ネガワットの市場取引を現実的に考える


Policy study group for electric power industry reform

印刷用ページ

確定数量契約が必要

 このように、需要家が事前に作成した時間帯ごとの需要計画に基づいて電気を調達する小売契約を、八田達夫学習院大学特別客員教授は「確定数量契約」と呼んでいる。わざわざ教授の名前を掲げたのは、同教授以外にこの用語を使用している識者が殆どいないからで、一般的な用語とは言いがたい。実際、確定数量契約は、わが国で一般的な電力小売契約とはかなり異なったものである。一般的な小売契約は、予め定めた契約電力を超えない限りにおいて、需要は「出なり」で構わない(八田教授はこれを「使用権契約」と呼んでいる)。電気事業者が出なりの需要に対して発電所を運転して追随するので、予め定めた契約電力を超えない程度の管理は必要であるが、時間帯ごとの需要計画を作成し、管理する必要はない。

 他方、確定数量契約の場合は、需要家は、実際の電気を受給する一定時間前(前日等)に、当日の時間帯ごとの電力需要計画を作成して、電気事業者からその計画に合致した電力量を購入する。電気事業者は需要家が作成した計画と同量の電気を供給する義務だけを負い、実際の需要が計画から乖離しても対応する必要はない。需要が計画から乖離するのは需要家の責任であり、過不足はインバランスとして処理される。

 このように、確定数量契約は一般の小売契約よりも需要家にとっては負担が大きいが、前述のように、ネガワットを市場で販売することによって利益を追求することが出来る点がメリットとされている。このほかのメリットとして、八田教授は、電気事業者が当日の需要の変動に備える設備を保有する必要がなくなるので、その分契約価格が安くなる、としているが、当該電気事業者の需要家の大半が確定数量契約であればまだしも、一部にとどまればそのようなメリットは期待しがたい。例えば1割の需要が確定数量契約で計画から需要が変動するリスクがなくなったとしても、残り9割の需要が通常の小売契約の下での変動を続けるとすれば、全体として合成した需要変動の大きさはほとんど変わらないので、これまでと同様の供給力の備えが必要になり、契約価格を下げる余地はほとんど生まれないだろう。

ネガワット取引の議論を深めよ

 東日本大震災以降、節電が新たなビジネスとなる、という期待が高まっていることは確かだろう。こうした期待を背景に、今議論が進められている電力市場改革においても、ネガワットの市場取引が重要なテーマとなっている。ただ、今のところ漠然とした期待に止まっているように見えるので、本稿では、ネガワットの市場取引を具体化するために必要な条件、つまり確定数量契約という今までにないタイプの小売契約が必要であることを説明した。他方、確定数量契約を締結すると、需要家は、(おそらく)毎日、翌日の時間帯ごとの需要計画を作成して電気事業者に電気を発注するとともに、当日はその計画通りに電気を消費できているかどうかを管理する必要がある。この負担をしてでも、ネガワットの市場取引が需要家にとって魅力的であるかどうかは定かでない。

 実は、上述のネガワットの市場取引を具体化する条件は、前出の八田教授が繰り返し説明してきていることである。教授は東日本大震災発生直後から、様々なメディアや会議体に登場し、ネガワット取引のメリットとそのために確定数量契約が必要であることを繰り返し説明している。最近のものでは、東洋経済誌の「東電は破綻処理して発送電分離のモデルに」と題するインタビュー記事があったし、日経新聞からは著作「電力システム改革をどう進めるか」が発刊されたところである。

 しかし、議論の深まりが全くない。これは、どのメディアも、教授のプランをそのまま掲載するだけの似たり寄ったりの記事からいつまでたっても進歩がないからである。このプランの主役であるべき大口需要家がそのプランをどのように受け止めるのか、「電力需給がタイトになったら、工場や事務所を休みにしてネガワットを売る」ことに関心を持つ企業がどれほどあるか、それは東日本大震災直後の計画停電を防ぎうるような規模か、といった点を深掘りするメディアが一つくらい出てきても良いのではないか。少なくとも、日本経済新聞社も東洋経済新報社も自身が大口需要家なのだから、需要家の立場で論評することくらいはできるのではないだろうか。

<参考文献>
経済産業省:「電力システム改革の基本方針」, 2012年7月

八田達夫:「東電は破綻処理して発送電分離のモデルに」,2012年12月 東洋経済誌インタビュー記事 
http://toyokeizai.net/articles/-/12068

八田達夫:「電力システム改革をどう進めるか」,2012年12月 日本経済新聞出版社

記事全文(PDF)