塩崎保美・日本化学工業協会技術委員会委員長に聞く[後編]
社会のサステナビリティを支える化学産業
松本 真由美
国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授
社会のサステナビリティを支える化学産業
――ものづくり立国、技術立国として、我が国の強さをいかに発揮していくべきでしょうか。
塩崎:我が国に化学産業が興ってから百年、化学産業は大きく変化してきました。たとえば、我が社は2013年に創立百周年を迎えるのですが、もともとは肥料製造からスタートしました。その後、硫酸やアンモニアなどの基礎化学品や染料の製造、1950年代後半からは石油化学品、さらには農薬や医薬品などのファインケミカル、そして現在ではIT・エネルギー関連の機能化学品へと製造する品目を大きく変えてきています。これらは、国の政策とともに化学産業が国内外の需要を敏感にキャッチして、業態を変化させ、技術開発を絶え間なく実施してきたからにほかなりません。
今後も我が国が技術立国として強さを発揮するためには、これまで以上に社会や他の産業のニーズを的確に捉えて、産官学が協力して技術・研究開発に取り組むことが重要だと思います。そして、日本で持っている優秀な技術を、技術を必要とする国や地域に順番に展開していき、その人たちに貢献することが必要です。
日本の産業のあり方という意味では、いろいろなことが考えられます。たとえば、汎用品、機能化学品など品目によっては、これまで日本が開発して完成した技術を使って海外で生産する、あるいは消費者に近いところで生産するといったことをしつつ、国内ではさらに技術開発を進めていく。また、技術開発のための設備は国内に残して雇用を確保するなど、いくつもの可能性があります。当社はいろいろ海外展開していますが、原料が産出される国で生産を行う石油化学はその一つの典型として考えています。
――インド、中国をはじめ、さらなる市場開拓をお考えになっていますか。
塩崎:人間として快適な暮らしをするためには、まだまだ我が国の科学が提供できる技術はあると思います。中国やインドは人口が多いですし、地域によりますが、南米やアフリカなどは、人間としての生活を向上させるという意味で、いろいろなポテンシャルがあると思います。
ただ単にモノを供給したらいいというのではなく、生活レベルを上げるためにはどうしたらいいのかを考えることが重要です。住友化学では、WHO(世界保健機関)を通じてマラリア対策のための薬剤入り樹脂でできた蚊帳「オリセットネット」を提供しています。アフリカ、おもにタンザニア周辺ですが、そこにオリセットネットの技術を提供し、アフリカ全土で幼児の死亡率を下げることに貢献しています。さらに、そこで得た利益の一部を小学校の建設に充てています。
教育に貢献することも必要なことです。アフリカの人口は増えていきますが、「生活を支えるためにはどうしたらいいのか」「生活を支え、かつ快適な生活をするためにはどうしていくのか」をCSR(企業の社会的責任)活動として取り組んでいます。
――技術を提供するとともに、相手国や地域の持続可能な社会のあり方を考えて活動されているのですね。
塩崎:そうです。いろいろなところで、「なぜ化学産業は存在するのか」と問われますが、答えの一つは“サステナビリティ”です。企業は継続して利益を出さないといけませんが、同時に、継続して製品で社会に貢献していかなければなりません。そのためには、一時的な利益追求だけではだめで、いろいろな機会を活用して人間や社会のよりよい発展に貢献していくことを信念としています。
【インタビュー後記】
塩崎さんのお話を伺い、化学製品がさまざまな製品の技術開発の要になっていることを再認識しました。製品の開発から製造、物流、使用、廃棄にいたるすべての課程で、安全・環境・健康に配慮しながら、品質の維持・向上を目指す自主的な活動こそ“レスポンシブル・ケア”。これまで発展してきた日本の科学技術の陰には、一本筋の通った化学産業の精神が生きていることも感じました。