気候変動関連金融リスクという無駄仕事:グリーン金融における悪しき手法と利益相反(その1)
印刷用ページ2025年8月22日
ジェシカ・ワインクル
https://www.breakthroughjournal.org/p/a-climate-related-financial-risk
を許可を得て邦訳。
監訳 キヤノングローバル戦略研究所 杉山大志 邦訳 木村史子
過去1か月間、気候変動リスクに係る金融当局ネットワーク(NGFS)は、気候変動リスク計算がますます意味をなさなくなっているという背景の下においてさえも、まったく無意味なモデリング手法を採用したことで深刻な批判にさらされている。この状況は、不適切な統計分析、ウズベキスタン(そう、ウズベキスタンである)からの疑わしいGDPデータに極めて過敏に反応する全世界の経済分析結果の問題、さらにはその分析に何かおかしい点があると指摘した査読者の警告を無視し続けた一流科学誌『Nature』誌の問題をも含んでいる。危機に瀕しているのは、世界における金融政策に他ならない。
NGFSと『Nature』誌を巻き込んだ一連の騒動は、特定の利害関係者が支持を得る目的で 科学に対して圧力をかけてきた実態を物語っている。また、『Nature』誌の編集チームが気候変動研究を支配した「気候変動による破滅」の物語にへつらう姿勢を示したことも明らかである。
科学の腐敗は民主的プロセスの腐敗を反映している。気候強硬派にとって苛立たしいとみなされるエネルギー・産業政策の民主的意思決定プロセスを回避するため、彼らは複雑で広範なNGO金融規制体制を構築した。これにより政府や金融機関は、化石燃料使用の抑制、結果を顧みない排出削減、生態系崩壊回避の名目での生活費増大といった疑わしい気候情報に基づいて行動するよう効果的に誘導されることになる。
これらの規制を満たし金融システムを統制するためのツールを販売することも、また大きなビジネスとなっている。そして気候変動による破滅の物語を提唱した者たちの何人かは、その恩恵を享受している、というわけだ。
気候変動リスクに係る金融当局ネットワーク(NGFS)騒動の現状
気候変動リスクに係る金融当局ネットワーク(NGFS)は、中央銀行、規制当局、金融機関からなる連合体であり、金融セクターにおける「環境・気候リスク管理」の最も優れた手法:ベストプラクティスを開発することで、金融機関がパリ協定の目標達成に向けて取り組むよう導くことを目的としている。NGFSの最も主要な成果物は、気候シナリオである。これらは「主にリスク評価を目的として開発され、その焦点は長期的な時間軸における経済および金融セクターへの影響評価」にある。
第5次の最新のシナリオでは、新たな損害関数(気候変数と経済生産高の関係を算出する手法)が採用され、それによって気候変動による予想経済損失が劇的に増加した。この新たなNGFSの損害関数に関する論文は、ポツダム気候影響研究所(PIK)所属のマクシミリアン・コッツ、アンダース・レバーマン、レオニー・ヴェンツによる2024年4月発行の『Nature』誌掲載論文「気候変動の経済的コミットメント」で発表された。
現時点においては、コッツ他によるオリジナルの論文は、統計上の欠陥とデータの異常性により完全に否定されている。しかし、一連の奇妙な経緯によって、『Nature』誌は明らかな間違いがあるにもかかわらず、歪んだ方法論や、NGFS、PIKを積極的に擁護する立場を依然として取っているのである。
しかもこれは、NGFSシナリオに対する公開された正当な批判の最新の1つに過ぎない。すでに2021年と2022年、ロジャー・ピールケ・ジュニアは、NGFSが損害関数において極端で時代遅れの排出シナリオを使用していることを指摘していた。同じ期間に、NGFSはモデルバージョンを更新し、累積排出予測値を減らす一方で予想損害額を増加させた。ただしこの更新は、科学的・経済的にほとんど意味をなしていない。
