グローバリズムは悪なのか?
ーマイケル・サンデルを読んでー


国際環境経済研究所理事長

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2026年を迎えて、私ども国際環境経済研究所は、設立15年になります。

また、設立者のお一人である澤昭裕さんが亡くなられて10年になります。これについては、「澤昭裕氏没後10年追悼シンポジウム」が公益事業学会主催で1月16日に開催される予定です。

私ども国際環境経済研究所も、1月26日に、「欧州エネルギートランジションと生成AI・データセンターの現状と将来」に関するシンポジウムをイイノホールで開催(無料)しますので、ご参加をお待ちします。
https://ieei.or.jp/2025/12/news_251223/

さて、「ハーバード白熱教室」で有名なマイケル・サンデル氏が「実力も運のうち、能力主義は正義か?」という著書で、グローバリズムと学歴主義が、アメリカの分断をもたらしたと分析されている。

これに沿って、感想を述べてみます。

グローバリズムに対する反発

2011年9月、N Yへ出張した時、「ウオール街を占拠せよ」(Occupy Wall Street)という若者たちの運動を見る機会があった。2008年のリーマンショックで金融資本の救済が行われたが、一方で学生たちの失業率が高まっていた。

トランプ現象、ブレグジット、ポピュリズムは、いずれもグローバル市場において、経済的恩恵を手にした新自由主義的のテクノクラートに対して、取り残された人々の反発である。

われわれ日本人は、自由貿易体制の恩恵を受けてきたので、ピンとこないかもしれないが。

米国における格差の増大

中国のWTO加盟以降の工業品輸入によって、米国製造業、とりわけラストベルトにおける高卒ブルーカラー労働者は打撃を受けた。これに関しては、昨年7月に「製造業の復権―したたかな温暖化対策を」で取り上げた。
https://ieei.or.jp/2025/07/kotani_20250711/

一方、ウオール街やシリコンバレーの大卒エリートは、我が世の春を謳歌し、米国における格差が政治問題化してきた。

大企業の役員や株主の取り分は増え続け、一人当たりの所得も1979年から85%増えたが、高卒白人男性の収入は減っている。

新自由主義のグローバリゼーションがもたらしたのは、国境を超えて利益を得た富裕層と、中国からの安い製品輸入や低賃金の移民による影響を受けた製造業の白人労働者との不平等の拡大であった。

リベラルデモクラシーとグローバリズムは勝利したのでは

1989年のベルリンの壁の崩壊とソ連の解体を受けて、欧米のリベラリストは、民主主義と自由市場の拡大に向かう歴史の動きは避けられないという自信にあふれていた。フランシス・フクヤマの「歴史の終わり」が出たのもこの頃だった。

西欧諸国は、新自由主義のグローバリゼーションを推進し、自由貿易協定、金融自由化、商品・資本・人の国境を超えた流れを容易にした。

しかし、事態はそう順調にはいかなかった。グローバリゼーションがもたらしたのは、2008年の金融危機であり、その8年後のトランプ登場の政治的反動であった。

テクノクラートへの反発

テクノクラートたちに対する、白人労働者の反発が起こってきた。

リーマンショック後に登場したバラク・オバマ大統領の

「この国が、誰であろうと、どこの出身であろうと、どんな見た目であろうと、つねに “やればできる” 場所であるために戦い続ける」というメッセージは、非白人のオバマがアメリカンドリームを達成した宣言であった。

皮肉なことに、高卒白人たちにとって、「アメリカンドリーム」は、もはや自分たちのものではなくなった。

UCバークレーのアーリー・ホックシールド教授は、「経済的進歩は一部のエリートに限定され」、「アメリカン・ドリーム実現のチャンスを列に並んで辛抱強く待っていた下位90%の人たちは、マイノリティの人たちを優先するアファーマチブ・アクションの下で、黒人、女性、移民に割り込まれてしまった」という。

これをなじると、エリートからは「人種差別論者」と侮蔑的に言われる。

民主党が知的職業階級の味方と見られ、高卒白人労働者は民主党に背を向けた。これについては、昨年1月の「分断の時代のなかで」で書いた。
https://ieei.or.jp/2025/01/kotani_20250107/

労働者の尊厳

アダム・スミスは、「消費こそ、あらゆる生産の唯一の目的である」(国富論)と述べ、ケインズの経済学も、消費者の立場から、自由貿易では、安い輸入材が好ましいという観点から、米国民は、自国生産よりも安い中国製品を買った。

これに対して、マイケル・サンデルは、労働者の尊厳という見地から、学歴で評価される能力主義を批判する。大学進学がわずか30%(マイケル・サンデルの著書では)の米国において、高卒ブルーカラーは、大卒エリートから見下されてきたと言う。

ドナルド・トランプの支持者に対して、オバマが「銃や宗教にすがる人々」と呼び、ヒラリー・クリントンが「みじめな人たち」と発言した時、中西部の白人高卒労働者にとって、エリートとの分断はますます大きくなった。

分断の中の気候温暖化

米国における気候変動に関して、共和党支持者は、民主党支持者よりも懐疑的である。しかも、党派間のギャップは高卒者では30%であるのに対して、大卒者では59%とほぼ倍であり、科学的知識を持つ人ほど、気候変動に関する支持政党の見解に忠実である可能性が高い。(Gallup, March 26, 2015)

この調査結果は、オバマが言った「気候変動の緩和を支持しない人たちは、科学について十分な知識を持っていない」という考え方に疑問を投げかける。

気候変動に関する党派的な分断は、「科学を知れば団結する」というテクノクラートの信念を裏切っている。

脱炭素に向けた政府の政策に反対する人たちは、「科学を否定しているからではなく、政府のテクノクラートを信頼していないからだ」とサンデルは断じている。