卸電力市場活性化議論に持続性確保の視点を
電力改革研究会
Policy study group for electric power industry reform
固定費の回収ができなければ、設備産業である電気事業は持続できない
しかし、このような意見は、固定費の回収ができなければ、設備産業である電気事業は持続できない、という視点に欠けている。この点について、「可変費ベースで売り入札をしても、市場価格はそれ以上のところ(需要曲線と供給曲線の交点)で決まるのだから、市場価格と可変費の差分で固定費は回収できる」という主張を時々耳にするが、正確ではない。「回収できる」のではなく、「回収できるかもしれない」にすぎない。現実がどうなっているかについては、前回の「テキサス州はなぜ電力不足になったのか」で一例を紹介した。
米国における電力自由化の成功例と言われることが多いテキサス州であるが、最近行われた分析で、ミドル電源、ピーク電源となるガスコンバインドサイクル及びシングルサイクルのガスタービンについて、市場価格から得られる利益では、固定費の回収が出来ない構造となっていることが明らかになっている。そして、その分析の通り、テキサス州では、電源の建設が進まず、電力不足が問題になっている。
テキサス州の電力市場は、単純なkWhの市場である。つまり、卸電力市場において、電源は、自分が発電した電力量(kWh)に対する対価が、得られる収入のほぼすべてである。このような市場では、電源は、発電しなければ収入が得られないから、通常、可変費ベースの価格で売り入札をして、まずは発電することを優先する。市場価格には上限が定められていて、テキサス州では3米ドル/kWhである(今年8月からは4.5米ドル/kWhに引き上げ)。普段は可変費しか回収できなくても、需給が極端に逼迫するスーパーピークの時間帯では3米ドル/kWhまで価格が上昇するから、そこで固定費は回収できるはず、という理屈の市場である。しかし、実態として固定費の回収が出来ていない。
自由化された電力市場における固定費回収の問題は、世界中で認識されている。多くの国・地域で電力自由化は規制による余剰設備を抱えた中で始まったため、過去の遺産が減少するとともに問題が顕在化してきた、と言った方が正確かもしれない。この問題については、米国の有力コンサルタントThe Brattle Groupが2009年に作成したレポート”A Comparison of PJM’s RPM with Alternative Energy and Capacity Market Designs”に詳しい。それによると、テキサス州のような単純なkWhの市場(レポートの中では”energy only market”と呼んでいる)は、理論的には最も効率的な市場になりうるが、現実には、これを採用している多くの国・地域(レポートでは、英国、カナダ、オーストラリア、北欧、テキサスを取り上げている)において、固定費の回収漏れの問題(レポートの中では”missing money problem”と呼んでいる)が存在すると指摘している。
他方、日本のJEPXのスポット市場は、テキサスと同じkWhの市場である。しかも、市場の価格は、インバランス料金が実質的に上限になっており、水準は概ね50円/kWh未満と、テキサス州よりも大幅に低い。この条件の下で、一般電気業者に可変費ベースの取引をさせれば、固定費の回収がテキサス州よりもさらに困難であることは想像に難くない。日本の電力市場において、可変費ベースの取引が行われにくいことを、一般電気事業者が自社の利益を守るために行動しているから、と捉えるのは一面的にすぎる。可変費ベースの価格で売り、それを転売する競争者に自社の需要を奪われれば、奪われた需要家から従来は回収できていた固定費が回収できなくなる。回収できなくなれば、事業の持続性が危うくなる。つまりは、日本の電力市場の制度が、そういう状況を招来しやすいという、根源的な問題として捉えなければ、日本も電力の恒常的不足にあえぐ事態に陥る危険性がある。