原発事故による放射性物質拡散を減らす手段(改訂版)


国際環境経済研究所主席研究員

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 福島の事故による放射性物質の拡散の経験を踏まえて、各地の原子力発電所の事故を想定した放射性物質の拡散シミュレーションが原子力規制委員会から発表された。
 予測図をもとに原発周辺自治体により事故を想定した被ばく防止対策が検討されていくと思われるが、玄海と川内で拡散予測が真逆だったり、一部で16方位が1方位ずれていたりと、元になった風配図を読み間違うという初歩的ミスが見つかって、関係自治体に混乱を起こしている。

 ところで、原子炉の再稼働問題については事故時の拡散予測とは別に、万一の事故時の拡散を如何に減らすかという視点も極めて重要である。
 以下に核分裂の生成物とその実情を解説し、それを踏まえて事故時の放射性物質の拡散を減らす手段について考察する。

1.原子炉内で生成している物質

 原子炉内では分裂するウランの量に比例して常にさまざまな物質が生成する。セシウム133およびサマリウム149など合計で8%程度生成する一部の安定な物質を除いて、90%以上が放射性物質である。表に主要な生成物を示す。それら放射性物質の半減期は数時間のものから数百万年のものまである。

 これら放射性物質のなかで半減期が短いヨウ素131、ヨウ素135は事故から数日で放射線を出し安定な物質になるので事故時の被ばくを避ければよく、また半減期が10万年~100万年以上の比較的安定な放射性生成物、つまり表中のジルコニウムやテクネチウムなどは、量の割に放射能が低いのでそれほど被ばくを心配する必要はない。

 事故に伴って飛散し長期にわたり汚染問題を引き起こす物質がセシウム137でありストロンチウム90である。福島県の被災地域の線量率を高めているのはこのセシウム137の崩壊に伴うガンマー線が主であり、ストロンチウム90の崩壊はガンマー線を出さない。

 線量率を下げるためにはセシウム137の除染が必要で被災地の除染作業が行われつつあるのは周知のとおりである。セシウムはナトリウムやカリウムと同族のアルカリ金属であり、体内に入っても腎臓を経由して排出されるので体内に蓄積していくことはない。

 ストロンチウム90はカルシウムと同族のアルカリ土類金属で体内に蓄積しやすいが、放射線はベータ線が主であり体内に取り込まれない限り被ばくの影響を心配する必要はない。また広島長崎の原爆降下物や冷戦期の核実験による汚染、中性子減速用の黒鉛が燃えてしまったチェルノブイリの事故とは異なり、今回の事故では発電所外へのストロンチウム90の飛散は少なかったことが判明している。

1) ウイキペディアの情報(IAEA http://www-nds.iaea.org/sgnucdat/c1.htm 抜粋)に筆者が備考欄を補足
2) 原子炉毒とは核分裂の進行を妨害する物質

 まず、処理が必要な放射性物質の総量を推定する。使用前の核燃料のウラン235の濃度は4%程度で、これを1%程度になるまで燃焼させ原子炉から取り出す。国内にある使用済みの核燃料はガラス固化体換算で23,000個、1個0.5tとして総重量11,500tである。
 原子炉では核分裂を起こした核燃料とほぼ同量の物質が生成する。そのうちで放射性を持つ物質の量は、投入した核燃料から生成した安定な原子(セシウム133とサマリウム149)と数時間で安定な原子になるヨウ素135、およびエネルギーに変化した質量分を除くと約15%になる。これを差し引いた残り、即ち分裂したウラン235(核燃料の約3%)の約85%が寿命の長い放射性物質である。国内の使用済核燃料の量から推定して、原子力発電によりこれまでに生成した核分裂生成物の総量は約300t、年に10-20tと見込まれる。

 ただし現実には、例えば水溶液や吸着材など、様々な物質と混合した形で管理することになるので、この数倍~数十倍の重量になる。濃縮することができれば、放射能は高くなるが管理の対象となる絶対量は少なくできる。放射性という厄介な性質―これが問題なのではあるが―それを別にすると、毎年数億t発生して1,400万tほど埋立て処分されている産業廃棄物に比べて、物量としては桁違いに少なく扱いやすい量である。

2.放射性物質を原子炉から除去する方法

12月10日に掲載後に、燃料棒から核分裂生成物が漏れ出すことはないというご意見を頂いた。確かに現在使用されている核燃料棒は燃料ペレットをジルコニウムのカプセルに封じ込めてあり、今のままでは核分裂生成物分離が難しい構造になっている。福島の事故は冷却水が減って燃料棒が過熱破損して漏れ出した事故である。2-1)の文を以下のように修正させていただく。

