国連がたれ流す気候科学の偽情報  なぜ科学者は気にしないのか?

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監訳 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 杉山大志  訳 木村史子
本稿はロジャー・ピールケ・ジュニア Climate Misinformation from the United Nations
A new Swedish Radio investigation has me asking – Does anyone care?
https://rogerpielkejr.substack.com/p/climate-misinformation-from-the-united
を許可を得て邦訳したものである。

海面上昇について話そう。

 先日、ある外国の(米国以外の)、気候危機論者ではない記者と、気候科学における科学的健全さについて否定しようの無い問題点があるという話をしていた。記者は、気候科学コミュニティについて以下の質問をし、私はそれに興味を持った。その質問とは、

「誰も気にしないのか?科学者はそういうことこそを気にする筈なのではないか?」

というものだ。

 気候科学における科学的誠実さの欠如は常態化している。気候科学における明白で重大な問題については、たとえ査読付き文献にそれが記載されていたとしても、気候学者たちのコミュニティが気にかけてくれるとはもはや期待できない。15年以上前、IPCCが災害と気候変動に関するグラフを改ざんしIPCC報告書にそのグラフを挿入したこと、そしてそれを指摘されたときに嘘をついたことを私は文書にして報告している。しかし、その時も、誰も気にしなかった。

 数週間前、スウェーデンの公共ラジオSveriges Radioは、国連によって推進されてきた気候変動に関する複数の誇張と虚偽に関しての素晴らしい調査についてその英語版を発表した。この調査を行ったスウェーデンのジャーナリスト、オラ・サンドスティグ(Ola Sandstig)とSveriges Radioを心より称賛したい。彼らは明らかに「気にしている」のだから。

 虚偽の主張や間違った科学は、気候に関する議論にはつきものであるが、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の母体であり、気候科学について物事を正当に評価することを仕事としている国連が、そうした主張をしてはならない。気候科学コミュニティは、国連が組織的に気候科学を誤って伝えていることを気にかけるべきだ。なぜならそれは、IPCCは公正なのか否かについてどう見られるのか、ということに影響を与えるからだ。

 スウェーデンの調査では、国連が推進する4つの虚偽の主張が示された。それぞれを見てみよう。

サモアの海面上昇に関する誤った情報

国連による解説:
「アントニオ・グテーレス国連事務総長、サモア訪問中に気候変動による暴風雨被害と洪水で廃屋となった家を訪問」
2024年8月22日

 アントニオ・グテーレス国連事務総長は昨年サモアを訪れ、海面上昇と暴風雨の増加のために廃墟となったという廃屋の前で、プロパガンダとしか言いようのない動画を撮影して次の様に述べた。

「こうした家に住んでいた人たちは、海面上昇と暴風雨の増加のために、家をさらに内陸に移さなければならなかった。海面上昇は加速している。海面上昇は90年代の2倍になっている。気候変動によって起こっていることを食い止めることができなければ、サモアで起きている問題はサモアだけでは済まないであろう。」

 スウェーデンのジャーナリスト、オラ・サンドスティグが、2009年にこの家を放棄した人々を追跡したところ、彼らが実際に家を出たのは2009年の地震と津波の後であり、海面上昇や暴風雨の後ではなかったことがわかった。そして、地震や津波は気候変動とは関係ない。

 南太平洋西部では(いや、さらに言えば地球全体においても)、熱帯低気圧の頻度も強度も増加していない。実際、この家が津波の後に廃屋になった2009年、この地域は熱帯低気圧の影響がほとんどない時期だった。

出典:Pacific Islands Climate Change Monitor 2022PICCMの図
“他の地域と同様に、長期的な傾向において、この地域における大規模サイクロンの頻度や規模に顕著な増加傾向や減少傾向は見られない。2010~2020 年までの近年のサイクロン発生数は 1995~2005 年より少ないが、もともと発生数が少ないため、統計的に有意な変化はない。”

