メタンハイドレートの試掘に成功

メガソーラーのためにFIT 制度を適用する必要性は完全に無くなった


東京工業大学名誉教授

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 3月12 日、愛知県の渥美半島沖の海底で、「燃える氷」と呼ばれる「メタンハイドレート」からメタンガスを取り出すことに世界で初めて成功したことが報じられた。翌13 日の朝日新聞の朝刊にも、待望の「国産燃料」に大きな期待が膨らんだとして、この国産エネルギー資源の開発技術の概要が紹介されていた。同紙によれば、日本の天然ガス消費量の 100 年分に相当するメタンハイドレートを深海底から採掘するためには、高い生産コストが大きな壁になっているとして、この開発作業を進めている石油・天然ガス・金属資源開発機構(JOGMEC)によるメタンガスの生産原価の試算値 46 ~174 円/m3を、米国のシェールガスの10円/m3 と比較している。
 エネルギー資源の大部分を輸入に頼らなければならない日本にとって、国産のエネルギー資源としてのメタンハイドレートが文明社会を支えるエネルギー(以下、社会エネルギーと呼ぶ)として有効に利用できるためには、その採掘に要するエネルギー消費量に較べて、生産されるメタンガスの保有エネルギー量が十分大きくなければならない。実は、この同じことが、自然エネルギー(国産の再生可能エネルギー)の利用・普及の際にも大きな問題になるはずであった。しかし、現状のエネルギー政策のなかでは、これらの自然エネルギーの利用に必要な社会エネルギー消費量を考慮すること無しに、その利用・普及が、昨年(2012年)7月に施行された「再生可能エネルギー固定価格買取(FIT)制度」を適用して推進されている。理由は、この社会エネルギー消費量の推算の方法がないためである。
 筆者は、国産の省エネ製品や再生可能エネルギーの生産設備の製造・使用に必要な社会エネルギー消費量が、これらの製品、設備の製造・使用のコストに比例するはずだとして、この社会エネルギー消費量の値を概算するために、次式を用いる方法を提案している(文献1 参照)。

 (国産の製品、設備の製造・使用に必要な社会エネルギー消費量 M)
  =(国産の製品・設備の製造・使用に必要なコストT)
  ×(単位国内生産金額当たりの社会エネルギー消費量c)    (1)

ただし、

 c =(国内一次エエネルギー消費)/ ( 国内総生産GDP)     (2)

として計算され、その値は国により大きく異なる。当然、人件費の小さい途上国では、小さい値をとる。エネルギー経済統計データ(文献2 )から、日本の2010年の c の値は

 c = (514,227×1010 kcal)/(539,122 ×109 円)= 9.54 kcal/円

と計算される。
 この社会エネルギーの算出方法を用いることによって、自然エネルギー(国産の再生可能エネルギー)の生産・利用での「有効自然エネルギー利用比率 i」の値を計算することができる。ここでは、この概念を、そのまま、国産のエネルギー資源としてのメタンハイドレートからのメタンガスの生産に対して適用し、次式で計算される「有効国産エネルギー利用比率 i」の値を算出し、この値を用いて、この国産エネルギー資源の実用化の可能性を評価してみた。

 (有効国産エネルギー利用比率 i)
 =1 -(投入エネルギーM )/ (産出エネルギー S)       (3)

ここで、(産出エネルギー S )は、生産されるメタンガスの保有エネルギーとして、単位メタンガス体積当たりの S の値は、

 S =(メタンの発熱量13,102 kcal/kg)
   /(メタンの単位質量当たりの体積 1.4 Nm3/kg)=9,358 kcal/Nm3

と与えられる。
 また、(投入エネルギーM )の値は、上記の(1)式から、

 M =(メタンハイドレートからのメタンの生産に必要な社会エネルギー消費量M)
  =(メタンハイドレートからのメタンガスの生産原価)
    ×(単位国内生産金額当たりの社会エネルギー消費量 c)

として、JOGMEC による生産原価の試算値を用いると

 M ={(46 ~ 174 円/m3)/(1.4 Nm3/kg)}×(9.54 kcal/円)
  =313 ~1,186 kcal/Nm3

と得られる。
 この S と M の値を用いて(3)式から、

 (有効国産エネルギー利用比率i)
  =1 -(313 ~ 1,186 kcal/Nm3)/(9,358 kcal/Nm3
  =0.967 ~ 0.872 = 96.7 ~ 87.2 %

