洋上風力の未来、不安漂う–乗り越える活路はどこに?
石井 孝明
経済記者/情報サイト「withENERGY」(ウィズエナジー)を運営
良いイメージは先行するが…
白い風車、明るい陽光、広がる青い海―。東京で今年2月に開かれた見本市・商談会の「スマートエネルギーウィーク」に行った。すると洋上風力発電をPRするこんな写真と映像ばかりだった。見本市は業界人の関心を感じ取れる。10年前の見本市は放射能防護と太陽光パネル、5年前は陸上風力と蓄電池の写真が並んでいた。エネルギー業界の流行は、今は洋上風力に向いている。
政府の期待も大きい。2月18日に閣議決定された第7次エネルギー基本計画では電源構成に占める現在は約2割の再エネの割合を、2040年度に4〜5割まで増やす目標も掲げた。再エネのうち半分強が、洋上風力になることを期待している。今は少量の洋上風力を、30年10 GW(1GW=100万kW)、40年には浮体式を含め30~45 GWの案件形成を図るとの数値目標も出た。
しかしうまく成長するのだろうか。
三菱商事、洋上風力で巨額損失を計上
政府は2021年に12月に3カ所の海面、170万k Wの設備容量での洋上風力事業者の入札結果を発表した。三菱商事を中心とした企業コンソーシアムが3カ所を総取りし、注目を集めた。ところが今年2月6日に三菱商事は第3四半期決算を公表し、この事業で522億円もの特別損失を計上すると明らかにした。グループ企業が加わる中部電力も3日、洋上風力関連で179億円の特別損失を計上した。同コンソーシアムは、3海域の事業性を再評価した上で、今後の方針を決定するという。しかし、先行きは厳しそうだ。
上限価格(29円/kWh)を大幅に下回る価格(11.99円~16.49円/kWh)で入札
三菱商事の入札の成功は安さとされる。秋田沖では1kW時で11.99円、他の2つも13.26 円、16.49 円で売電するという。同社は欧州で洋上風力の設備会社を買収して、事業を行なっており、3つを同時に手掛けることで、規模を大きくして建設コストを下げることを狙った。またこの入札の仕組みでは、当時は売電価格の安さに高い評点がつく方法であり、競争力のある価格の提案で事業を獲得可能だった。これは日本では前例のない大規模な洋上発電事業だ。
ところが状況は変わった。世界各地でエネルギー危機による資材価格の上昇が風力発電事業を難しくした。そして日本では円安の影響もあった。また初めて大規模洋上風力に取り組む日本では工事や送電への対応で想定外の問題が重なり、費用が膨らんだという。成功の影には、失敗の危険が内包されていた。
最初の洋上風力の大規模事業での失敗は、政府も三菱商事も避けたいだろう。経産省・国土交通省は事後的な制度の見直しによる事業の救済も考慮しているようだ。
「お客様に救われた」、あるネット証券の軌跡から
私はこの報道を見ながら、あるネット証券の社長に、2010年ごろ取材をした経験を思い出していた。この人は1990年代の草創期、先行して事業を行い、小さな証券会社をトップ企業に押し上げた。この人は引退し、もう取材を受けていないので名前は伏せよう。その人になぜ成功したのかを聞いたことがある。
ところが予想外の答えが返ってきた。「成功? とんでもない。何も知らなかったから突っ込めた。運の面が多いし、社長として恥ずかしい失敗だらけだ」と話した。
弱小証券会社であった同社は、バブル崩壊後に、経営危機に直面した。営業マンを使った対面営業では同業他社に勝つ見込みはなく、仕方なくネット化に突き進んだ。後から取引や決済のシステムでさまざまな不具合が出てきた。「いつバックヤードの混乱から、会社が壊れるか分からない危険な状況だった」という。先行者の優位性、また対面営業に比べた手数料の安さで顧客が離れずに乗り切れた。
事業の転換が少し落ち着いた段階で、その経営者は次の3つの行動をしたという。第1に、ネット証券の仲間を増やそうとした。他社の参入を支援はしなかったが、妨害もしなかった。「一社で全部取ると、注目され、恨まれ、攻撃される。逆に身動きが取れなくなりそうだった。お客さまを取り合うより、市場の規模を大きくして新しいお客さまを呼び込む方が楽だった」。
第2に安さを追求しなかった。同社は手数料引き下げの安売り競争に巻き込まれそうになった。しかし同社は付加価値を加えて、値段を下げなかった。もちろん法律違反のカルテルは結ばなかったが、他社も真似をするようになり値下げ競争は止まった。「安売りを一度始めると、売値を引き上げることは不可能だ。売値の決定は商売の根幹。その価値に見合うサービスを提供できるのか、毎日考え続けた」という。
そして第3にシステムへの投資には細心の注意を払った。「素人の私の理解できるもの、つまり普通のお客様が使いこなせるものしか手を出さなかった。新しい技術は警戒した。するとバックヤードの混乱は減っていった。システムは『こなれた』ものしか使ってはならない」。
それでも会社も、業界も、何度も行き詰まりそうになった。この社長は「お客さまに救われた」という。当初はネット証券に証券業界が敵意を持って妨害し、大蔵省(当時)など規制当局も冷たかった。ところが顧客がネット証券の安さ、手軽さを支持した。すると取引の低迷に悩んでいた、業界も当局も、意見を聞き、協力するようになったという。
誰が負担するのか? 受益者の声を聞いて制度と事業の再構築を
ビジネスの素人である記者の私が、プロの商社マンやこのIEEIの読者に意見を言う資格などないことは十分承知している。またネット証券と、エネルギー産業は全く違う業態だ。しかし状況に似た面があるように思う。
偶然だがネット証券の経営者が配慮した3つの点と、三菱商事とそのコンソーシアムは、真逆のことを行なってしまった。安さの追求、総取りによる規模の追求、そして先駆的なポジションを取るために難しい技術を採用した。
さらに、この洋上風力ビジネスには苦境を打開する「お客さま」の支持がない。洋上風力は電力業の発電の一手段だ。事業の受益者である電力の顧客は、安い電力を求めている。ところが国の介入によって、高い再エネに、付加価値があるとされて公的補助が出ている。さらなる負担を、原資を出す有権者でもある顧客が納得するだろうか。政治の現場では、国民民主党などが、最近は再エネによる国民負担の増加への批判を強めている。支援の増加は難しいだろう。
再エネの中で、洋上風力は日本で伸びしろのある領域だ。しかし目先の環境は厳しい。どうしても再エネを増やさなければならないという発想を離れ、再エネ、そして洋上発電の社会での受け入れられ方を考えることが必要ではないだろうか。そこでの鍵は、電気を使う消費者の意向をどのようにビジネスと制度に組み込むかだろう。
再エネを整理し、無理に拡大しないという方向が現時点で、社会状況、合理性、そして民意に沿った結論であると、私は考えている。補助金ビジネスには限界がある。そして三菱商事と国のこの事業の再設計も、その方向の中で解決の道が見つかるのではないか。