トランプ大統領とAIが米国のEV導入を阻む


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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(「エネルギーレビュー vol.536 2025年9月号」より転載:2025年8月20日)

トランプ大統領は電気自動車(EV)が嫌いだ。昨年の大統領選挙中から、バイデン政権が導入したEV導入支援策を、大統領に就任すればただちに廃止すると明言していた。それでもEV専業メーカー・テスラを率いるイーロン・マスクがトランプを支持した理由は、バイデン政権のEV支援策はテスラの競争相手によりメリットがあり、支援制度の廃止はテスラに有利と考えたからだろう。しかし、テスラ車の販売は大きく落ち込んだ。マスクのトランプとの喧嘩別れの理由のひとつは、思いもよらぬテスラ車の販売の落ち込みかもしれない。

トランプ大統領の署名により減税法(One Big Beautiful Bill)が7月4日に成立した。結果、2030年代初めまで続く予定だったEV購入に対する最大7500ドルの補助金は、今年9月末で廃止になる。補助金の廃止により10月以降のEVの販売減が予想される。加えてEV販売を中期的に減速させそうな要素がある。生成AIだ。自動運転と組み合わさればAIはEVの販売増に結び付きそうだが、そうではなく販売の足を引っ張るかもしれない。

世界のデータセンター(DC)の半分を持つ米国では、生成AIの利用増によるDC新設と電化の進展により電力需要が大きく増加すると予想されている。全米の送電管理者と電力会社の予想を積み上げると、2035年にピーク需要は2億7000万キロワット増え10億キロワットになり、DCにより電力需要が平準化することから、需要量は53%増え、6兆キロワット時を超えると予想されている。

DC建設の需要予測については過大との見方も絶えない。その理由のひとつは、DCを必要とする事業者が複数の電力会社に供給の依頼を出しており、需要が過大に計上されているとの意見だ。二つ目に、現在の半導体の生産能力では、とても米国のDC用需要を賄えないので、半導体供給が不足するとの見方がある。三番目もやはり必要な設備の供給だ。運転の中断が許されないDCは、非常用電源としてガスタービンを設置するのが普通だが、米国ではガスタービンは最長4年待ちと報道されている。

DCの増設に不透明感はあるが、増えることは間違いないだろう。米国の電力業界で、いま課題とされているのは、DC用の電源の確保と送電設備の増強だ。共に大きな投資を伴うDCへの供給に必要な設備だ。この費用を負担するのは電力の消費者になる。不公平との意見もあり、費用をDC事業者に負担させる動きも出ている。それでも電気料金の値上げにつながると予想されている。

首都ワシントンに隣接するDC密集地のバージニア州北部では、2030年までに電気料金が最大7割値上がりするとの見方をするコンサルもいる。DCが集中する大都市を抱える州では、電気料金がかなり上がるだろう。これはEVの販売に影響を与える。内燃機関自動車とEVの走行に必要な燃料費は車により異なるが、ハイブリッド車では1リットル当たり20km、EVでは1キロワット時当たり8kmを平均とし計算してみよう。

販売される車の4台に1台以上がEVのカリフォルニア州では、ガソリン価格がガロン当たり4.33ドル(米西部には製油所が少なく、ガソリン価格は全米平均より約4割高い)、家庭用電気料金(カリフォルニア州の電気料金は、ハワイ州、コネチカット州に次いで全米3位の高さ)が1キロワット時当たり31.77セントだ。1km走行に必要な燃費と電費はそれぞれ5.7セントと4セントだ。仮に電気料金が4割上がると、EVのメリットとされる安い走行費が失われる。

米国よりもガソリン代が高く、カリフォルニア州よりも電気料金が安い日本では、電気料金の上昇があってもEVの競争力は維持されるだろうが、DCが増える米国では州によってはEVのメリットが失われ、販売に影響が生じることになる。