電力供給を支える現場力② 

-冬に備える北海道電力苫東厚真発電所-


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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 命あるものはやがて死に、形あるものはいつか壊れる。
 高度に管理され、予定通りに物事が運ぶのが当然の現代社会に生きていると、こんな当たり前のことすら忘れてしまうことがある。予定通りに物事が運ぶ社会は、実は様々な関係者の努力で支えられているのであるが、そうした関係者のいる「現場」が消費者から遠く、見えづらくなっているからだろうか。見る努力を消費者の側も怠っているのかもしれない。最近の電力システム改革に関する議論においても、電力供給の現場の視点が非常に希薄、むしろ皆無と言わざるを得ない。私たちはますます無邪気に、ますます無神経に、予定調和の社会に甘えるようになっているのではないか。
 しかし、実際にモノと向き合う現場では、モノが壊れることを当然の前提としつつ、それがトラブルとなって現れることを未然に防ぐための努力が日々積み重ねられている。自分が当たり前のこととして享受している毎日の便利な生活の裏にあるものを見ておきたいと思い、冬の安定供給に向け奮闘を続ける北海道電力の苫東厚真発電所を見学させていただいた。

 北海道電力の中で最大の基幹電源である原子力発電の泊発電所(総出力207万kW)は、今年5月5日、3号機が定期検査入りしたのを最後に一切稼働していない。そのため火力発電所設備稼働率は押し並べて上昇しており、一部では定期事業者検査を延期するなどして供給を続けている。火力発電の定期事業者検査は電気事業法によって2年に1回実施することが定められているが、東日本大震災の発生を受け、震災に伴って定期事業者検査の実施が困難な場合(当該発電所の継続運転が必要な場合)は1年間延期できるのだ。これにより知内1号機(35万kW)は来年1月からの検査を次年度に繰り延べし、冬の供給力を最大限確保するという。
 しかし、そうした「無理」をさせている結果は数字となって表れている。北海道電力の火力発電設備における計画外停止・計画外出力抑制の発生件数(4~9月)は、昨年度29件(出力減少平均値14万kW)であったのに対し、今年度は45件(同23万kW)と1.6倍に増加している。稼働率の急増を見れば当然のことだろう。

出典 北海道電力(株)「今冬の電力需給見通しについて」2012年10月12日

 今まで大停電に至っていないのは、計画外停止や出力抑制が起きたのが需給ひっ迫時ではなかったという幸運や、出力減少値を他の発電所でカバーする素早い対応があったからであろう。

 10月12日に北海道電力が発表した今冬の需給見通しについての資料によれば、一昨年並みの厳しい気象条件(日平均気温-7.6度、降水量0.75mm/h)を前提に想定した場合、最大需要は563万kWとなるという(それも、節電定着分として19万kWを織り込み済みだ)。それに対して、2月に確保できると見込まれる供給力は596万kWとされるため、供給予備力は33万kW(供給予備率5.8%)だという。最低限必要とされる予備率は3%であるので、一見安心できるように思えるが、例えば、苫東厚真発電所は1号機35万kW,2号機60万kW,4号機70万kW(*3号機は平成17年10月廃止)である。苫東厚真のいずれか、あるいは、定期検査を相当延期している知内1号機が脱落すればたちまち供給力不足に陥る可能性があるのだ。さらに言えば、北海道は他からの融通を受けようにも本州との連系線(北本連系線)の容量に限りがあるし、本年1月25日に実際にあったように、船舶のイカリによるケーブル損傷で送電ができなくなる事態なども起こりうる。

 冬の北海道での停電は、地域および状況によっては命に関わる。灯油やガスの暖房も送風ファンや給油ポンプには電気が必要であるし、道路や鉄道の融雪・凍結防止にも電気は欠かすことができない。電力不足や電力料金の上昇が産業に与える影響は、商工会議所が会員企業対象に実施したアンケートを見ても明らかだが、冬の北海道における電力不足はダイレクトに生命の危機を意味する。この厳しい気象条件をみれば「たかが電気」と言える人はいないだろう。

