除草剤ラウンドアップ:ネットでの誹謗中傷に販売企業が損害賠償請求(その-2)


東京大学名誉教授

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4 インターネット空間における偽情報と誹謗中傷

科学界や法廷での論争は、インターネットという増幅装置を通じて、より単純で感情に訴えかける物語へと変換され、瞬く間に拡散された。インターネット上で流布される「ラウンドアップ危険論」には、いくつかの共通したパターンが見られる。これらは科学的な正確さよりも、感情的な共感や特定の信念体系への合致を優先する傾向がある。

最も一般的な手口は、IARCの「おそらく発がん性がある」という分類を、危険性の決定的証拠として提示する一方で、リスク評価を行う世界の主要な規制機関が下した矛盾する結論を完全に無視するか、あるいは軽視することである。IARCの評価と、規制機関の見解の違いは意図的に消去される。

グリホサートを安全と結論付けた全ての規制機関は、モンサント社(バイエル社)の企業利益によって買収・支配されている「御用学者」や「腐敗した組織」であると主張する。この物語は、自らの信条に反するあらゆる証拠を「陰謀の産物」として退けることを可能にし、信奉者を外部の批判から免疫化させる。

人口レベルの疫学データや毒性学的な議論よりも、科学的に否定されたセラリーニ論文のラットの衝撃的な写真や、個人の悲痛な体験談を前面に押し出す。目的は、恐怖や怒りを引き起こすことであり、これらは冷静でニュアンスに富んだ科学的議論よりも、オンラインでの共有を促進する強力な動機となる。

毒性学の基本原則である「用量が毒を作る」という概念を無視し、グリホサートを単に「毒」や「猛毒」と表現する。植物を枯らすという事実と人体への影響を混同し、「殺すために作られた化学物質は、本質的に人間にも危険である」という単純な、しかし非科学的な論理を展開する。

ラウンドアップを、モンサント社がベトナム戦争時に製造した枯葉剤エージェント・オレンジと結びつける。これらは全く異なる化学物質であるが、この関連付けによって「本質的に邪悪な企業」というイメージを補強し、製品への不信感を煽る。

これらの単純化された物語は、デジタルメディアの構造によって効率的に増幅され、特定のコミュニティ内で真実として受け入れられていく。X(Twitter)やFacebookのようなプラットフォームは、これらの単純で感情に訴える物語が急速に広がることを可能にする。実名・匿名のユーザーがこれらの主張を共有・反復することで、あたかもそれが広範なコンセンサスであるかのような幻想を生み出す。反GMO、自然派健康法、陰謀論などを専門とするウェブサイトのネットワークが、これらの物語の貯蔵庫および増幅器として機能する。彼らはしばしば自らを、腐敗した体制に立ち向かう勇敢な真実の探求者として描き、ターゲットとする読者層からの信頼を獲得する。これらのサイトは、互いにリンクを張り合い、IARCの報告書やセラリーニ論文を引用することで、専門家でない読者には一見信頼できるように見える「情報源の網」を作り上げる。しかし、その実態は自己言及的で誤って解釈された情報の閉じたループに過ぎない。

このデジタル空間での言説は、もはや科学的な議論ではなく、「物語の戦争」の様相を呈している。そこでは、事実の正確さよりも、いかに説得力を持って「巨大企業が利益のために人々を毒し、勇敢な活動家や被害者がそれに立ち向かう」という道徳的に分かりやすい物語を提示できるのかが勝敗を分ける。科学的な事実は、この大きな物語に奉仕するための小道具として、都合よく利用されたり無視されたりする。

この「ラウンドアップは危険」という物語の絶え間ない反復は、「利用可能性カスケード」として知られる心理バイアスを引き起こす。頻繁に目に触れるほど、それは身近で、真実味を帯びて感じられるようになるのだ。こうして、さらに多くの人々がそれを信じるようになり、専門家のコンセンサスとは完全に乖離した世論が形成される。このカスケードこそが、最終的に規制当局への政治的圧力や、訴訟における陪審員の心証を形成する土壌となるのである。