 サモアでは相対的な海面上昇が加速している。しかし、これも気候変動とは関係なく、むしろ2009年の地震後に地盤沈下が進んだためである。

出典:NOAA

 相対的な海面上昇の加速の理由はよく理解されており、例えばHan et al. 2019に次のように記されている。

「2009年の地震の後、島々は地盤沈下が続き、相対的水位上昇が増大する(3~6倍速くなる)新たな時期を迎えた。」

 グテーレス国連事務総長のサモアでの写真撮影と報道は、意図的に誤った情報を広めるための試みとしか言いようがない。

誤情報「毎年170万人の子供たちが気候変動で命を落としている」を国連が訂正

 スウェーデン・ラジオのおかげで、スウェーデン・ユニセフは、気候変動が原因で毎年170万人の子供たちが死亡しているという、以前公表していた誤った報告を訂正した。スウェーデン・ラジオは次のように説明している

「気候変動が原因で毎年170万人の5歳未満の子どもが亡くなっているとして、スウェーデン・ユニセフは2019-09-27からこの数字をウェブサイトに掲載していた。2024年秋の時点でスウェーデン版ではこの記載は削除されており、現在は次のように書かれている。『以前のバージョンでは、気候変動によって170万人の子どもが死亡していると記載されていたがこれは誤りで、この数字は大気汚染や 汚染水などの環境要因によるものである』。」

 誤りは起こるものであり、重要なのはそれを発見した後の対応である。スウェーデン・ユニセフは、誤った主張を修正することがいかにいともたやすくできてしまうかを証明している。

謎めいた数字 – 気象災害で死亡する女性と子供の数は男性の14倍

出典:UNDP、2025年3月5日時点。

 この14倍という数字は何十年も前から存在し、国連組織においても見受けられる。スウェーデン・ラジオはこう説明する

「女性や子供が災害により死亡する確率は男性の14倍 / 女性が災害で死亡する確率は男性の14倍。これらの数字は、以下に挙げる国連機関ウェブサイトに記載されている。国連メインページ、UN Women、UNDP、UNDRR、UNESCO、国連、FAO、IUCN。」

 だが、この見解は誤りであり、他の研究者たちもそのことを指摘している。2014年、オスロ国際平和研究所のヘンリク・ウルダルは、この虚偽の数値について、「大義のためということなら嘘をつくことも許されるのか(Is it Acceptable to Lie for a Good Cause?)」と問いかけた。彼はこの誤った数字の出所(皮肉にもそれはコロラド大学ボルダー校である)についてこう説明している:

「女性や子供が災害で死亡する確率は男性の最大14倍であるという主張は、『謎の数字』の典型的な例である。情報源を探し、照合するのに5分もかからなかった。セーブ・ザ・チルドレンは、2013年にプラン・インターナショナルが発表した報告書を引用している。セーブ・ザ・チルドレンもプランも、一見したところ、1997年に『Natural Hazards Observer』という研究雑誌に掲載された記事を引用している。しかし、その記事は、米国の全キリスト教団体であるチャーチ・ワールド・サービス(Church World Service)の牧師が執筆した2ページの寄稿文であることが判明した。クリスチナ・ピーターソン牧師は、彼女の主張を裏付ける出典を何ひとつ示していない。」

 スウェーデンのラジオ局は、アメリカ・ルイジアナ州のピーターソン牧師を訪ねた。ピーターソン牧師は、1997年に自分が書いた根拠のない意見が、2024年に科学的事実として広まっていることに驚きを隠せない様子だった。これについてオラ・サンドスティグは国連にコメントを求めたが、返答はなかった。

あまりにもあり得ない話 気象災害の数は1970年代から5倍に増えている。

 アントニオ・グテーレス国連事務総長による2022年のコメント:

「気象、気候、水に関連する災害の数は、過去50年間で5倍に増加している。」

 過去半世紀で災害が5倍に増えたという主張は、世界気象機関(WMO)がEM-DATデータセットを誤用して発表したものであり、これについては、長年のこのコラム(THB読者)ならよくご存じだろう。WMOの報告書のタイトルは、皮肉なことに『United in Science(科学のもとに団結する)』である。

