IEAのシナリオは当たってきたか?
印刷用ページ監訳 杉山大志 訳 木村史子
本稿はロジャー・ピールキー・ジュニア
Hits and Misses: A new analysis of the historical performance of International Energy Agency scenarios, The Honest Broker 2025.2.11
https://rogerpielkejr.substack.com/p/hits-and-misses
を許可を得て邦訳したものである。
「シナリオ」という用語は、1960年代にランド研究所の研究者グループによって導入された。ハーマン・カーンは1979年にその由来をこう説明している。
「我々は、シナリオと言う言葉を、美化を避けるために意図的に選んでいる。シナリオには、深刻に受け止めるべきであるとか、現実の世界の様相を反映したものであるべきといった概念はない。あるシナリオは現実を反映するものだし、あるシナリオは現実を反映しない場合もある。シナリオとは、多かれ少なかれ想像力を働かせた一連の出来事であり、それぞれの出来事が他の出来事の文脈を形成し、『ストーリー』に時間的な連続性を持たせるように組み合わされたものである。」
したがって、政策情報を提供するために作成されるエネルギーに関するシナリオは、予測や予言ではなく、「想定される状況をもっともらしく導く可能性のある一連の出来事を、ある程度詳細に仮定して記述する試み」である。シナリオは予測ではないとはいえ、現実的に役立てようとするならば、必然的にある程度の妥当性を持たせなければならないのである。
このほど発表された重要な論文:Lopez et al. 2025「Paving the way towards a sustainable future or lagging behind? An ex-post analysis of the International Energy Agency’s World Energy Outlook(持続可能な未来への道を開くのか、それとも遅れをとるのか?World Energy Outlook(WEO)の事後分析)」は、国際エネルギー機関(IEA)が毎年発表するレポートであるWorld Energy Outlook(WEO)のシナリオを、1993年から2022年までの期間において、現実世界が実際にどのように進展してきたかと比較し、定量化したものである。
IEAシナリオは予言ではないため、このような分析を行う際には、現在私たちが向かっていると思われる方向に基づいて、もっともらしい未来を提示するものであること、そして、私たちが方向転換した場合に望ましい(規範的な)未来を提示するものであることを念頭に置くことが重要である。さらに言えば、IEAのシナリオは提示する未来から独立しているわけではない。これは規範的なシナリオの場合は、特にあてはまる。
IEAのシナリオと、主要なエネルギー変動要因に関連して世界が実際にどのように変わっていったかを比較すると、IEAのもっともらしい未来を想像する能力と同様に、IEAが世界をどのように変えていこうと考えていたのか、また変えていくべきだと考えていたのかがよくわかる。もちろん、効果的な意思決定は、ある分かれ道を選んだ場合の結果を予測する能力にかかっているため、ここには多くのグレーな部分が含まれてくる。
このような点を念頭に置いて、Lopez et al. 2025の論文の最も興味深いポイントについて見てみよう。なお、以下に彼らのデータに関する私の解釈を掲載するが、これは論文の著者の解釈と一致する場合もあれば、一致しない場合もあることをご了承いただきたい。
ロペスらは、IEAが毎年発表するWorld Energy Outlook(WEO)の中で次の2種類のシナリオを挙げている。
・展望(outlook)シナリオ:現在の政策展開に基づくシナリオ
・規範的シナリオ:パリ協定などの長期目標に沿ったエネルギーシステムの道筋を描くシナリオ
下図は、1995年から2022年までの展望シナリオと、2010年から2022年までの規範的シナリオについて、世界の総エネルギー需要に関するIEA WEOに示されたシナリオを表したものである。

一次エネルギー総需要の実績(太い青線)とIEAシナリオ。
出典:Lopez et al. 2025
ただし、 Y軸の縮尺が異なっていることに注意 (筆者が調整)。
展望シナリオは、世界金融危機とCOVID-19パンデミックによって中断されたが、それを除けば、世界のエネルギー需要は着実に、ほぼ直線的に、そしてとどまるところを知らずに増加している、という現実と見事に一致している。対照的に、規範的なシナリオは、2020年頃から世界のエネルギー需要が横ばいになることを示唆している。
現実の世界は、規範的シナリオの意味するところに従っていない。それは具体的に言うと、世界のエネルギー需要はピークに達し、緩やかな減少に転じるはずだった、というシナリオである。私は、IEAの規範的シナリオに明示されている、エネルギー需要の停滞または減少を目指すべきであるという考え方に異議を唱えてきた。それはIEAの持続可能性シナリオには明らかに欠落している有り余るエネルギーというよりも、脱成長のように思える。
石炭による世界の総発電量に関するIEAの展望シナリオには、いくつかの興味深い特徴があり、それについては下図をご覧いただきたい。

