ヘルム教授の異議
-欧州のエネルギー環境政策に対するアンチテーゼ-
有馬 純
国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授
ヘルム教授は本日(11月30日)のFTでデイビー・エネルギー気候変動大臣が主導するエネルギー環境政策に対しても痛烈な批判をしている。その概要は以下の通りだ。
○ 政府が用意している電力改革法案の中核は、差額契約方式(CfD; Contract for Difference)に基づき、契約価格を固定し、政府が新たな低炭素発電設備について直接契約するというものだ。
○ 契約という考え方そのものが誤っているわけではない。英国は追加の発電能力を必要としているし、特に原子力については初期投資において政治的なコミットメントが必要だ。しかし入札によって契約する方法と、政治家が購入価格を固定する方法とでは考え方が全く異なる。政府が特定技術のつまみぐい(picking winner)をすることは問題がある。
○ デイビー大臣はガス価格が不安定で上昇傾向にあるため、英国をそうしたリスクから遮断するためにはグリーン政策が必要であると主張する。しかし過去のトレンドで将来を見通すことはできない。かつてピークオイル論が広く喧伝されたが、それがナンセンスであったことは明らか。シェールオイルやシェールガスによって北米はエネルギー自給率を高めており、米国と欧州のガス価格ギャップは欧州の競争力を大きく損なう要因となっている。
○ 気候変動の観点から電力改革法案を主張する議論もあろう。しかし現在の再生可能エネルギー技術、特に風力はエネルギー密度が低く、間欠性が高いため、気候変動対策にはほとんど役立たない。
○ 政府がどの技術をピックアップするかを決める前に、デイビー大臣の「ガス価格は上昇する」という仮定が間違っていた場合を考えるべき。エネルギー施設は耐用年数が長く、将来をロックインする。仮にガス価格が低下する中で英国だけが割高な再生可能エネルギーにコミットしたらどうなるか。英国では高エネルギーコストによって産業空洞化が進み、温室効果ガスは低下するだろう。しかしそれは炭素密度の高い輸入が国内生産をオフセットするのみ。エネルギー需要も低下するだろう。しかし、これはデイビー大臣が主張するようなグリーン・ディールではなく、エネルギー多消費産業の疲弊と、家計所得の低下によってもたらされる。
○ 今からでも遅くないので、アプローチを見直すべき。政府がやるべきことは必要十分な電源が確保されるよう、オークションをやること。低炭素化を進めるための市場メカニズムは存在する(注:排出量取引ではなく、炭素税を想定しているものと考えられる)。特定技術をつまみ食いし、契約価格を固定する必要はない。政府は勝者をつまみ食いしたいのかもしれないが、往々にして敗者は政府をつまみ食いしたがるものだ(While the government might like to pick up winners, losers tend to pick governments)。ロビイストの活動を見れば明らかだ。
両方の論考で見えてくる構図は、「原子力ムラ」ならぬ「再生可能エネルギームラ」が出来ているということである。ヘルム教授の議論は、トップダウンのグリーン政策が主流である欧州諸国ではまだ多数派になっていないかもしれない。しかし、経済環境が厳しくなる中で、このような議論が、英国内部から出てきていることは興味深い。ヘルム教授とはまだ会えていないが、COP18の後にでも一度会って話を聞いてみたい。