京都議定書は問題解決を遅らせる

日本は実質的な排出削減で世界に貢献を


国際環境経済研究所前所長

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 温暖化対策を巡る国際交渉が難航している。もめている原因は、先進国と途上国の対立だ。

 下の図を見てほしい。今後数十年にわたって二酸化炭素を排出する量が急増するのが途上国、特に成長著しい中国などの新興国である。温暖化をストップさせるためには、こうした新興国の排出削減に向けた協力が不可欠だ。

 一方、新興国から見れば、温暖化は今の先進国がもたらしたもので、責任は先進国にある。現在の先進国は、これまで石油や石炭などの化石エネルギーを大量に使って経済成長してきた。だから、その結果排出された二酸化炭素によって引き起こされた温暖化問題は先進国の責任であって、まずは先進国が排出を削減する義務を負うべきだという論理である。新興国にとってみれば、これから経済成長する権利があるのだから、エネルギーの使用量を削減するなど考えられない。

 今の京都議定書は、そうした主張に配慮して、先進国だけが削減義務を負う取り決めになっている。しかし、京都議定書は1997年、すなわち今から10年以上前にできたものである。中国だけを見ても、そのころに比べて経済力や生活水準は格段に伸びており、国際事情は大きく異なっている。

途上国からの二酸化炭素排出は増え続ける

世界の相場から突出した日本の削減目標

 環境関連産業で経済成長がもたらされるのだから、二酸化炭素の排出削減を強化することは経済にいいことなんだという意見を、よく聞く。しかし、一部の産業が伸びるとしても、経済全体が救われることにはならない。むしろ、エネルギー消費や二酸化炭素の排出量は、経済成長と密接に結びついている。排出削減を強化しようと思えば、わざと不況にする政策を取らざるをえないのである。

 最近、先進国の二酸化炭素排出は大きく減ったが、その理由はリーマンショック以降の世界経済の落ち込みだ。二酸化炭素の排出を無理やり削減しようとすれば、経済成長が止まり、生活が苦しくなるということは世界の常識となっている。先進国も新興国も、この点を心配しているわけである。「他の国が削減に取り組むことはありがたいが、自分の国に削減が義務づけられることは何としても避けたい」、こういう思いが国際交渉を難しくしている原因なのである。

 日本は昨年、鳩山由紀夫前首相が2020年に1990年比で25%削減するという目標を掲げた。「目標」という言葉を使っているので、多くの方が誤解されているのであるが、これは志の高い努力目標という甘いものではない。もしも達成できなければ、国民の税金負担で、排出権という二酸化炭素を排出してもよいという権利を海外から買ってこなければならなくなる、そうした国際法的な義務になるものなのだ。だからこそ、新興国はもちろん先進国も、数字自体の見栄えはともかく、自国の経済や国民生活を実質的に傷めない範囲での目標を掲げている。その証拠に、日本は、世界の相場からすると突出した義務を負うと宣言したわけであるが、他の国はまったくついてきておらず、当初の目標から1センチも動いていない。

排出権取引を守るために主張を変えた欧州

 京都議定書では2012年までの削減目標しか決められていない。次の枠組みをどうするのかというのが、今の国際交渉の争点である。昨年の第15回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP15)では、コペンハーゲン合意という取りきめが成立した。ブッシュ大統領時代に京都議定書を脱退した米国や、これから排出が急増する見込みの中国など新興国も、自主的な削減努力をしていこうと合意したものである。

 しかし、米国ではその後、経済不況を背景に温暖化対策に対する反発が強くなっており、オバマ大統領の指導力にも陰りが見え始めた。また中国は先進国の歴史的責任論を再び持ち出し、自国が削減する法的義務を負うことは考えられないと強硬姿勢に転じている。そうしたなか、各国はコペンハーゲン合意から大きく後退し、京都議定書の枠組みの下での排出削減を続けるべきだという、いわゆる「京都議定書延長論」が台頭してきている。

 新興国など途上国は、そもそも京都議定書では削減義務が求められていないことから、京都議定書が延長されることは歓迎だ。一方、欧州は昨年まで、すべての国が参加する枠組みを目指していた。ところが、ここのところ急に、そうした理想の旗を降ろし、京都議定書の延長で手を打とうとする方針が表に出てきた。この態度変化の背景には、欧州が始めた国内排出権取引制度がある。

