原子力産業、生き残りのため海外での可能性


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柏崎刈羽原子力発電所

「ある国」での奇妙な騒動

 ロシアは原子力発電プラントの輸出を国策として取り組んでいる。不気味で不思議な話を紹介したい。関係者に迷惑をかけたくないので話をぼかす。

 2011年に東電の福島第一原発事故が起きる前に、「原子力ルネッサンス」が叫ばれ、原子力発電の導入計画がさまざまな新興国にあった。日本でも、いくつかの企業グループができ、そうした国での売り込みに動いていた。ある国でそうしたグループに、アメリカ人と自称する人当たりの良い白人と現地人の男性コンビが接近してきた。2人は機械商社を現地で経営し、手伝いたいという。調査などの仕事を任せ、少し関係を持った。すると現地の日本大使館からグループに連絡が来た。

 「あの2人はロシアのSVR(対外情報庁、諜報機関)の関係者らしい。気をつけてほしい」。いつもはビジネスを支援する大使館幹部が口重く、これだけ述べて会合を終えた。情報の出所は言わなかった。

 会合の後でそのコンビに急に連絡が取れなくなり、事務所を訪ねると引き払われていた。その後、売り込み先のその国の某組織に行くと担当者に言われた。「あなたたちが、わが国の国民のことを探り、人権侵害だと政府の人が懸念していた。変な動きをしない方がいい」。そのために真相追及をやめた。その国にはロシアの国営企業ロスアトムも、原子力発電プラントの売り込みをしていた。

 結局、その国の政策転換で原子力発電所建設は立ち消えになり、日露とも売り込みに失敗した。「想定外の出来事で自分たちの平和ボケを知った。原子力は国家が関わる」。話を聞いた人は、感想を述べていた。ロシアは諜報機関を投入する(?)ほど、国が原子力輸出に力を入れている。

ベトナム、原子力でロシアを選ぶ?

 世界は再び原子力に関心を向けている。世界一の化石燃料輸出国のロシアの関係するウクライナ戦争や、中東の混乱が続き、世界情勢やエネルギー情勢の不透明感が続く。その中で電力を大量に作れて、二酸化炭素を排出しない原子力発電は、脱炭素の推進に効果のある重要な電源だ。

 ところが2024年に、日本の原子力産業にとっては残念なニュースがあった。同年秋、ベトナム政府は、中部のニャントアン州での原子力発電所建設計画の再検討を公表した。まだ計画は正式決定していない。しかし、ベトナム政府は同年7月に、ロシアの協力で原子力科学技術研究センターの立ち上げ計画を発表。また現時点で80名のベトナム人が、ロシアで原子力関係の教育を受け、半数が帰国していると発表した。ロシアとの協力で建設される可能性が強まっている。

 この建設計画には、以前は日本の東京電力と原子力メーカーからなる企業連合も売り込みを続けていた。2010年には日本とベトナムは政府間で原子力協定を結び、技術提供も可能になった。これは日本の原子力の本格的輸出の最初の例になると期待された。

 ところが東日本大震災、そして東京電力の福島第一原発事故が起きてしまった。それで日本勢の動きは鈍った。さらに2016年にはベトナム政府のエネルギー政策の見直し、ベトナムの国会での建設先送りの決議が出て止まってしまった。ところが、同国の電力需要の急増を受けて、再び計画が持ち上がった。2010年ごろにもベトナムは、日本とロシアを秤にかけて有利な方を選ぼうとしていたが、今はロシアに傾いたということだろう。

 もちろんベトナムとロシアのソ連時代からの友好関係があるのかもしれないが、東電福島事故による日本の原子力への不信が残っているのかもしれない。

海外ビジネス、生き残りに必要

 今の日本の原子力産業は、国内の原子炉の維持が主な収入になっている。工事が行われている建造中の炉は原子力規制委員会の審査で建設が止まったままの電源開発大間原子力発電所(青森県大間町)しかない。発電所の新設で、メーカーは知見、そして利益を得られる。福島事故の後の混乱が一服したためか、24年度からようやく関西電力が原子力の新増設、新型炉の建造を会社の方針として掲げた。日本政府も現在、検討が進む第7次エネルギー基本計画の原案で、原子炉の新増設、新型炉の開発、日本での原子力産業の人材育成を言及した。

 しかしその動きはなかなか具体化していない。各会社は既存原子炉の運営、厳しい規制への対応で精一杯だ。電力自由化の流れの中で、巨額の設備投資の必要な原子力発電所の建設に踏み出しづらい。

 日本の原子力産業は、その質と利益を維持するために、海外でのビジネスを広げるのが一つの生き残る道だ。それは当然、関係者は理解しているだろう。

 岸田文雄前首相が主導して作った枠組みに、「アジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)」がある。日本とオーストラリア、そしてミャンマーを除いた東南アジア諸国連合(ASEAN)9カ国の計11カ国で構成する。23年12月、ASEANの友好協力50周年を記念し東京で開いた特別首脳会議の機会をとらえて、初の首脳会議を開催した。昨年10月にはラオスでのASEAN関連の首脳会議に合わせ、石破茂首相が出席して第2回を開いた(経産省のAZECのサイト
https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/azec.html)。

 24年12月には日本の議員によって「AZEC議員連盟」が作られた。岸田前首相が最高顧問、斉藤健前経済産業相が会長に就任した。初会合で斎藤氏は「日本、そしてアジアの成長モデルを作り出す」と強調した。

 これは、この地域での脱炭素の技術協力を唱えたものだ。ただ目先は日本の省エネ、電力の管理技術などを売り込むもので、原子力の協力などは議題になっていない。ただし、こうしたエネルギー分野の枠組み、協力は将来的に原子力の協力につながる可能性がある。これだけではなく、エネルギーの協力を深め、その中で原子力を売り込める状況を作ってほしい。

日本の原子力は「自由陣営」のもの

 5年ほど前に、ある東欧の外交官と日本のエネルギー技術をめぐる意見交換をした際に言われた。「日本の原子力産業は、自由陣営のものという国際的意味がある。私たちは電力を必要としており、日本の原子力に期待している。私たちはロシア、中国の恐ろしい国の原子力発電技術を使いたくない。彼らと関係を持ちたくない」。

 原子力産業を持つ国は少ない。そして日本は日立が米GE、三菱重工が仏フラマトムの原子力メーカーと提携し、自由陣営の国の企業と協力している。日本の原子力産業の発展は、日本の国益だけではなく、自由陣営の原子力産業を維持する維持の面がある。

 ベトナムでは、原子力の売り込みは厳しい状況になりそうだ。しかし電力の急速な需要増を前に、どの国も原子力の活用に関心を向けている。日本は原子力を使い世界各国と「Win-Win」(共生)の関係を作り、世界の人々を電力で豊かにし、危険な国家が影響力を増やすことを止められる。関係者は当然、その意味を理解しているだろう。ぜひ動いてほしい。そしてそれには、日本の世論の支援が必要だ。福島事故の反省を踏まえながら、国全体で原子力の可能性を期待し、応援するべきと、私は思う。