新しい欧州排出権取引システムの落とし穴
手塚 宏之
国際環境経済研究所主席研究員、JFEスチール 専門主監(地球環境)
現段階で成果上がらず、第3期で挽回を想定
すでに5年の歴史を持つEU-ETSだが、その実績は確かに芳しくない。2005年にスタートした第1期では、実際に企業が必要とする排出枠を大きく超えた排出権が無償で割り当てられた結果、『実質的に何の痛みも削減効果ももたらさなかった。むしろ、一部の電力会社などは、無償で受け取った排出権の価格を顧客に転嫁するという「タナボタ」利益を享受した』と社会的に批判された。
京都議定書の第一約束期間に対応して08年から始まった第2期では、排出枠の無償配賦に関してより厳しい設定がされた。そのため、企業は少なくとも一部の排出権をオークションないしは市場から購入する必要に迫られ、実質的な削減も促進されるはずだった。ところが08年に起きたリーマンショックのために経済が停滞し、生産活動が大幅に縮小したため、ほとんどの企業が無償で配賦された排出枠を大量に余らせ、余剰枠が資産計上されるという「タナボタ」が再び発生している。08年以降の欧州産業の排出削減は、皮肉なことにETSではなくリセッションによって実現し、むしろ“有価”の排出枠を政府が必要以上に企業に無償で配賦したことにより、結果的に不況に苦しむ企業への補助金として機能したのである。
こうしたさまざまな問題と一向に成果があがらない制度への反省から、13年以降の第3期においては劇的に厳しい排出枠抑制が計画されている。シュピーゲル誌は「最終の第3期において、排出権はついに希少なコモディティとなり、おそらくは社会主義の終焉以降で最大の経済的実験が始まることになる」と指摘する。政府が各企業に対して生産活動に必須のCO2排出量をトップダウンで決定・通知し、それを守ることができない場合は懲罰を加えるという新しい制度について、社会主義計画経済の再来を想起させる表現を用いているところが面白い。
ETSの第3期においては、電力会社は必要なすべての排出枠をオークションで購入しなければならなくなる。ドイツ最大の電力会社RWE社を例に取ると、年間のCO2排出量が1.49億tに上り、これに相当する排出枠は現在の価格で計算すると20億ユーロを上回る。このコストが、電力料金として電力利用者に転嫁されることになる。