出典 北海道電力(株)「今冬の電力需給見通しについて」2012年10月12日

 「厳冬期には電気は絶対に止められない」のだ。
 しかし、高温の蒸気と圧力にさらされて火力発電設備の金属の疲労は激しい。原子力発電の蒸気条件は圧力50~60kg/cm2、温度は300度程度だが、例えば苫東厚真4号機は圧力250 kg/cm2、温度は600度にもなる。頻発するトラブルとしては、復水器(蒸気タービンを回転させた後の蒸気を冷やして水に戻す設備)の配管に穴があき、冷却水が漏れ込む事象で、苫東厚真でも平成24年度だけで1号機で3回、2号機で2回発生している。冷却には海水を使っているため、漏れ込むと塩分がボイラーなどの金属を腐食させて、各種設備や機器の寿命を縮めるとともに、蒸気配管を破孔させる恐れがあるので、緊急対応を要する。
 発電所の中央操作室では常時、復水器の導電率をモニターしており、異常値が検出された場合には、その系統を止める。苫東厚真2号機は総出力60万kWだが、2系統のうち1系統を止めるので、その間出力は半分になる。停止させた系統の細管全ての片側に手作業で栓を打ち、その後泡の立つ洗剤のような液体を反対側に塗る。復水器は真空となっているため、リークしている細管でのみ泡が吸引されるのを目視で確認するのだ。リークした細管は両端に栓をして海水が流れ込まないようにして、作業は終了となる。苫東厚真2号機の細管は直径約32㎜、長さ約19m 、それが1系統あたり8,792本、2系統存在する。この本数の中からわずか1ミリから数ミリ程度の穴を見つけだすこの作業を、どれだけ素早く終えることができるかは、日頃の訓練や長年の経験により大きな差が出るという。作業に必要な時間はケースバイケースだが、これまでの平均では20時間程度だったそうだ。
 まだ設備が新しい4号機はトラブルが少ないものの、その出力が大きいが故にこれが脱落したときのダメージは大きい。そのため、今年5月20日から10月19日まで5カ月にわたってボイラーからタービンまでの主蒸気管の一括取り換えという、おそらく全国的にも前例のない大改修を敢行している。1日最大890人、延べ8万5千人超の方が作業に関わった大工事だったという。
 日常的なパトロールも重要だ。発電所運転員によるパトロールは毎日3回、これに設備保守員の巡回や設備製造メーカー社員による健全性チェックなどを追加して、異常の早期発見に全力を挙げるという。しかし、音やにおい、配管に聴診器をあてて感じる振動などから「設備の声」を感じ取るには熟練の技術が必要だ。苫東厚真火力では敷地内に火力技術研修センターを作り、技術の継承を図っていくという。

 初めて現場を訪れた私にも伝わる張りつめた緊張感が現場にはあった。苫東厚真火力の保苅所長は「協力企業の皆さんやメーカーの方々、そして社員には感謝してもしきれない。彼らの『止めない』という強い気持ちに支えられている」と語ってくださった。
 日本の停電時間が他国に比べて格段に低いのは、「供給本能」と表現したくなるほど高い、現場を支える方たちの安定供給に対する意識・意欲に拠るところが大きい。日々電気を消費していても見えないものが、コンセントの向こう側に確実に存在していることを改めて感じた。政府はこれから12月までの間に電力システム改革に関する方向性を提示するというが、我々が失ってはならないものがここにあることを踏まえたうえで議論を進めてもらいたいと切に願う

追伸)この原稿を書き上げた後の11月27日北海道を暴風雪が襲い、30日の15時45分を持って全面復旧したという。改めて自然の厳しさを思い知り、停電の不安の中で過ごされた住民の方々には心よりお見舞い申し上げるとともに、復旧に全力を尽くされたであろう北海道電力の方々に敬意を表したいと思う。

案内して下さった村山さんと桜井さん。
タービンを見つめる目は鋭い。
広大な貯炭場。
苫東厚真火力では1日1万5千トンの石炭を消費する。
この日もオーストラリアからの運搬船が着岸していた。
現場のあちこちで真剣な打ち合わせが行われている。
この後上司の方が部下の方にそっと缶コーヒーを差し入れていたのが印象的だった。

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