 EM-DATのデータセットで1970年代から災害が増加しているのは、1970年代から2000年代にかけて災害に関する報告のレベルが向上したためである。後述するように、2000年以降、報告される災害の数は増えてはいない。

 スウェーデン・ラジオが、ベルギーで数十年にわたりEM-DATデータベースを管理運営してきたデバラティ・グハ=サピール氏を取材した内容は以下である。

 報告は改善された。なぜなら、通信がより安く、より簡単になり、今ではほとんど無料だからである。人々はますます移動をするようになり、それにより想像が付くと思うが、多くの出来事が伝えられるようになった。以前にも同じような災害などの出来事は起こっていたかもしれないが、私たちはただそれらの報告を受けなかっただけなのである。この報告の改善は、統計的な誤解を招きやすい。

 実際、気候変動による災害や自然災害は実質的には増加していないが、報告ははるかに容易で、はるかに適切で、はるかに迅速になっている……と言えるだろう。

 どう言えばいいのか。確かに誤解を招くと思う。一方で人々の知性を過小評価しないことだ。人々に真実を伝えてほしい。そうすれば、人々は理解するだろう。

 皆、数字が好きで、数字が大きければ大きいほどいい。そう、もっと質の高い報道を求める、というような舞台裏の解説には誰も興味を示さない。退屈だ、と言うだろう。

 もし私たちが、実際には災害の数は増えていないことを示せば、2つのことが起こり得るだろう。ひとつは、人々が「そんなことがあるはずがない、誰もが災害は増えていると言っている」と言われること、もうひとつはEM-DATデータベースを開発したグハ=サピール自身がやってきて「災害は増えていない」と言うことだ。そこには増えているという証拠もデータもない。私が災害が増加していないと主張しているのではなく、ただデータはそれを示していないと言っているのだ。

 データの信憑性と信用性は、提供するデータの質と正確さに完全に依存している。もし、それを維持することができなければ、人々はあなたの言っていることを信じなくなり、全体がトランプのカードハウスのように崩れてしまうであろう。

 グハ=サピールは当たり前のことをこう述べている。

 本当になすべきことは、公平で正確なデータを示し、できる限り科学的な真実を語ることだ。

 スウェーデン・ラジオのオラ・サンドスティグは国連職員から回答を得ることができたが、職員はこの誤情報を、国連やWMOの誤った主張ではなく、データを理解していない人々のせいにしているようだったと述べている:

 この種の情報があると、印象的な部分に殺到する傾向があり、その背景となる情報は省かれてしまう場合もある。もしかしたら、一部の広報担当者などは、トレンドを構築する要素をあまり評価していないかもしれない。だがしかし、私たちは真剣にこの課題に取り組んでいる。

 国連がこの誤った情報を本気にしているのかどうか、判断するのは難しい。国連は以下に見るように、誤解を招くデータを使って、2030年までに世界の災害が大幅に増加すると予測している。

出典:Left – X/Twitter, Right — UN 2022

 以下は、報告の信頼性が世界的に高まったとされる2000年以降の、最新のEM-DATの時系列データである。EM-DATの使用には依然として注意が必要である。留意してほしい。異常気象の傾向を調べたいのであれば、災害に関するデータではなく、気象や気候に関するデータを直接見ることだ。

グラフはMatthew WielickiがX/Twitterで公開。
EM-DATの気温による死亡の扱い方は時系列で一貫していないため、近年は増加傾向にバイアスがかかっている可能性がある。詳しくはこの投稿を参照してほしい。
このデータはOur World in Dataで見ることができる。

まとめ

 気候科学コミュニティは、政治的アジェンダとして気候変動を推進する人々による誤情報に対処してきた実績が乏しい。これは科学の高貴なる大義の堕落である。もし国連が誤情報を広めているのであれば、公正なやり方であれ不公正なやり方であれ、その国連の傘下にあるIPCCの信頼性が疑われても驚くにはあたらない。

 なぜこのことを誰も気にしていないのか?

 スウェーデン・ラジオの報道はこちらから英語で聴くことができる。気候に関する素晴らしくかつ稀有な報道である。