高コストの輸入石油・ガスで疲弊する」との前提に立ってきた。
しかし、現実には米国はシェールガス革命によりエネルギー自立に向かい、エネルギーコストの低下により、エネルギー多消費産業が中国から米国に回帰しつつある。他方、英国では環境原理主義者が化石燃料へのロックインを防ぐとの名目でガス利用、なかんずくシェールガス開発を阻害してきた。上記の前提が崩壊しているのは明らかだ。
英国政府はEUの再生可能エネルギー指令等に基づき、高価な再生可能エネルギーを支援するための政策介入(補助金)、特定技術の「つまみ食い」(picking winner)を行ってきた。その結果、必要となるバックアップ火力を支援するため、更なる政策介入(補助金)を行おうとしている。この結果、複数の政策が重畳し、政策体系が複雑・高コストになっている。
こうした政策介入の結果、2015年までに全家庭の4分の1は可処分所得の1割をエネルギーコストに費やすことを強いられるだろう。
こうした事態を防ぐためには、EU再生可能エネルギー指令の再交渉とエネルギー法案の見直しが必要だ。エネルギー法案は複雑な施策の重畳を廃し、キャパシティマージン20%を目指したオークションを行うべきだ。炭素予算があるのであれば、トン当たり削減コストが安いものから調達すればよい。
しかし政府や再生可能エネルギー産業界はそうしたシンプルな方策を嫌うだろう。政府にとっては、高価な再生可能エネルギーに補助金をつぎ込んできたことが白日のもとにさらされるし、業界にとっては「真のコスト」が市場原理で明らかにされるからだ。
2015年の総選挙で保守党が勝利すれば、2017年にはEU加盟の是非を問う国民投票を行うことになる。このタイミングは、現在のエネルギー政策がコスト面でもセキュリティ面でも持続可能ではないことが明らかになる時期でもある。その大きな要因がEUのグリーン政策、再生可能エネルギー指令である以上、EUからの離脱圧力を強めることになるだろう。

 先のコラムでも書いたことだが、欧州経済の競争力低下が深刻な問題になっている中で、米国でエネルギーコストの低下が進むのとは裏腹に、エネルギーコストを人為的に引き上げる政策をいつまで維持できるのだろうか。説得力ある説明を未だ聞いていない。

 先出のタイムズ紙のトムソン記者は「閉鎖されたDidcot 石炭火力発電所の炉(cauldron)を文化遺産にしようという動きがある。それに成功すれば、英国が適切なエネルギー政策を実施していた時代の象徴になるだろう。他方、風力発電所は壮大なる緑の愚行(grandiose green folly)の象徴となるだろう」と評している。

「他山の石」とすべきではなかろうか。
Didcot 石炭火力発電所

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