石炭による発電の現状(太い青線)とIEAの展望シナリオ。
出典: Lopez et al. 2025
まず、2006年から2008年のWEOシナリオが、石炭発電の大幅な増加を提示していることに注目してほしい。この時期は、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)のいわゆるRCPシナリオが策定されていた時期であり、その中には私たちにとって馴染み深いRCP8.5も含まれている。石炭火力による未来という熱狂的な夢はIEAのWEOでも見られたが、IEAがいかに早く極端な石炭火力の未来から脱却したかに注目してほしい。2010年までにIEAは石炭の予測を大幅に下方修正したのである。皮肉なことに、それはRCP8.5が査読付き文献に現れる1年前のことである。
第二に、2020-2022年の間WEOが石炭による発電量の見込みを劇的に減少させていることに注目してほしい。これは展望シナリオであり、規範的シナリオではないことを忘れないでほしい(図には示していないが、規範的シナリオであるIEA WEOのNZE 2021年と2022年のシナリオでは、早ければ2040年までに石炭はゼロになると想定している)。
RCP8.5や、「石炭への回帰」を予測した他のシナリオの欠陥は、2017年まで(ジャスティン・リッチーとハディ・ドゥラタバディによる素晴らしい研究による)査読付き文献で包括的に文書化されなかったものの、RCPが完成し発表される以前から、エネルギーモデリングの専門家たちは、極端な石炭の未来がもはや現実的でないことをよく理解していたことは、Lopez et al. 2025の論文からも明らかである。
RCP8.5(およびそれに類するもの)の継続的かつ広範な使用は、気候科学における重大なスキャンダルであり続けている。
IEAシナリオのさらに興味深い2つの側面を見てみよう。どちらも、エネルギー・シナリオで形式化された実現可能な未来を想像する範囲をもっと広げる必要性を示唆している。
まず、下図は、IEAの規範的シナリオにおける太陽光発電の年間設備容量の追加予測を示している。

年間太陽光発電容量 の追加分の推移予測
出典:Lopez et al. 2025
現実は予測をはるかに上回っており、太陽光発電の著しい普及ペースの根底にある急速な技術的・経済的進歩を想像することが根本的にできなかったことを示している。このような状況では、今日の現実についての考察に基づくシナリオよりも、探索的なシナリオ(もしそうならどうなるか)の方が有用かもしれない。
次に、下図はIEAの規範的シナリオにおける原子力による総発電量を示している。
IEAは、その規範的シナリオにおいて、急速な脱炭素化を達成するために必要な原子力の急速な成長を一貫して想定してきた。しかし、現実の世界は2010年以降、WEOのすべての規範的シナリオに遅れをとっている。もっとも今日、原子力ルネッサンスの兆しがあるように、IEAは間違っていたわけではなく、時期が早すぎただけかもしれない。
太陽光発電と原子力発電の両方について、現実とIEAの規範的シナリオとの間に大きなギャップがあることは、なぜ観測された結果がシナリオとこれほど著しく異なるのかをもっとよく理解するための研究のモチベーションとなるはずである。このギャップは政策によるものなのか?それとも技術なのか?あるいは経済学か?それともシナリオの欠陥によるものなのか?これらすべてが原因なのか?
40年以上前に書かれた論文の中で、W. へ―フェレとH.H. ログナーは、エネルギー未来の定量的シナリオを定性的に考えるための重要な知見を次のように示している。
「数学的モデルは、観察されたパターンが、何が適切で何が適切でないかの理解を深める全体像を描くための絵筆のようなものである。だからこそ、私たちはこのようなモデリングを科学(science)でも芸術(art)でもなく、手仕事(craft)だと考えているのである。」
ロペスらによるすべてのデータは、IEAのWEOシナリオと現実世界のデータに関する非常に広範なデータを提供する有用なスプレッドシートで提供されている。IEAは毎年シナリオを更新しており、約10年に1度しか更新しないIPCCとは大きく異なっている。
シナリオが未来への道しるべとなるのであれば、シナリオの評価と軌道修正は絶対に欠かせないはずである。