新しい欧州排出権取引システムの落とし穴


国際環境経済研究所主席研究員、JFEスチール 専門主監(地球環境)

印刷用ページ

シュピーゲル誌が指摘する「細部に宿る悪魔」

 国際的な競争を強いられている鉄鋼や石灰、石油化学といった電力以外の産業では、国際競争力を考慮して多少の便宜が図られることになっている。このため、かなりの排出枠が無償で配賦される。しかし、ほとんどの企業では、必要とする排出枠の全部は賄えず、大なり小なり排出枠購入を余儀なくされることになるという。

 たとえば煉瓦業界の場合、無償配賦される排出枠の上限は、煉瓦生産1kg当たりCO2排出量144gと決められた。これは欧州の煉瓦産業の排出原単位を工場ごとに比較し、上位10%の効率を設定したものだ。要するに、すべての煉瓦メーカーは上位1割の効率的なメーカーに倣えという、一見、単純明快なルールである。しかし、シュピーゲル誌は「悪魔は細部に宿っている」と指摘する。

 「ドイツの煉瓦会社は、屋根タイルの上限内に排出を抑制するのは不可能であると抗議している。ベンチマークはスペインの生産施設の排出水準に基づいて決定されたが、これはスペインの技術が優れているからではなく、南欧の気候が温暖なためであり、屋根タイルが厳しい霜にさらされることはないスペインでは低温での焼成が可能で、結果として排出量が少なくなっている」と例示し、企業への無償排出枠割り当てが、産業の実態に合わず不公平なものになるという問題を提起している。

 こうした状況を背景に、同誌は「2013年以降、負担の増大とともに、不公正な扱いを受けていると感じている企業の間に訴訟を起こそうという機運が高まり、訴訟が多発する可能性が高い」と指摘する。実際ドイツでは、排出枠の設定が緩かった第1期でさえ、排出枠の設定に関して800件にも上る異議申し立てが起こされている。

 企業にとっては公平性だけが問題ではない。EU内の各企業は、無償排出枠を政府から配賦してもらうために、操業データの記録や整理など、膨大な事務作業を余儀なくされる。さらには、無償の排出枠の配賦と制度遵守の管理を行う政府側にも、気の遠くなるような事務作業が発生する。比較的緩い、現在の第2期でも、独排出権取引局(DEHSt)は、ドイツ国内の取引を管理するために120人の職員を抱えているという。