省エネルギー規制は緩和すべきである
杉山 大志
キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹
本稿はキヤノングローバル戦略研究所 杉山大志研究主幹著 「【研究ノート】省エネルギー規制は緩和すべきである」からの抜粋です。全文はこちらのリンクをご覧ください。
https://cigs.canon/article/20250709_9023.html
要約
日本の「エネルギーの使用の合理化等に関する法律」(通称:省エネ法)はエネルギーの無駄を省きつつ経済的合理性を追求するという性格のものだった。
しかし近年、省エネ法は大きく変質して、費用対効果を度外視した規制強化が行われるようになった。特に2022年の改正では法律名に「非化石エネルギーへの転換等」が付け加えられて、元来の目的を逸脱してCO2の排出を規制する法律へと変容し、産業や家計にコスト負担を強いるものとなってしまった。
従来、省エネ法は産業政策としては失敗し、国内産業の停滞や空洞化を食い止める効果はなかった。現代では、規制的な手法はAIやIoTなどによる急激な技術進歩についていけなくなった。
現行の省エネ法は大幅に見直し、合理化と往々にして相反するCO2削減は法の目的から外し、規制色は緩めるべきである。
目次
要約・・・・・・・1
省エネ法の目的と拡大の沿革
省エネ法の変質:CO2規制の追加とコスト増大
省エネ法は産業政策として有効なのか?・・・・・・・2
提言:省エネ規制緩和・・・・・・・3
参考文献・・・・・・・4
省エネ法は産業政策として有効なのか?
省エネ法の一つの論点は、それが産業政策として有効なのか否かである。エネルギー効率規制には、自国産業に省エネ技術開発や高性能製品の市場を与えることで国際競争力を高めるという側面も期待されてきた。しかし、省エネ法は家電産業や製造業の国際競争力強化には失敗したように思われる。
家電機器分野では、トップランナー制度の寄与もあって、製品の省エネ性能は世界トップクラスまで高められたものの、かつては世界市場を席捲した日本メーカーのビジネス上の優位は全く維持されなかった。平成以降、デジタル家電の市場では低価格戦略やマーケティング力に勝る韓国・中国メーカーに日本勢は敗北し、国内市場自体が長期低迷する中で日本メーカー各社の経営は悪化、多くの老舗電機メーカーがテレビ等の赤字事業を海外企業に売却する事態となった。省エネ性能は製品競争力の一要素に過ぎず、価格競争力や新機能開発で遅れをとれば市場シェアは奪われる。日本の省エネ政策が直接の敗因ではないにせよ、省エネ性能の追求自体は産業競争力を保証しないことは歴史が示したと言える。
産業部門(工場)に目を転じても、日本の重工業は1970年代以降、省エネを徹底して世界トップレベルの低エネルギー集約度を達成してきたが、それでも経営環境の厳しさから製鉄や化学プラントの統廃合、海外移転は避けられなかった。要するに、エネルギー効率がどれほど良くとも、為替や資源・エネルギーの価格、市場需要といったマクロ要因の前には企業収益を左右する力は限定的なのである。
巨額の財政支出を伴う省エネ推進策が産業振興に失敗した例としては、2009~2010年に実施された家電エコポイント制度が挙げられる。政府が約1兆円もの予算を投じて省エネ家電(薄型テレビ等)の買い替え需要を喚起したが、需要の先食いによる一時的特需に終わり、その後市場は反動減で冷え込み、結果として国内テレビ産業の復活には何ら寄与しなかった。CO2削減効果もほとんど確認されず、産業政策として明白な失敗だった。このように、省エネ法および関連政策は必ずしも日本産業の競争力強化策とはなっておらず、むしろ産業構造の劇的な変化(デジタル化・グローバル化)についていけなかった。
現在の技術革新の動向から見ると、強制的な省エネ規制の有効性には限界が見えている。昨今はAI・IoT等の新技術により機器やシステムが高機能化・複雑化しており、エネルギー効率を何をもって測るかということ自体が難しくなってきた。例えば最新のエアコンは人の在室や体感温度に応じて自動制御する高度な省エネ機能を備えるが、その効用は使用環境によって変わるため、旧来型の定格性能評価では実態を十分反映できない。また、一つの機器がスマートフォンのように電話・TV・PCを代替してしまえば、個別の機器効率よりもサービス全体での省エネ効果を見る必要があるが、これも評価は難しい。