5 日産化学の法的対応

「物語の戦争」に勝利する方法は、こちら側の物語を広めることしかない。その戦いの口火を切ったのが日本の企業である。日本でラウンドアップを製造・販売する日産化学は、2025年3月に、インターネット上で製品に関する虚偽かつ損害を与える情報を拡散していた個人を特定し、損害賠償を求める訴訟を東京地方裁判所に提起したのである。

この行動の目的として、日産化学は「農業生産者が安心して製品を使用できる環境を守るため」であり、「悪質な誤情報には法的措置を含む厳正な対応を取る」と表明した。さらに、この訴訟を通じて「情報発信(投稿)の前に自分の知識や持っている情報の正しさを検討・検証することの重要性に気付くきっかけとなって欲しい」と述べ、安易な虚偽情報の投稿が横行するインターネット空間に対し、情報発信の自己規律を促すという社会的意義を強調した。

日産化学のこの決断は、企業が個人を訴える際に直面する多くの困難を乗り越えてなされたものであり、その背景には慎重な戦略的計算があったと推察される。一般的に、企業が個人に対する訴訟をためらう理由は複数存在する。訴訟は、弁護士費用や社内リソースの観点から、極めてコストと時間がかかるプロセスである。巨大企業が一個人を訴えるという構図は、恫喝的訴訟との非難を受けるリスクを内包し、訴訟内容の正当性とは無関係に、企業は「力で批判者を黙らせようとする怪物」として描かれやすい。結果として、情報を抑制しようとする試みが、かえってその情報を広く拡散させてしまう可能性がある。

そのような理由から、ほとんどの企業は、個別の投稿者との直接的な法廷闘争を避け、プレスリリースの発表や自社ウェブサイトでの訂正情報の発信といった、より対立的でない手段を選択する傾向にある。日産化学の訴訟は、一個人の投稿から得られる損害賠償額という直接的な利益を目的としたものではなく、より広範なオンラインコミュニティに対する強力なシグナルを送るための戦略的行為、すなわち「抑止力」としての意味合いが強いと考えられる。この訴訟は、同様の投稿を検討している他の人々に対して、「匿名であっても特定され、法的な結果に直面する可能性がある」という新たなリスク認識を植え付ける。これにより、カジュアルな偽情報の拡散に対する心理的なハードルを上げ、最も悪質な誹謗中傷を抑制する効果を狙ったものと分析できる。この訴訟の主たるオーディエンスは、被告本人以上に、将来の潜在的な被告たちなのである。

判決は2025年8月に出された。日産化学の発表は以下のとおりである。『この度提起致しました複数の訴訟について、いずれの件も当社側の主張が認められ、賠償判決または和解による和解金支払いという結果になりました。 加えて、二度と同様の虚偽情報の投稿・流布などを行わない旨の誓約書も実名で提出いただいています。 当社は今後も偽・誤情報に対し法的措置を含めた断固とした対応を取ってまいります。』

報道によれば、ラウンドアップを「猛毒」「枯れ葉剤と同じ成分」などと明らかに虚偽の書き込みをしていた投稿者に投稿の削除を要請し、応じなかった複数の投稿者には、損害賠償を求めて提訴した。その結果、多くの被告は和解金支払いと誓約書提出に応じ、和解に応じなかった投稿者に対して、東京地裁が損害賠償金の支払いを命じたものである。提訴された投稿者は50~70代であり、ネットに氾濫するフェイクニュースを信じて、そのまま拡散したようだ。

日産化学の行動は、企業のレピュテーション・マネジメントにおける戦略転換の可能性を示唆している。従来の、批判に対して受動的に反応する「防御的」な姿勢から、誹謗中傷の源流を積極的に断ちに行く「攻撃的」な姿勢へのシフトである。これはハイリスク・ハイリターンな戦略であり、成功すれば悪質な中傷を効果的に抑制できる一方、もし恫喝的訴訟として世論の反発を招けば、企業の評判を著しく損ない、批判者をかえって勢いづかせる危険性もはらんでいる。今回の判決は、同様の課題に直面する他の企業にとって、より攻撃的な法的姿勢が現代の情報環境において有効なツールとなりうることを示した画期的な指標となるだろう。

