第11回 一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)常務理事 長谷川 英一氏

情報爆発の未来を支え、低炭素社会に不可欠な「グリーンIT」


国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授

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 第11回目にご登場いただくのは、一般社団法人電子情報技術産業協会 常務理事の長谷川英一氏です。IT・エレクトロニクス技術は、高度な制御・管理による生産・流通・業務の効率化を通じ、あらゆる経済・社会活動の生産性向上、エネルギー効率の向上を可能とし、環境負荷の低減に大きく寄与することが期待されています。JEITAなど電機電子関連の7団体が中心となり318社・団体が参加し、2008年にグリーンIT推進協議会が組織され、それから5年間、低炭素社会に向けた「グリーンIT」の貢献について調査研究・普及啓発が行われています。

グリーンIT推進協議会の5年間の活動と今後の可能性

――グリーンIT協議会で5年間にわたり実施した調査研究の背景と目的についてお伺いできますか?

長谷川英一氏(以下敬称略):グリーンIT推進協議会は2008年2月に設立されました。2007年までは経済が好調でしたので、エネルギー消費が増大し、その年の日本のCO2排出量は約13億トンにもなりました。京都プロトコルの次をどうするかの議論が始まっており、経済産業省と私どもの業界がともに、「IT自身の省エネ」と「ITを使っての社会の省エネ」ができるのではないかと検討を始めました。

長谷川英一(はせがわ・ひでかず)氏。昭和55年3月東京大学工学部卒業。同年4月通商産業省入省。平成元年7月日本貿易振興会デュッセルドルフ・センター、平成4年6月通商産業省貿易局総務課、平成6年7月工業技術院国際研究協力企画官、平成9年6月日本貿易振興会ニューヨーク・センター、平成14年7月産業技術総合研究所企画本部総括企画主幹兼次世代半導体研究センター副センター長、平成18年7月東北経済産業局長、平成19年7月経済産業省大臣官房付辞職。平成19年7月社団法人電子情報技術産業協会常務理事より現職。

 ITだけを取ってみても情報爆発という状況が起きており、2025年には世界のエネルギー消費の5~6%がIT機器によるということも指摘されていました。従って広くテレビなどの家電も含めたIT・エレクトロニクス分野の電力消費が増え続けるのを、なんとか抑えられないかと方策を練り始めたわけです。

――IT・エレクトロニクスの需要は増える一方ですね。

長谷川:IT業界としてCO2排出を減らす努力は継続していますが、当業界は実際にはそれほどCO2を排出してはおらず、日本全体の2%程度とされています。ですから、当業界としては自らの排出削減での貢献より、ITやエレクトロニクス製品を通じて残り98%を排出する社会全体に貢献することのほうがずっと大きいと考えたわけです。

 グリーンIT、つまり「OF IT(オブアイティ)」によりIT自身も省エネ化していきますが、もっと大きな効果として、「BY IT(バイアイティ)」、ITを使って社会に貢献していくことを目指しています。2007年の末、当時の甘利経済産業大臣の下、経済産業省のグリーンITイニシアティブ会議に私どもの業界が呼ばれ、そこで業界全体のグリーンITの取組みを推進するための組織として、グリーンIT推進協議会の設立をお約束したことが活動の始まりです。

――具体的にはどのような組織なのでしょうか?

長谷川:中心となる組織の一つは、普及啓発委員会です。日本の優れたIT製品、あるいはソリューションを使うと省エネが進むということを内外に普及啓発しています。もう一つは、グリーンITの効果が実際にどのくらいあるのかを示すため、定量的な分析をする調査分析委員会です。どういうIT技術が進んで、それによりどのくらい省エネが進むか、各々の計測方法や効果を実際に定量的に出す指標を検討しています。また、もう一つの技術検討委員会では、IT・エレクトロニクスの技術がどう進展していくのかについてロードマップを作成し、それをベースにそれらの将来のエネルギー需要を見通しています。さらに今ではHEMS、BEMSなどと言われるようになったエネルギー・マネジメント・システムの技術にどういうものがあるのかなどを検討してきました。それらの成果が2010年2月のジャパン・スマートコミュニティ・アライアンスの立ち上げなどにもつながったものと思います。

――グリーンITの活動は海外でも盛んなのですか?

