書評:ミジンコ先生の諏訪湖学
水質汚濁問題を克服した湖


キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹

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(「電気新聞 本棚から一冊」より転載:2025年10月17日)

諏訪湖に行くことにしたのは、御神渡りができない年が増えている、という話を読んだからだ。諏訪湖は冬季に全面的に結氷し、その氷が割れてあたかも湖に架かる道のように盛り上がることがある。これは神様が通る道だということで「御神渡りの神事」が行われるようになり、古くは平安時代から記録されてきた。この御神渡りのできない年が近年になって増え、これは地球温暖化が原因だ、ということがよく報道されている。

だが現場に行ってみると、諏訪湖の周りはかなり都市化が進んでいる。諏訪湖自体も、浅くて小さい湖で、周囲も流域も人口が多く、かなり人工的に手が加えられている。詳しくは今後の検討が必要だが、地球温暖化よりは都市熱の影響の方がかなり大きそうに思えた。

さてこの本は、水質改善にまつわる上質の科学エンターテイメントである。諏訪湖は水質が悪化してアオコだらけになってしまったことが大問題となった。それで下水道整備事業が大規模に実施されて、2000年以降はリンの濃度は環境目標の値にほぼ収束し、透明度もかなり向上した。

だがこの結果、ヒシなどの水草が大量に繁茂した。9月初旬に訪れたのだが、湖面はびっしりと緑色で、はじめはまだアオコがあるのかと思ったが、そうではなく、全て水草だった。この水草は毎年枯れるのだが、それが岸に打ち寄せられたりして悪臭を放つというのが、いまの諏訪湖では問題になっている。昔の記録を見ると、やはり水草は多く生えていたとのことで、水質が良くなった結果、昔の植生が復活したということだ。カモなどは快適そうにしている。だが現代の人には、見た目が悪い、ボートや遊覧船に絡まる、そして悪臭を放つということで不評である。

この悪臭を放つというのは、昔もそうだったのだろう。ただし、当時は、下水は全て諏訪湖に生放流されていたし、そこかしこに肥だめがあって人糞を田畑に入れているような状態だったから、そもそもとても悪臭がしたので、ヒシごときの悪臭など誰も気にとめなかったのではないかと想像する。

汚染された水を何とかしようとして、実際に成功して、かつての自然が戻ってきた。広く浅い湖の透明度が上がれば、光が湖底まで届くので、水草が生えるようになったのである。だがそれはもはや現代の人々が好むものではなかった。自然はそう簡単に人間の思い通りにはなってくれない。



・著者:花里 孝幸
・出版社:地人書館 (2012/3/1)
・発売日:2012/3/1
・単行本:221ページ
・ISBN-10:4805208481
・ISBN-13:978-4805208489

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