第7話(2の2)「ポスト『リオ・京都体制』を目指して(その2)」
加納 雄大
在ウィーン国際機関日本政府代表部 公使
高効率の技術が活用されるようにするために考え得る一つのアプローチは、IMOの例と同様、各国間における省エネ基準のハーモナイゼーションである。現在、IEAの下で行われている国際協力の枠組みであるIPEEC(エネルギー効率協力のための国際パートナーシップ)はそうした役割を果たし得る可能性がある。
もう一つのあり得るアプローチは、各国が相殺関税のような国境措置により、上述の価格差を埋めようとするやり方である。貿易交渉における「貿易と環境」の議論では、目的が貿易(国内産業保護)、手段が環境(基準設定)の関係にあり、その是非が問われるのに対し、こちらは逆に目的が環境(CO2排出削減)、手段が貿易(国境措置)の関係になる。このやり方は、かつて米国が濫発したアンチダンピング課税にも似て、気候変動交渉を今まで以上に対立的(confrontational)にする可能性がある。中国、インドなどが国際海運でのIMO関連条約の改正に反対し、国際航空におけるEUの一方的措置に対して強い反発を示しているのは、当該分野にとどまらず、その先に他分野への波及の可能性を見ているからであると推測される。そして、EUや米国の動向からすれば、その懸念はあながち杞憂とも言い切れない。この問題は、現時点では不確定要素が多々あることもあり、一般的な指摘にとどめることとしたい。いずれにせよ、今後の気候変動交渉において貿易措置の扱いは主要論点の一つになると思われ、注目していく必要があろう。
市場アクセスだけでなく、資金アクセス面でも「ムチ」のアプローチはあり得る。国際金融機関の融資条件や、CDMの認定基準の厳格化により、石炭火力案件が対象から除外されつつあるのは、その一例である。エネルギー安全保障や途上国のエネルギー需要増大への対処、コスト面からみて、如何なるタイプの技術であれ石炭火力をすべからく排除するのが適当かどうかは、議論の分かれるところであろう。もっとも、低効率技術の案件に安易にファイナンスがつかないようにすることは、高効率技術の普及をファイナンス面で後押しするのと同等の効果があるといえ、如何なる制度設計が適当か、研究の余地はあると思われる。
こうした「ムチ」のアプローチについて、日本としてどう考えるべきか。上述のIMO関連条約改正のように、適切に制度設計がなされるのであれば、必ずしも排除する必要はない。しかし、国際航空におけるEU-ETS適用問題にみられるように、国際摩擦の激化という形で当事者の予想を超えた副作用をよぶ可能性もある。様々な分野で知見を有する各国政府・国際機関・民間セクター等と政策協議を積み重ねながら、色々なオプションを研究していく必要がある。
(補論)
なお、上述のEU−ETSの国際航空への適用問題については、11月12日に欧州委員会より、2013年秋のICAO総会終了までの間、EUと第三国の間を運航する航空機に対しては「時計を止める」(適用を中止する)ことが発表された。EU域内便については、航空会社の国籍にかかわらず、当初案どおりEU-ETSが適用される。また、明年のICAO総会で前進が見られない場合には、2013年以降自動的に現行のEU-ETSが適用されるとしている。
EUとしては、COP18を控えた当面の対応として、この問題がこれ以上政治問題化して気候変動交渉に悪影響が及ぶことを回避したものと思われる。