ピールケは、この現象が奇妙な成果であると指摘する。なぜなら、異なるモデルバージョンはすべて、PIKのマティアス・カルクールとレオニー・ヴェンツによる論文で開発された同一の損害関数に依存しており、この関数は他の公表済みの損害関数と比較しても既に極端な損失額を生み出していたからである。一方で、NGFSは明らかに、疑わしい手法で異常に高い損害額を提供してきた実績がある。
もちろん、コッツ他の論文が作成したNGFS損害関数をめぐる最新の論争でも、ピールケが以前のバージョンで指摘した、時代遅れの排出シナリオが使用されている。これは、損害関数の統計的プロセスが無効であるだけでなく、その基盤となる排出シナリオ自体が、根本的に無関係で矛盾した社会経済的仮定に根ざしていることを意味する。
『Nature』誌は、当該論文の方法論とデータの信頼性に関する問題を明確に認識しているものの、撤回を発表することに消極的である。代わりに、「適切な編集上の措置」を待つ間、1年以上もの間、当該論文に対して警告メッセージを維持し続けている。
硬直性
民主的なプロセスによるエネルギー政策の実現に30年間失敗し続けてきた進歩派勢力の主要な資金提供者たちは、彼らの要求が非現実的で、不可能とは言わないまでも人々を遠ざけるものであるがゆえに、自らの策を金融システム側に強引に押し付けた。
このことは従来の政治を超えた問題である。これは世界的な金融規制システムを掌握し、世界中の気候研究の科学的信頼性を損なうほど柔軟性のない構造を生み出す、特殊利益団体のシステムそのものなのだ。欧州全域における銀行の自己資本規制や、不十分な気候リスク管理に対する罰則の可能性が、今や『Nature』誌の単一の編集判断に委ねられている、という現状を考えてみてほしい。
コッツ他の論文はPIKからの資金提供だと明記しているが、気候変動リスクに係る金融当局ネットワーク(NGFS)のシナリオ更新のためにPIKに資金を提供したのは、クライメートワークス(ClimateWorks)という慈善団体を経由した資金である。
NGFS、クライメートワークス(ClimateWorks)、およびPIKの研究者間のつながりは決して軽視できるものではない。
NGFS は、現在カナダ首相を務めるマーク・カーニー氏によって設立された気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)から直接派生した組織である。カーニー氏は、マイケル・ブルームバーグ氏を TCFD のトップに任命した。その後、カーニー氏は、TCFD の提言を実行するために設立された NGFS を共同設立した。ブルームバーグ・フィランソロピー(慈善団体)とクライメートワークス(ClimateWorks)は、設立当初からNGFSの シナリオの開発に資金援助を行ってきたのである。
最終的に、TCFDの提言は欧州の財務開示規制に組み込まれ、英国では規制ツールとして検討が進められている。カリフォルニア州では来年から、TCFD提言に基づく気候リスク開示が義務付けられる。ここしばらくの間、TCFDとNGFSは米連邦準備制度理事会(FRB)や企業開示規制への導入を模索し始めた。TCFD提言の国際会計実務への正式な採用は、ブルームバーグが推進を支援したものである。
一方、ゴードン&ベティ・ムーア財団は、クライメートワークスとグランサム研究所が主催するINSPIREプログラムに資金を提供している。このINSPIREプログラムは、NGFSの「指名ステークホルダー(利害関係者)」であり、研究助成を通じた金融のグリーン化の推進を担っている。そして委託プロジェクトの3分の1は「中央銀行関係者からの支持」を得たものである。
一方、ブルームバーグ・フィランソロピーはクライメートワークスに諮問委員としての席を有している。またクライメートワークスは、あまり知られていない研究コミュニティであるIAMコンソーシアムの諮問委員会に席を有している。同コンソーシアムは気候変動に関する政府間パネル(IPCC)向けのシナリオ開発を行う組織である。IPCC報告書で使用されるシナリオ作成において重要な役割を担う研究者たちは、同時にNGFSやその他の金融関係者のためのシナリオも作成しているというわけだ。