1) ヨウ素、セシウムを稼働中の原子炉から効率的に分離する

 原子炉圧力容器および循環している高温高圧の冷却水の状態は沸騰水型炉(BWR)で270-280℃ 7MPa(70気圧)、加圧水型(PWR)で400℃ 14MPa(140気圧)ほどと言われている。その中の燃料棒中に生成した核分裂生成物が全て封じ込められているはずである。

 万が一燃料棒のカプセルが溶融破壊して爆発事故が起これば原子炉の高温蒸気と共に一気に放射性物質を放出、拡散して広範囲の汚染を引き起こすことになる。福島の事故はこれが起きたのである。
 燃料中に封じ込められる放射性ヨウ素と放射性セシウムを減らすことができれば、万一事故が起きても放射能汚染をより狭い範囲に留めることができる。

 ところで燃料棒は、水中で原子炉の稼働温度に耐え、ペレットが集合して臨界を起こさない構造であれば、現在の密閉形や材質でなくても良いはずである。形を変えてオープン構造にし、稼働中のカプセルから分裂生成物を出すことができるものとして、主な核種の状態を推定してみる。
 
 ヨウ素は水に難溶性であるが沸点が低いので気体で存在していると考えられることから、排気を冷却すれば固形化するのではないか。一方、セシウム塩は水中で陽イオンとして存在し水に対する溶解度は高い。その化学的特徴を生かして分離できるはずである。
 一方、ストロンチウム塩は水に溶けにくいので、核分裂で生成しても冷却水中に溶け出さないでほとんどが核燃料中に残っているはずである。

 冷却水からのセシウムの除去手段としては、冷却水の水温を下げた上で、例えば限外ろ過や逆浸透技術、あるいはイオン交換樹脂、ゼオライトまたは活性炭などによる吸着分離などで処理する。放射性物質を扱うという点を除いて、汚染物質を冷却水から減らす対策としてはこれら既存の水処理技術の組み合わせで十分対応可能である。
 なお、これらの技術は今後わが国が国際的に水処理事業を展開する場合に駆使する、必要不可欠の技術である。

 一次冷却水からの無機物質分離技術の開発が進むことにより、わが国の原子力発電関連の安全技術が確立していくはずであるが、これまで再処理工場を別にして、原子力発電関連技術でこのような無機化学的解析が行われてきたのであろうか。

2) 放射性廃棄物の適切な管理

 さて、事故時の飛散を減らすために放射性物質を原子炉から抜き出したとしても、その放射性残さをどこかで管理する必要がある。こうした考えに基づいて、図に除去工程の位置と早急に取り組みたい対策を一点鎖線で示した。

 系外に出すとすれば、おそらく原子炉内放射線量の上限値を決めて定期的に排出してバッチ式で、あるいは連続浄化システムを設置して分離した放射性物質を発電所内の貯蔵タンクで保管することになる。
 高温高圧の原子炉内と異なり爆発による拡散の恐れはないが、大気圧下の低温で長期間貯蔵するので、容器の腐食や破損などで漏洩しないような対策が重要である。それでも、核分裂を起こして新たに放射性物質を発生させる恐れのある使用済み核燃料より管理はしやすくなる。

 また、この残さはセシウムの比率が高く使用済み核燃料から出る高レベル放射性廃棄物と性質は若干異なるけれども、六ヶ所村に運んでガラス固化することも考えられる。放射線量および放熱がある程度減った段階で“いつの日か設置される”最終保管施設へ送る。
 
 なお、住環境に悪さをする半端な寿命の放射性物質に中性子を吸収させ半減期の短い核種にして短期間で安定な核種にする技術も研究されている。その技術の発展のためにも系外分離は有効である。

 ここで重要なのは、設置される放射性物質除去工程や放射性物質漏洩防止体制および冷却水から除去した後の高濃度放射性汚染物の取り扱いおよび管理体制であり、被ばく問題を起こさないように安全な形で隔離する必要がある。また、このような工程を設置することになれば、特定施設として行政管理下に置き放射性物質の排出を規制することになる。
 そのために、放射性物質の除去工程の管理は、最適工程の最適設計と操業マニュアル、つまり一般の製造業で取組まれつつある、いわゆるGMP(最適製造規範)のガイドラインのようなものを作り管理することが考えられる。

 今回の事故の広範囲に及ぶ放射性物質拡散は、1ベクレルたりとも漏らしてはならないという放射能アレルギーとそれに伴う原子力利用反対の強硬意見に影響されて、「事故は起こさない→事故は起こらない」という安全神話に転化してしまったゆえに、原子炉内に放射性物質を飽和状態でため込み運転していたことから汚染が拡がったとも言える。

 原発が立地している地域の住民の事故への不安と被ばくの懸念は簡単に解消するものではないが、ここに提案する原子炉内放射性物質濃度の低減および除去放射性物質の系外管理は、事故発生時の汚染被害を最小限にするための次善の策として、原子力関係者に是非とも検討して頂きたい対策である。

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