 欧州の金融機関は、排出権の売買を通じて手数料や値上がり益を稼いでいる。もしも、京都議定書が延長されないとどのような影響があるだろうか。法的な義務が課せられる京都議定書が効力を失えば、日本のように削減義務が厳しい国が、義務達成のための排出権を買ってくれなくなる。その結果、そのような金融的利益がふっとんでしまう危険が出てくるのである。欧州がどのような理屈をつけてでも京都議定書の延長を受け入れる本質的理由がここにある、というのは国際交渉関係者の間では常識になっているのだ。

 米国の立場はどうだろうか。米国は、京都議定書は途上国が削減義務を負っていないからという理由で、批准を拒否し脱退した。その状況は変化しておらず、今後とも京都議定書に戻ることはないと明言している。したがって、京都議定書が延長されるかどうかは自分たちに無関係だとして、無関心な態度でいる。本来なら、米国は新興国や途上国も入ったコペンハーゲン合意をベースに交渉していきたいところだろう。しかし、オバマ大統領のリーダーシップは、今年は期待できない。

京都議定書の延長では温暖化問題は解決しない

 さて、そうした思惑が渦巻いている国際交渉で、日本の対応はどうあるべきか。基本は三つだと考える。

 第一に、日本が会談するすべての相手国に対して、その国が掲げている目標の深掘りを求めることだ。日本は、物理的にほとんど達成不可能で、経済に大きなダメージをもたらすような目標を掲げている。したがって、どんな相手国にも、より意欲的な目標にするよう求める強い論拠がある。鳩山前首相も、25%削減目標の前提は、各国とも同じ程度の義務を負うことだと明言した。しかし、その後どの国に対しても、そうした働きかけをしてこなかったことは、非常に残念なことである。今からでも遅くはない。各国に対して強く要望していくことが大事である。

 第二に、米国が脱退し、中国などの新興国に削減義務のない京都議定書では、真の温暖化問題の解決にならないことを強く国際世論に訴えかけていくことである。

 京都議定書では、現在でも世界の4分の1の排出量しか削減対象になっていない。そのうえ、新興国を中心に今後排出が増えていくため、そのカバーする範囲はもっと小さくなっていく。京都議定書を延長してしまえば、削減義務のない新興国や脱退した米国は、今後10年近く何もしなくなってしまう。その間に温暖化が進んだとしても、それらの国々に対して、まったく法的な責任を問えない。京都議定書は、それに参加して目標が達成できなければ罰を受けるのに、そもそも参加しなければ何の罰もない、という変な条約なのである。

 第三に、国連での交渉以外で日本が排出削減に国際貢献していく道を探ることである。

1国でも反対すれば国際枠組みは成立しない

 ここまで国際交渉が難航している理由の一つは、国連が全会一致を基本原則としていることにある。コペンハーゲン合意も実は正式な国連決定ではないのだが、1国でも反対すれば、何も正式に決まらないという交渉方式には限界がある。こうした方式では、適時適切に国際合意を得ることは極めて難しくなる。真の解決にならないとわかっていながら、京都議定書を延長しようという議論が出てくるのには、こうした背景がある。新しい理想的な国際枠組みはいつまでたってもできないのではないか、という懸念がその原動力となっているのだ。

 日本政府は今、アジア諸国との間で2国間で取り決めを結び、日本の先端的技術を使って、相手国で二酸化炭素の排出削減プロジェクトを進めようとしている。高効率な火力発電所の建設などを支援することで、途上国に対して低炭素型の成長を手助けするというものである。こうした2国間や、地域的な協力の枠組みの有効性を認知させていくという外交努力をしてもらいたいところである。

 京都議定書延長は日本に不利だから反対というのではなく、真の解決策を遠のかせ、逆効果になるというメッセージを発信し続けることが大事である。世界の排出削減の取り組みを後退させてしまう京都議定書延長には絶対に同意しない。こうした強い決意が、国のリーダーに望まれる。

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