と求められる。現在、社会エネルギーとして利用されている化石燃料のエネルギー利用比率の値の公表値はないが、多分、ほぼ 1 に近い値で、それに較べれば、この i の値はかなり小さい値だが、国産エネルギーとして、将来的には、現用の輸入化石燃料の代替になり得ることを期待してよいであろう。

 これに対して、現在、FIT 制度を適用して、その利用・普及が図られている国産の再生可能エネルギーとして、現在、最も大きな注目を集めている太陽光発電(非住宅のメガソーラー)について、上記同様(3)式で定義される(有効自然エネルギー(国産エネルギー)利用比率 i )の値を求めてみた。ただし、メガソーラーの生産電力の買取価格は、FIT 制度施行当初の 42 円/kWh でなくて、最近引き下げられた値 37.8 円/kWh とした。結果は、「補遺」 に示すように、国産のメガソーラーを用いた場合の i = 60.1 % と計算される。すなわち、上記したように朝日新聞により、「実用化はまだ先」と決めつけられたメタンハイドレートの(有効国産エネルギー利用比率 i )の下限値 87.4 % よりもかなり小さいi の値を与える太陽光発電(メガソーラー)が、現在の国産エネルギーとして、その利用・普及のための FIT制度の適用による政策的支援を受けていることになる。
 次いで、少し視点を変えて、国産エネルギーとしてのメタンハイドレートからのメタンガスを火力発電用の燃料として用いた場合の発電コストを計算し、この値をメガソーラーの発電コストと比較してみた。国内の一般電気事業者(電力会社)の火力発電の燃料種類別の発電量と燃料消費量のデータ(2009年度、文献2 )からLNG 火力の発電効率は 45.1 % と計算される。この値が、海底のメタンハイドレートからのメタンガスを用いた場合にも適用できるとすると、

 (単位発電量 kWh の生産当たりに必要なメタンガス量 kg)
  =(860 kcal/kWh)/(火力発電のエネルギー効率 0.451)
   /(メタンガスの発熱量 13,102 kcal/kg)=0.1467 kg/kWh

となる。この値に、JOGMEC による

 (メタンハイドレートからのメタンガスの生産原価の試算値)
  =(メタンの生産原価 46 ~174 円/Nm3)×(1.40 Nm3/kg)
  =64.4 ~ 234.6 円/kg

を乗じて、このメタンガス使用の火力発電での 

 (発電コスト(燃料代))
  =(0.1467 kg/kWh)×(64.4 ~ 234.6 円/kg)=9.45 ~ 35.7 円/kWh

となる。
 この値は、上記したように、まだ調査段階での生産原価の試算値から計算した不確定要因を含む推定値である。この値を2010 年度のLNGの輸入CIF 価格 50.114 円/kgから同様にして計算した発電コスト(燃料代)7.35 円/kWh と較べると、実用化のメドをつけるためには、もう一段の生産技術の開発が求められることになるが、エネルギー安全保障の観点からみた将来の国産エネルギー資源としてのメタンハイドレートに、一定の期待を持たせてくれると言ってもよいであろう。
 ここで大きな社会問題とならなければならないのは、上記で計算されたメタンハイドレートからのメタンガスを燃料として用いた火力発電のコスト(燃料代)の推定値の上限 35.7 円/kWh よりも高い 37.8 円/kWh が、FIT 制度によるメガソーラー電力の買取価格とされていることである。現状の輸入LNG 使用での火力発電コスト(燃料代)の 5 倍近くもするこのFIT制度の買取価格で、国民に大きな経済的負担をかけてメガソーラーの利用・普及が進められているのは、このメガソーラーの電力が、これまで国産エネルギーとして位置付けられてきた原発電力の代替とならなければならないとしているからである。しかし、将来、同じ国産エネルギーとして、より安価なメタンハイドレートの利用が期待できるのであれば、もはや、FIT 制度を適用したメガソーラーの利用・普及を図る必要性は全く存在しなくなる。それだけではなく、日本経済の厳しい現状を考えるとき、筆者が以前から強く主張しているように、原発代替には、当面、最も安価な石炭火力を使用すればよいから、メガソーラーをはじめとする自然エネルギー発電は、FIT 制度の適用なしで利用・普及できる日まで待つべきである(文献3)。
 メタンハイドレートの利用についても同じことが言える。将来の国産エネルギー資源の確保のために、その生産原価を低下させるとともに生産可能量を増加させるための基礎的な技術開発の研究は、これからも地道に続けるべきであろう。しかし、現状の安価な輸入化石燃料の代替として、経済性を無視して、その実用化を急ぐ必要はどこにもない。将来、輸入化石燃料価格が高騰して、この海底メタンを利用しなければならなくなるかもしれない明日、いや明後日が来るまで、この貴重な国産資源を子孫のために大事にとっておきたい。いま、急ぐべきことは、電気料金の値上げで、国民の生活と産業にマイナスの影響しか与えない再生可能エネルギーに対するFIT 制度を一日でも早く廃止することである。今回の愛知県沖海底からの世界初のメタンガス採取の成功が、この余りにも不条理な FIT 制度の廃止のきっかけになることを祈って止まない。

