新しい欧州排出権取引システムの落とし穴


国際環境経済研究所主席研究員、JFEスチール 専門主監(地球環境)

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欧州国民に投げかけられたシュピーゲル誌の警鐘

 最後に同記事は、この複雑怪奇なETSが導入された背景を皮肉交じりに分析している。炭素排出に価格をつけて排出抑制を図るだけであれば、もっと単純でコストもかからない代替策がある。例えば化石燃料の経済への流入段階で、炭素含有量に比例して価格付けされた排出権の購入義務を、石油精製、ガス供給、石炭生産者などの炭素供給者に課すという、いわゆる「上流方式」とよばれるものである。

 「しかし、この代替案はすぐに却下された。欧州の政治家は、気候保護の真のコストを市民や企業に容赦なく突きつけた場合に起こる事態を恐れたとみられる。その代わりに多くの矛盾にも関わらず政治家が望んだのは、この複雑なシステムであったのである」

 結局、欧州がめざす温暖化対策の真のコストは、排出権取引というもっともらしい制度の背後に巧みに隠され、EU-ETSの第三期がはじまる 2013年まで顕在化しない。欧州国民や有権者は、自分達が負担すべきコストが目に見える形で明らかになったとき、はじめて、欧州が巨大で複雑怪奇な EU-ETSという猛獣を野に放ってしまったという事実に気づくことになる。その修復のためには、欧州社会が社会主義という立派な理念に基づく壮大な社会実験の失敗から1990年代に立ち直るのに要したのと同様の痛みや混乱というコストを支払わなければならないのかもしれない。シュピーゲルの記事は、そうした警鐘を2010年末のクリスマス休暇を過ごす欧州国民に鳴らしたのである。

(注記)シュピーゲル誌の記事全文の邦訳は以下のサイトで閲覧(http://www.21ppi.org/archive/sawa.html)できます。本文中のカギカッコ内は、同記事からの引用です。

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