6 不確実な未来のかじ取り

ラウンドアップをめぐる論争、科学的評価と政治的・法的圧力との間の緊張関係は、依然として解消されていない。2023年11月、欧州委員会はグリホサートの承認を2033年12月15日まで、さらに10年間更新することを正式に決定した。この決定は、EFSAと欧州化学物質庁(ECHA)による包括的な科学的評価に基づいている。両機関は、数千の研究をレビューした結果、重大な懸念領域は特定されず、グリホサートを発がん性物質として分類する根拠はないと結論付けた。

しかし、この決定に至るプロセスは極めて政治的であった。欧州委員会は、加盟国間の投票で2度にわたり承認更新に必要な特定多数に達しなかったため、自らの権限で決定を下さざるを得なかった。フランスやドイツのような主要国は、EUの科学機関の見解とは裏腹に、国内でのグリホサート使用を段階的に廃止する方針を表明しており、強い政治的・世論的圧力が存在することを示している。

EPAは、その農薬登録審査プロセスを通じて、一貫して「グリホサートはヒトに対して発がん性があるとは考えにくい」とし、「現在のラベルに従って使用された場合、ヒトの健康への懸念されるリスクはない」と結論付けてきた。しかし、EPAの規制プロセスは法的な挑戦によって停滞している。2022年、連邦控訴裁判所はEPAの暫定決定のヒト健康に関する部分を無効とした。その理由は、科学的評価が間違っているからではなく、EPAがその結論に至った理由を十分に説明しておらず、また絶滅危惧種法(ESA)の下での義務を適切に完了していなかったという手続き上の不備を指摘したものであった。この状況は、製品の安全性に関する科学的評価が変わらない場合でも、手続き上の法的挑戦によって規制プロセスがいかに遅延し、複雑化しうるかを見事に物語っている。

EUと米国の事例が示すのは、規制機関による堅牢な科学的評価は、もはや製品の市場アクセスや社会的受容を保証するのに十分ではないという現実である。EFSAやEPAといった第一級の科学機関が安全であると結論付けても、政治的な計算(EU)、あるいは規制プロセスの手続き上の脆弱性を突く法的挑戦(米国)が、科学に基づく決定を覆したり、無期限に遅延させたりする可能性がある。これは、規制対象となる製品を持つあらゆる産業にとって、科学的なデータファイルと同様に、政治的・法的な戦略が不可欠となっていることを示唆している。

7 米国「MAHA委員会」とケネディ長官のパラドックス

米国のグリホサートをめぐる状況は、2025年に入り、新たな、そして極めて複雑な局面を迎えた。トランプ政権下で設立された「アメリカを再び健康にする委員会(MAHA委員会)」と、その委員長に就任したロバート・F・ケネディ・ジュニア保健福祉長官の存在が、この問題に新たな力学をもたらしている。

2025年2月の大統領令により設立されたMAHA委員会は、「子供の慢性疾患の危機」に対処することを目的としている。委員会が発表した報告書は、子供の健康悪化の要因として、不健康な食生活(特に超加工食品)、環境中の化学物質への曝露、運動不足、そして「過剰医療」(多すぎる処方薬やワクチンなど)の4つを挙げている。

この委員会のトップに、ケネディ氏が就任したことは、農業界および化学業界に大きな衝撃を与えた。彼は保健福祉長官に就任する以前、著名な環境弁護士として、長年にわたり農薬産業と対立してきた経歴を持つ。特に、モンサント社を相手取ったラウンドアップ訴訟では、原告側弁護団の一員として、画期的な勝訴判決を勝ち取った実績がある。彼の活動は、ラウンドアップが危険であるという世論形成に大きく貢献してきた。

MAHA委員会の報告書は、当然ながらグリホサートにも言及している。報告書は、IARCの評価に言及し、農薬への曝露が子供の健康に与える累積的な影響について警鐘を鳴らした。この内容は、ケネディ氏のこれまでの主張と一致するものであり、反農薬・オーガニック支持派の活動家グループからは歓迎された。

しかし、報告書は同時に、「農業慣行の急激な変化は食料供給に悪影響を及ぼす可能性がある」とも述べ、農家への配慮も示している。これは、農業団体からの反発をいくらか和らげる狙いがあったと見られるが、全米トウモロコシ生産者協会は「報告書は科学ではなく恐怖に基づいている」と批判的な声明を発表した。