長谷川:2008年5月に国際シンポジウムを開催しましたが、その段階で既に活動していた米国のザ・グリーン・グリッドとクライメートセイバーズなどとアライアンスを組んで交流をしていました。私どもは日本の中でグリーンIT活動を展開してCO2を減らしていく以上に、世界で展開した方がCO2削減はより効率よく進むと考えています。その意味で国際的なアライアンスによる活動は大変重要なものと位置付けています。

――5年間の集大成の報告が楽しみです。

長谷川:5年間の集大成に関しては、2月中にグリーンIT 推進協議会の2012年度の成果報告会がありますが、そこで5年分をある程度まとめてご報告いたします。グリーンIT推進協議会のスタート当初から5年間で組織を見直すことを表明していました。協議会は、JEITAを含む7団体で構成する任意の団体の形をとっておりますが、これをJEITAが引き継ぎ、JEITA内の「グリーンIT委員会」として今後は活動してまいります。特にアジアにグリーンITを拡げていく活動については強化していく予定です。多くの企業に引き続き参加・協力をいただきたいと思っています。

情報爆発の時代に向けて

――情報量が、2025年には2006年の約200倍になるという予測には驚きました。

長谷川:情報が爆発的に増え、200倍のスケールでネットの中を情報が流れるだろうと予測しています。実はこの予測は、2005年の段階で経済産業省と私ども業界団体等で検討して出した数字でして、大きく変わってきているところもあるかと思いますので、経済産業省で現在、見直しをされているところです。2005年当時の議論としては、情報量が200倍に増えれば電力は5倍に増えるとした予測のもと、これを抑えるための方策を議論しました。

 放っておけばどんどん増えてしまうIT機器のエネルギー消費をOF ITで減らすことができます。OF ITという意味は、この当時の技術のサーバーがそのまま普及していくと、どんどんエネルギー消費は増えることになりますが、省エネ性能の高いサーバーを入れていくことでエネルギー消費が抑えられる、つまりOF IT(IT機器の省エネ)効果ということです。

 BY IT効果については、産業部門では例えばITで生産プロセスを省エネ化し、業務部門ではBEMS(ビルディング・エナジー・マネジメント・システム)やテレワーク、TV会議、ペーパレスオフィスなどを導入する。家庭部門ではHEMSやオンラインショッピングをする。運輸部門ではITS(高度道路交通システム)の効果を高めることなど、ITを通したソリューションを導入していきます。

出典:グリーンIT推進協議会

 ITを使うことにより社会をどのくらい低炭素化できるかというと、この時の試算でもっとも高い予測では2020年に1.37億トンCO2減らすことができます。2007年当時のCO2排出量は13億トンですので、それなりに大きな効果になります。

 日本の普通の家庭の中で電力消費の多い、エアコン・冷蔵庫・テレビ・DVD・照明、これに産業や業務で最も使われるIT製品のPC・サーバ・ストレージ・ネットワーク・ディスプレイを合わせた10品目について、それぞれの技術のトレンド、またどう省エネが進んでいくかを技術検討委員会で検討し、それを踏まえて調査分析委員会でどのくらい削減できるかを検討しました。2005年約3100億kWが日本国内で10品目が消費したエネルギーですが、放っておくと2020年には約4500億kWとなってしまいます。それをOF IT効果により1100億kW程度減らせると見通されるので2005年から2020年になってもほとんど増えません。

――OF ITとBY ITという2つのアプローチで低炭素社会へ貢献していくのですね。

長谷川:そうです。省エネというとみなさんOF ITの方を主に考えると思いますが、やはりそれ以上にITは社会全体を省エネできる効果が大きいわけです。OF ITの効果は2005年から2020年までにCO2を4000万トン減らすことが期待されていますが、BY ITは1.3億トンですから、3~4倍つまりBY ITの方が効果が大きいのです。

 ただこれには、いろいろな試算を入れています。例えばTV会議で65%省エネになるという内訳には、出張しないで済むために節約される車のガソリンや飛行機の燃料も入れていますので、大きな省エネ効果となるわけです。そうしたものも含めて、一つ一つのソリューションにより、全体としてどのくらい効果があるか、ソリューションごとに精査をした上での数値を出しています。

データセンターのエネルギー効率指標は国際協調でつくる

――大量の情報を蓄積、処理するデータセンターの省エネ効果はいかがでしょうか?

長谷川:現在、データセンターは世界中に膨大なデータを蓄積していますが、クラウドコンピューティングの進展などにつれて数もどんどん増えています。全世界の電力消費の1%以上をデータセンターで使っていると言われますが、日々情報を蓄積していくデータセンターはさらに大きくなっていくことが予測されます。
 そのデータセンターにグリーンIT技術を入れていくことで、日本ではデータセンターが今後増えていこうとも、電力消費はほとんど増えないように抑えられます。世界規模でもデータセンターの電力消費をかなり抑えられると見通しています。

――具体的にどのような省エネ技術なのですか?

