2030年に向けたエネルギー政策への期待
塩沢 文朗
国際環境経済研究所主席研究員、元内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」サブ・プログラムディレクター
2030年に向けて必ず起きること
今後のエネルギー情勢を展望するとき、ほぼ確実に起きることは何でしょうか?化石燃料の需給の逼迫です。今後、2050年までに世界の人口は約1.4倍、一人当たりの所得は約4倍増加する注4)と考えられていますから、経済活動の基盤となる世界のエネルギー需要は、約6倍以上に増加することになります。一方、大規模な油田は1970年代の終わりを最後に新たな発見はありませんし、中規模の新規油田の発見も年々減少しています。今後、シェールガスを含む天然ガスの供給が増えたとしても、化石燃料の需給逼迫の基調は変わらないでしょう。
さらに、地球温暖化問題などの環境制約を考慮すれば、化石燃料の消費をこのペースで増大させていって良いわけがありません。つまり、日本が、今後、持続可能な成長を遂げていくためには、今後、化石燃料への依存率を低下させていくことが非常に重要な政策課題です。
少し横道に逸れますが、もし原子力依存からの脱却を目指すのであれば、こうした取組みは一層重要、かつ、喫緊の課題となるはずです。それにもかかわらず、そうした主張をしている方々がこの問題について何も言及していないのは、非常に奇異かつ無責任なことであると感じます。
2030年に向けて取り組むべきこと
では、2030年に向けて何をすべきなのでしょうか。今までのやり方とは異なる再生可能エネルギーの導入に向けた取組みを早急に開始することが必要と思います。
変えなければならないことの第一は、導入を目指す分野と規模です。再生可能エネルギーの2030年の導入目標量は、最大でも原子力を全て置き換える「シナリオゼロ」の規模ですが、この規模は、火力発電で使用され、製造、民生、運輸の部門で消費されている化石燃料の約7分の1の規模でしかありません。化石燃料の相当程度を2030年以降、再生可能エネルギーで置き換えていくためには、この程度の導入量では不十分です。
第二は、導入の方法です。これまで、国内に太陽光と風力発電設備を設置して発電し、電力エネルギーとして供給するという考え方で、さまざまな取組みが進められてきました。しかし、日本の地理的、気象的条件から、国内で利用可能なエネルギーは量的にも質的にも限界があります。さらに、太陽光発電、風力発電には、供給力の不安定さ、変動の激しさが固有の問題として存在し、発電された電気の貯蔵、輸送方法が極めて大きな課題となっています。これが「エネルギー・環境に関する選択肢」でも導入量の限界となっている要因の一つです。
太陽、風力エネルギー利用に関わるこれらの本来的な問題は、これらのエネルギーを化学エネルギーに変換して利用することによって克服することが出来ます。化学エネルギーは24時間利用が可能で貯蔵、輸送も容易ですから、エネルギー量の変動の問題は解消できます。さらに化学エネルギーに変換することによって、海外に賦存する豊富な太陽エネルギー、風力エネルギー資源を利用することも可能となります。化石燃料と異なり資源量は無尽蔵であり、海外には多くの日照量、風量に恵まれ、政情の安定している地域があります。こうしたエネルギーを現地で化学エネルギーに変換して日本に運んでくれば、現在、化石燃料が担っている役割の相当部分を再生可能エネルギーによって置き換えていくことができる可能性があります。しかも化学エネルギーは、エネルギーのキャリアとして適切な物質を選べば、CO2フリーのエネルギーとなります。
こういった観点で、従来から着目されているのが水素です。水素は、地球上に大量に存在している水を太陽、風力エネルギーで分解すれば得ることができます。しかし、水素は常温では気体です。常温、常圧に近い条件下で液体となり、単位体積当たりのエネルギー密度が高い物質でないと貯蔵、輸送、そして利用することは容易ではありません。水素は-253℃という大変な低温まで冷やせば液体になりますが、それに要するコストの問題だけでなく、取扱いの面で水素の物性に由来するさまざまな困難があります。
こういったことから、さらに別の物質に水素を化学変換して利用することが考えられています。産業界の有志が中心となって政府に対しさまざまな政策提言を行っている産業競争力懇談会(COCN)注5)は、こうした観点からアンモニアとメチルシクロヘキサンという物質をこうした物質の有力候補として提言しています注6)。アンモニアは、昔から私たちのきわめて身近にある物質ですが、アンモニアはエネルギー密度が高く、比較的容易に液体になるため水素を運ぶ物質として有望です。さらに注目すべきは、アンモニアはいったん火がつくと安定的に燃えるので、それ自体がCO2フリーの燃料として使える可能性があるのです。実際、バスや超音速機の燃料として使われたこともあります注7)。
2030年の頃には、化石燃料への依存の低減の道が見えているように、今の段階から、こういった再生可能エネルギー導入の抜本的拡大策を視野に入れたエネルギー政策を企画立案し、早急に取組みを開始することが必要と思います。そうでなければ、日本は化石燃料への依存の大幅な低減や、ましてや、原子力依存からの脱却は、将来にわたって出来ないのではないかと思います。
注4) ”Common Wealth: Economics for a Crowded Planet” by Jeffery Suchs
注5) http://www.cocn.jp/ を参照。
注6) この提言については、http://www.cocn.jp/common/pdf/thema53-s.pdf を参照。
注7) アンモニアの可能性についてご関心のある方は、別稿をご覧下さい。