最も注目すべきは、ケネディ氏の議会証言である。彼は、上院歳出委員会の公聴会で、次のように証言した。「私はこのプロセスを通じて繰り返し言ってきましたが、この国の農家を一人たりとも廃業に追い込むような措置は取れません。グリホサートに依存している農家は100万人います。この国のトウモロコシの100%がグリホサートに依存しているのです。我々はそのビジネスモデルを危険にさらすようなことは一切しません」。

この発言は、長年モンサント社を「スーパーマンの宿敵のレックス・ルーサー」とまで呼び、グリホサートの危険性を訴え続けてきた人物からのものとしては、驚くべき転換であった。これは、環境弁護士としての「活動家」の立場と、米国の農業経済の現実を直視せざるを得ない「規制当局トップ」の立場との間の深刻なジレンマを浮き彫りにしている。

このケネディ氏の「パラドックス」は、ラウンドアップをめぐる米国の議論をさらに複雑化させている。彼の過去の言動を支持してきた反農薬活動家たちは、規制強化への期待を抱く一方で、その穏健な姿勢に失望を表明する者もいる。他方、農業団体は安堵しつつも、依然として彼の真意を測りかね、警戒を解いていない。

おわりに

除草剤ラウンドアップをめぐる40年以上にわたる論争は、現代社会における科学、法律、メディア、そして公衆の認識が交錯する複雑なダイナミクスを解明するための、ケーススタディとなった。そこにはいくつかの教訓が存在する。

第一に、科学的コンセンサスと、社会的・法的な「真実」との間に深刻な乖離が生じていることである。世界の主要な規制機関が一貫して「リスク評価」に基づき、適切な使用条件下での安全性を確認しているにもかかわらず、IARCによる「ハザード評価」とそれを基盤とした米国の訴訟は、全く異なる物語を構築し、世論を形成した。これは、科学的な証拠の重みよりも、法廷での立証基準の違い、陪審員の感情に訴える物語の力、そして「ハザード」と「リスク」という専門用語の戦略的利用が、公衆の認識を決定づける可能性があることを示している。

第二に、企業の直面するリスクが、科学的・技術的なものから、法的・レピュテーション的なものへと質的に変化したことである。ラウンドアップの事例は、製品の安全性を科学的に証明するだけでは不十分であり、企業は常に「訴えられるリスク」と「悪評が広まるリスク」に晒されていることを明らかにした。特に、インターネットとソーシャルメディアは、単純化され、感情に訴える偽情報を瞬時に拡散させる強力な増幅装置として機能し、企業がコントロール不可能なレベルでレピュテーションを毀損する。

第三に、この新たなリスク環境に対応するためには、従来の広報活動の枠を超えた、包括的かつ戦略的なアプローチが不可欠であるということだ。日産化学が日本で取った訴訟という手段は、受動的な防御から積極的な抑止へと向かう、企業の姿勢変化の可能性を示唆している。しかし、訴訟は高いリスクを伴う諸刃の剣であり、万能薬ではない。真に効果的な戦略は、訴訟を最後の手段と位置づけつつ、平時から信頼性の高い情報ハブを構築する「積極的コミュニケーション」、デジタル空間の可視性を管理する「レピュテーション・マネジメント」、そして学術界や規制当局との連携を通じた「第三者からの信頼獲得」を組み合わせた多角的なものでなければならない。これはもはや単なるコミュニケーション部門の課題ではなく、法務、研究開発、経営層が一体となって取り組むべき、中核的な経営課題である。

最終的に、ラウンドアップの物語は、科学技術と社会との関係性がいかに脆弱であるかを我々に突きつけている。科学的な真実が、政治的意図、経済的利害、そしてメディアの物語によって容易に歪められうる現代において、企業、規制当局、そして科学コミュニティは、国民との間で透明性の高いリスクコミュニケーションをいかに構築していくかという、より根源的な問いに直面している。この問いに対する答えを見出す努力なくして、第二、第三のラウンドアップ論争を防ぐことはできないだろう。