長谷川:データセンターは基本的にはサーバの集まりですが、このサーバの中のCPU(セントラル・プロセッシング・ユニット)が熱を出します。しかし、CPUの効率を高めて熱をできるだけ出さないようにするという技術がまず一つです。そして出てきた熱を冷やす効率を高めることが第二です。これらにより、同じ電力を使ってもたくさんのデータ処理ができるようにできます。そうした複合的な省エネ技術を入れることにより、データセンターの能力を高め、データセンターの規模を拡大してもそれほど電力消費が上がらないようにできることがわかってきました。世界に向けて、どういう技術によりどういう効果があるかについて、データセンターの効率化指標を提案しています。

――効率化指標ですか。

長谷川:データセンターはサーバなどのハードをどう冷やすかということが基本で、電力を余計に食っているのはこの「冷やす」ための空調です。従って、冷やす効率を上げるのがポイントで、日本では非常にこの空調技術が進んでおり、専門会社もたくさんありますので、様々な冷やし方の工夫ができます。

 例えばサーバの前から冷たい空気が入って後ろから熱い空気が出ますよね。その熱い空気が冷たい空気と混ざってしまうと空調効率が下がります。従って、サーバの配列や間仕切りなどを考え熱い側の空気だけ効率的に集めて冷やして冷たい側に出してあげる。そうした工夫などをそれぞれ効率的に評価できるように指標を構成しています。

――効率的に評価できるシステムがあるのですね。

長谷川:データセンターのエネルギー効率には、4つの省エネサブ指標があります。その一つにPUE(Power Usage Effectiveness)というものがありますが、ザ・グリーン・グリッドというアメリカの団体が提唱してデファクトとして使われています。データセンターでサーバなどIT機器が使う電力とデータセンターを冷やすための電力、PUEはその電力の比をとっています。なるべく冷やす電力よりIT機器に電力を使った方がいいわけですね。

 ただ、例えば電力ばかりたくさん食うのにあまり能力のないサーバを使うと、いくらうまく冷やしてPUEは良くなってもデータセンターとしての効率は良くない。従って私どもグリーンIT推進協議会では、データセンター内のIT機器の稼働率やIT機器の性能なども全部含めた総合的なデータセンターの能力指標を提案し、それを日米欧の交際ワークショップで何度も議論しています。

――この分野での日本の技術は国際競争力も高く、輸出産業としてもメリットがありそうですね。

長谷川:実際にこの指標を作ってデータセンターを計測していきますと、やはり我が国のデータセンターの効率が非常に良いため、指標が良く出てくるわけです。例えば欧米・アジアとこの指標を比較することにより、「指標を見ると日本のデータセンターは良いね、ぜひそれを入れたいね」と判断してもらえると思います。

――ユニバーサルなスタンダードということですね。

長谷川:そうすれば「日本の技術は高い」と日本の機器やネットワーク、あるいは丸ごとのデータセンターを売り込んでいける。同じ土俵にのせれば「日本の方が良い」ことを示すことにより、日本の技術を広めていく。指標の標準化というのは基本的にそういうものだと思います。

ITによる省エネ効果は、アジアで大きな効果が期待できる

――ITによる省エネ効果について、家庭、オフィス、街でどの様に地球温暖化防止効果が期待できますか?

長谷川:BY ITの効果では、産業部門・業務部門・家庭部門・運輸部門において、ITのソリューションを入れることにより消費するエネルギーが減ります。例えば家庭ではHEMS(ホーム・エネルギー・マネジメント・システム)の導入の効果が大きいですが、オンラインショッピングであちらこちらに出かけなくても物が買え、音楽もCDを作るより配信するほうがエネルギーを使わずに済みます。オフィスでのTV会議では、CO2排出削減率は65%という事例があります。例えば月4回2時間の会議をして、そこに大阪から出張で来るという計算をすれば、そのTV会議を入れたときと、実際に会議をして出張者も来た時のエネルギー大きく削減できるというものです。このように、あらゆる部門でBY ITの効果が期待できます。

