第7話(2の2)「ポスト『リオ・京都体制』を目指して(その2)」
加納 雄大
在ウィーン国際機関日本政府代表部 公使
3.追加的論点:気候変動対策における他のアプローチ
日本が提唱する「世界低炭素成長ビジョン」の基本にあるのは、様々な開発課題を抱える途上国が人口増、エネルギー需要増に直面する中で、途上国の低炭素成長戦略づくりを支援し、低炭素関連インフラへの投資を促進することで、経済成長を損ねることなくCO2等の排出の抑制・削減を実現しようとする発想である。これは、どちらかといえば、経済に軸足を置いた「アメ」の発想といえる。
しかし、CO2等の排出削減を進めるには異なるアプローチがあることにも留意しなくてはならない。最初に排出抑制・削減があり、それを達成しない限り、市場や資金へのアクセスが制限されるというやり方である。環境に軸足を置いた「ムチ」の発想ともいえる。
一つの例は、国際海事機関(IMO)を中心とした国際海運における排出規制である。2011年にIMOでは、国際海運における船舶の燃費向上(技術的措置)を世界一律で義務づける条約改正が決定された。日米欧の先進国及び多くの途上国が、中国、ブラジルなど一部の新興途上国の反対を押し切った形での決定である。これにより、一定の燃費基準を満たさない船舶は、国際海運に従事できなくなる。いわば、国際海運市場へのアクセスをテコに、高効率の船舶への設備投資を世界全体で促進していくための「ムチ」である。これはCO2排出削減という環境面だけでなく燃料節約という経済面のメリットもある。何より、長年の国連での気候変動交渉における、先進国と途上国を二分する発想から脱却した規制が導入されたのは画期的であった。
このような規制が実現した要因としては、1)気候変動交渉のCOPと異なり、IMOの意志決定方式がコンセンサスでなく票決により明確に決まっていたこと、2)燃費向上の技術的措置の必要性について先進国の立場が一致しており、多くの中小途上国もこれに同調したこと、3)交渉担当が海事関係者中心であり、イデオロギーではなく実利的観点から、競争条件をそろえて燃費向上の設備更新を進める共通のインセンティブがあったこと、などがあげられる。(もっとも、この海運分野でも、更なるCO2排出削減のための経済的措置の方式(排出量取引か課金方式か)や途上国支援をどう組み込むかについて各国間の立場の違いがあり、今後のIMOでの交渉の行方は予断を許さない。)
もう一つの例は、第6話でも紹介した、前述の欧州域内排出量取引制度(EU-ETS)の国際航空への適用である。グローバルな枠組みであるIMOと異なり、EUという特定地域の制度ではあるが(それ故、域外に影響を及ぼす一方的措置が非EU諸国からの批判を招いているのであるが)、EU航空市場へのアクセスをテコにCO2排出削減を強制的に進めようとする点では類似点もある。
こうした発想は、海運や航空といったサービスの分野だけでなく、モノの分野でも当てはめ得る。前述の国際海運の例における「船舶」を「製鉄プラント」、「海運(サービス)」を「鉄鋼(モノ)」に置き換えて考えてみると良い。CO2排出削減の観点からは、世界の何処で生産されようが、もっとも高効率な(CO2排出の少ない)技術で生産された鉄鋼が世界の需要を満たす姿が望ましい。国際貿易における公平な競争条件の観点からも同様である。技術の違いによる価格差ゆえに、国際市場において「高効率(CO2排出小)の鉄鋼1トン」が「低効率(CO2排出大)の鉄鋼1トン」に駆逐されるのは望ましいとは言えないであろう(技術以外の価格要因は別の問題である)。