技術進歩が破壊的イノベーションを通じて産業構造を塗り替える時代において、数年先の姿すら読めない製品市場に対し、官が基準を設定して規制をするというスタイルの有効性には疑問符が付く。むしろ、基準が陳腐化したり、あるいは予期できないイノベーションを阻害したりするリスクがある。
提言:省エネ規制緩和
以上の議論を踏まえ、本稿が提言するのは省エネ法の大幅な規制緩和である。
CO2削減という目的は、エネルギー利用の合理化という目的と往々にして相反する。このため、両者を1つの法の目的にするべきではない。CO2削減は、法の目的から除外すべきである。
エネルギー利用の合理化という目的は引き続き重要ではあるものの、現在ではその達成手段を民間の自発的取り組みに委ね、政府は規制からは撤退すべき局面に来ていると考える。主な理由を以下に整理する。
第一に、企業も家庭も既に省エネ=コスト削減の意義を十分認識している。省エネ法導入以前とは異なり、エネルギーの無駄遣いをしていては競争力を失うことは常識となっている。実際、省エネ法の指定事業者となっているような工場では、省エネの取り組みは「当たり前のもの」として現場に浸透しており、経営者から命じられずとも現場主導で「エネルギーコスト削減」を目的に設備更新や改善提案が行われるケースも多い。家庭部門でも電気・ガス料金の値上がりを受けて家電の電力消費などには関心が高い。自発的な省エネインセンティブが社会に浸透した現在、国が細部まで強制しなくとも相応の省エネは達成される土壌ができている。
第二に、規制では適切に対応できない時代になった点がある。AI/ IoT時代の製品は多機能で多様化し、エネルギー使用形態も千差万別である。旧来型の規制はその複雑性に追いつかず、基準は的外れになったり、無意味な努力を強いたりする可能性が高い。エネルギー利用の合理化のための技術の取捨選択は官の規制ではなく企業の市場競争とユーザーの選好に委ねる方が合理的である。
仮にエネルギー消費が無駄に多い製品を売る企業があればユーザーによって罰せられる。かつては、政府がトップランナー規制を策定しなければ、ユーザーはそのような判断をできなかった。しかしいまやインターネットを通じて、悪い製品や企業についての情報はユーザーが入手できるようになった。
規制には、日本市場だけに特殊仕様を要求することで、企業の開発負担が増し、国際市場への製品投入が遅れる「ガラパゴス化」のリスクもある。むしろ規制緩和によってメーカーの裁量を広げ、新技術の投入とエネルギー利用の合理化を市場メカニズムに委ねることで、結果的により大きな省エネとイノベーションを両立させる余地が生まれると考えられる。
第三に、行政コスト・企業コストの削減である。省エネ法の廃止により、毎年数千社分のエネルギー使用量報告を審査し管理するといった行政事務の負担が省ける。また企業側も報告書作成やエネルギー管理担当者選任といった遵守コストを削減できる。人材難の折、企業は限られたリソースを、本業である生産性向上や技術開発への投資などに振り向けることが望ましい。省エネは企業のコスト低減のための一つの手段であってそれ自体が目的ではない以上、その達成方法は各主体に委ね、コストに見合う範囲で追求すれば十分である。政府は情報提供や基礎研究支援など間接的手法に徹し、規制から撤退することで全体最適を図るべきだろう。
以上の理由により、現行の省エネ法は大幅に規制緩和すべきである。日本がエネルギー資源に乏しく省エネ努力を重ねてきた歴史は誇るべきものがあり、今後も省エネ技術の研鑽は重要である。しかしそれは今や民間主導で進めるべき段階にあり、政府が細かく強制せず、市場原理と当事者の合理的判断に任せた方がよい。民間の創意に委ねる方が、まったく新たな技術・サービスを通じた真に効果的な省エネが期待できる。
参考文献
省エネルギー政策の概要や本稿で提示した事例についての平易な解説としては以下およびその文献を参照されたい:
杉山大志(2018) 【合理的環境主義者の視点】これからの省エネ政策のありかたは?
https://cigs.canon/article/uploads/pdf/column/1812_sugiyama.pdf