――「グリーンITベストプラクティス集」には、たくさんの事例があって参考になります。

長谷川:ベストプラクティス集では、私どもの会員企業の様々なOF IT、BY ITの事例を紹介しています。必ずしもすべて定量的に書いてあるわけではありませんが、例えば電子入札によりどういう効果があるのか、あるいはBEMSでビルのエネルギーをうまくマネージメントするとどのくらいの効果か、クラウドコンピューティングを使うと節電がどのくらいできるのかなどの事例をご覧いただけます。

 ベストプラクティス集は毎年作っていますが、英語版も作って世界にも訴求しています。ウェブで検索もできるようにしています。BY ITの効果は日本では1.3億トンですが、世界ではもっと効果が顕著になります。ラフな試算で世界では20億トンとか40億トンのCO2削減効果があると予測されています。

――世界で、日本のこうした技術を発揮できる期待は大きいですね。

長谷川:経済産業省からの委託事業で、アジアでの省エネルギー診断事業をしています。2009年から毎年私どもの会員企業が各地に行ってビルやデータセンター、工場などを調べてきました。例えばベトナムのデータセンターに行って、日本のこれこれのIT製品や空調技術を導入すると、「30%あるいは40%エネルギー消費を減らす事ができますよ」といった診断をします。BY ITでも特にビルや工場などですが、アジアの方が日本よりもずっと省エネ効果が大きくなります。

――ITにより家庭の省エネの可能性もずいぶん広がりそうです。

長谷川:家庭における電力消費では、照明・エアコン・冷蔵庫・テレビの4つが大きなエネルギーを使うものですが、これはグリーンITの効果というより「トップランナー方式」により、省エネ化が進んでいます。「家庭でグリーンITを!」と言われてもなかなかわかりにくいかもしれません。まずは省エネ家電に入れ替えてもらうのが一番ですが、さらにHEMS(ホームエネルギーマネジメントシステム)を入れれば、さらに省エネが進みます。

 HEMSのネットワークの標準であるECHONET Lite(エコーネット・ライト※家電向け通信規格)に対応したテレビや冷蔵庫を繋いで、それをHEMSで見るとどこに無駄があるのかなどがわかります。さらに屋根に太陽電池をつけて、HEMSとつなげば、外から買う電力をゼロにもできます。2008年の洞爺湖サミットでは、グリーンIT推進協議会が技術提供などの協力をさせていただいたゼロエミッションハウスを、世界各国の首脳の方々にも見ていただききました。

国に対する要望は、グリーンIT導入支援の枠組み

――ICTによる社会やビジネスのスマート化を推進していくために国に要望や期待はありますか?

長谷川: 経済産業省にはグリーンITイニシアティブのもとの各種施策として、既にグリーン投資税制や省エネ設備投資補助などを進めていただき、エコポイントもまさにその一環でした。そういった省エネ機器や設備への投資に対する支援の枠組みは引き続き拡充をお願いしたいと思っています。省エネトップランナー基準についても、私どもも引き続きフォローしていきたい思っています。

――産業界としての立場から何か要望はございますか?

長谷川:JEITAも含めた経済団体で昨年11月に「国内外のエネルギー・環境政策に向けた産業界の提言」もしておりますが、非現実的なCO2削減の中期目標などではなく、現実に即した議論を国際的な場できちんとしてほしいという要望はあります。

 CO2削減のためのグリーンIT技術ですが、日本の中で広めていくのは当然ですが、エネルギー原単位を非常に低く抑えられている日本では効果もある程度限られてしまいます、同じGDPを生みだすためのエネルギー消費は日本が最高ですが、日本を1とすれば世界平均は3くらい、アジアでは4とか5とか、中国で6、ロシアは7とかですね。

 そのような状況下では、二国間クレジットの議論が有効だと思います。相手国で日本のグリーンIT技術を導入すればCO2を何割も削減できるわけです。二国間クレジットの枠組みの確立や、グリーンITの普及のための診断事業の継続など、アジアなど諸外国で展開するための政策なり支援措置をお願いしたいと思っています。

【インタビュー後記】
IT機器の省エネとITを活用して社会の省エネを進める「グリーンIT」の可能性について、長谷川さんは明確なビジョンのもと具体的な事例も挙げながらお話くださり、私も2020年以降の情報爆発時代のイメージを膨らませながら、ぐんぐんお話に引き込まれていきました。21世紀の成長産業であるIT・エレクトロニクス分野が、持続可能性(サステナビリティ)に寄与する技術であることを実感しました。日本のIT技術が未来の社会をつくり、低炭素社会に向けてグローバルに大きく貢献していくことを期待しています。

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