再生可能エネルギーは貿易戦争の新たな具か
菊川 人吾
国際環境経済研究所主席研究員
さる11月5日、中国がEUとそのメンバー国を相手取りWTO(世界貿易機関)ルール上の紛争処理(いわゆる裁判)手続を開始したとWTOが発表し、翌日以降ワシントンポスト等が報道を行った(注1)。その発表内容等によれば、EUメンバー国内の固定価格買取制度に関する再生可能エネルギー発電セクター政策に対して中国が国際貿易ルール違反として訴えるらしい。もちろんこれには伏線があるようだ。すでにいくつかの報道が指摘しているとおり、この9月にEUが中国製の太陽光パネルに対してアンチダンピングや相殺関税の調査へ駒を進めたことへのカウンターなのではないかとの見方がある。昔から雇用創出効果の高い(と少なくとも喧伝される)新規産業セクターは特に貿易戦争の標的になりやすい。かつての繊維産業、いまなお自動車産業しかりである。
こうした固定価格買取制度に伴う政策をめぐっての国際貿易紛争については、先行して争われているWTO上の紛争処理ケースがある。日本とEUがカナダのオンタリオ州で行われている固定価格買取制度を訴えているものである。政府の説明によれば、「カナダのオンタリオ州は太陽光や風力により発電された電力についての固定価格買取制度の創設に際して州内産品を優遇する措置を導入、(制度内容や補助金等の政策に関して内外無差別措置を要求する)WTO協定に違反しオンタリオ州に輸出する日本企業の障壁となっている」との主張(注2)のようだ。
10月15日、貿易関連の研究機関が速報的に報じたところ(注3)では、日EUの主張がWTOにおける裁判(第一審にあたるもので「パネル」と呼ばれる)で認められ、カナダ・オンタリオ州で行われている固定価格買取制度(におけるローカルコンテント要求:その制度を利用するには発電施設等における地元産品の一定割合以上の使用義務づけ)はWTOルールの内国民待遇違反であり投資ルールにも反しているというものだった。しかし、筆者としては、その報道中触れられていた「しかし、その固定価格買取制度における補助金について違反性についてのEUと日本の主張は認められなかった:”[H]owever,… assertions by Brussels and Tokyo that the programme also amounted to illegal subsidies – dependent on use of locally produced equipment – have been rejected”」と いう点についてより着目すべきではないかと考える。その理由は次のとおりだ。
パネルの報告書は国際ルール上当面は非公開であり、WTO全メンバー国にオープンになるにはあと数ヶ月待つ必要がある。詳細な法的分析はそのパネル報告書がオープンになってから行う必要がある(注4)が、上記に触れたとおり、固定価格買取制度について(ローカルコンテント要求は論外でアウトだとしても)そこで行われる実質的なファイナンスサポートは補助金的要素がない/ないし、補助金として整理されうるものではないと国際ルール上認定されればEUはじめ各国は一層固定価格買取制度の充実化に動くかもしれない。ファイナンシャルタイムズが報じているように、例えば、ギリシャの太陽光発電事業者がドイツ向けの輸出電力のさらなる競争力強化に乗り出す動きもある。(注5)財政難に陥っている欧州各国が、産業政策的に再生可能エネルギーを雇用や税収の打ち出の小槌としてなりふりかまわず政策リソースをつぎ込むのか否か、それとも国民負担の増大でドイツやスペインのように制度の縮小に行くのか、国際貿易紛争の流れとともに注目すべき点と考えられる。(注6)
(注1):
—http://www.wto.org/english/news_e/news12_e/ds452rfc_05nov12_e.htm
—11月6日付ワシントンポスト”China launches WTO case challenging solar subsidies provided by some EU members”
(注2):
例えば、2010年9月13日経済産業省報道発表資料を参照。
(注3):
—10月15日付 International Centre for Trade and Sustainable Development “Interim WTO Ruling Finds Canadian Renewable Energy Scheme Discriminatory”
(注4):
筆者としては、パネル報告書がオープンになり入手できる段階になれば、あらためてかかる視点から論考し問題提起を行う機会をこのウェブ上で得たいと希望している。
(注5):
—11月6日付けファイナンシャルタイムス(4面)より一部抜粋-
”Greece has proposed an ambitious solar power project called Hellos, which would use miles of solar panels to capture its abundant sunshine and then transfer the energy to customers in Germany.”
(参考)一年以上前(2011年8月)であるが、ギリシャについては多くの引用が検索される以下の報道を参考として掲げたい。
【パリ時事】27日付のギリシャ紙タネアは、同国政府が国内で計2万ヘクタールの太陽光発電施設を整備し、ドイツに電気を売却する計画を進めていると報じた。景気回復の起爆剤としたいギリシャと、「脱原発」で代替のエネルギー供給元を探すドイツの思惑が一致した形だ。AFP通信が伝えた。ギリシャ神話の太陽神にちなみ「ヘリオス計画」と名付けられたプロジェクトは、推計予算総額200億ユーロ(約2兆2200億円)で、6万人分の雇用創出効果を見込む。パパコンスタンティヌ環境相は「ドイツは投資に大きな関心を持っている」と述べ、既に国外銀行と資金調達に向けた協議を開始したと明らかにした。
(注6):
こうした中、ギリシャについては、今年2月に”Greece reduces solar power subsidies from February”と報じられているとおり(例えば、下記リンクのロイター報道を参照)支援削減に動いている一方、その後4月にはEUとギリシャ政府主催で“「ヘリオス計画」はドイツだけでなくEU各国全体への太陽光発電供給を発展させるもの(4月3日付ドイツ環境省プレスリリース:下記リンクを参照)”と推進しているという手探り感も興味深い。そうした再生可能エネルギー就中「固定価格買取制度」をめぐる政策の「揺れ」については本国際環境経済研究所の各種論考で議論されているとおり。
– http://www.reuters.com/article/2012/02/01/greece-solar-idUSL5E8D11XY20120201
– http://www.bmu.de/english/press_speeches/pm/48594.php
No. 045/12 | Berlin, 03.04.2012
State Secretary Jürgen Becker: expansion of solar power in Greece holds opportunities for growth and innovation Helios project the focus of energy conference in Athens.