引用文献;
 
1.
久保田宏;「脱化石燃料社会―「低炭素社会へ」からの変換が日本を救い地球を救う」、化学工業日報社、2011年
2.
日本エネルギー経済研究所編;「EDMC/エネルギー・経済統計要覧2012年版」、省エネルギーセンター
3.
久保田 宏;科学技術の視点から原発に依存しないエネルギー政策を創る、日刊工業新聞社、2012年

「補遺」; 再生可能絵ネルルギー固定価格買取(FIT)制度の適用によるメガソーラーでの「有効自然エネルギー利用比率 i 」の試算

 FIT 制度では、対象の発電が収益事業として成立するために、

 (生産設備の使用期間内の電力の売上金額 N)
  =(使用期間中の産出エネルギー S)×(FIT 制度の買取価格 P)
  =(設備の製造・使用のコストT)
   ×(事業収益を確保するための係数 f )  (A-1)

となるように、生産電力のFIT制度による買取価格 Pの値が設定されている。
 メガソーラーの産出エネルギー Sの値は、年間平均設備利用率を 10 %、設備使用期間を 20 年として、

 (単位設備能力 1 kW当たりの産出エネルギー S)
  =(設備能力1 kW)×(理論年間稼働時間 8,760 h/年)
   ×(設備使用期間 20 年)×(年間平均設備利用率 0.10)
  =17,520 kWh/kW-設備

と計算される。この産出エネルギー Sの値には、通常、資源量としてのエネルギーを表す一次エネルギーが用いられるが、産出エネルギーが電力の場合には、その使用形態が限定されるために、最終エネルギーとしての換算値

 S =(17,520 kWh)×(860 kcal/kWh)=15,067 ×103 kcal

が用いられなければならない。
 また、メガソーラーについて、FIT 制度の適用により事業収益が得られるための設備製造・使用のコスト T の値は、FIT 制度の買取価格P = 37. 8 円/kW、事業収益を確保するための係数を f = 1.05(仮定値)とすると、(A-1)式から、

 (単位設備能力1 kW当たりの電力生産設備製造・使用のコストT)
  =S ×P / f=(17,520 kWh)×(37.8 円/kWh )/(1.05)
  =630,720 円/kW-設備

と計算される。この(設備製造・使用のコスト T)の値と、上記本文の(2)式で求められる(国内生産コスト当たりの社会エネルギー消費 c)=9.54kcal/円の値を用いて、メガソーラーの製造・使用での

 (単位設備能力 1 kWh 当たりの投入エネルギー M )
  =T×c=(630,270円/kW-設備)×(9.54 kcal/円)
  =6,017 ×103 kcal /kW-設備

と求められる。
 このMの値と、上記に計算値を示した Sの値から、本文(3)式と同様、国産の。メガソーラーの

 (有効自然エネルギー(国産エネルギー)利用比率i )
  =1 - M / S=1 -(6,017)/(15,067)=0.601=60.1 %

と概算される。
 なお、上記は、国産のメガソーラー設備を使用した場合で、輸入設備を使用した場合には、その輸入設備金額分のエネルギー(6,017×103 kcal/kW-設備の.9 割、 5,415 ×103 kcal/kW-設備とする)を産出エネルギーから差し引かなければならないから、

 i=1 -(6,017)/(15,067 -5,415)=0.377=37.7 %

となり、この場合のメガソーラーは、もはや、国産のエネルギー生産設備とは言えなくなることに注意する必要がある。

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