エネルギー環境教育の歩みと展望(その1)


京都教育大学名誉教授

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 これからのエネルギー環境教育1)を展望するにあたり、これまでのエネルギー環境教育の歩みについて確認しておくことが必要と考える。

1970年代~1980年代のエネルギー環境教育

 日本の教育は、これまでエネルギー問題にしっかり目を向けてこなかった。1973年のオイルショック以降、社会ではエネルギー資源の備蓄、石油代替エネルギーへの転換、省エネの推進等、エネルギー問題に大きな関心を引き起こしたにも関わらず、教育はこの問題に無頓着であった。教育界では、1960年代に大きな教育課題としてクローズアップされた公害教育の進展にも行き詰まりが見え、1970年代は公害教育から環境教育への転換が図られようとしている時期でもあったのだが、環境教育としてもエネルギー問題への着目がなかったということである。

 環境教育は、1972年の国連人間環境会議(ストックホルム会議)の「人間環境宣言」の中でも、教育が「個人、企業及び地域社会が環境を保護向上するよう、その考え方を啓発し、責任ある行動を取るための基盤を拡げるのに必須」であると宣言され、その後、1975年にベオグラードで「国際環境教育ワークショップ」、1977年にトビリシで「環境教育に関する政府間会議」などを経て、世界的に広がりを見せる。しかし、この時期の環境教育は、アメリカを代表として自然保護や自然体験が中核となるような教育のあり方が主流で、イギリスのようにエネルギーの問題を環境教育における重要な内容として位置づけるあり方2)は少数であった。日本は前者の環境教育のあり方に近い形を採ったということになる。

 1980年代は、世界的に環境教育が進展していくとともに、いくつかの国においては教育がエネルギーの問題にもしっかり目を向け始める時期である。日本においては残念ながら学校における環境教育は停滞するとともに、エネルギー問題への着目もほとんど無かった。
 スウェーデンでは、1979年のアメリカ・スリーマイルアイランド原子力発電所の事故を受け1980年に国民投票をして2010年までの脱原子力を政策決定したが、この影響も大きくあり、それ以降、学校教育におけるエネルギー問題の扱いが重視されていく。このことは、この頃の教科書におけるエネルギーに関わる記述を見るとよく分かる。教科書記述は、自然科学系、社会科学系の何れの科目においても見られるが、その特徴として①事実や仕組みの説明を中心とし、価値的な方向付けはしない、②トレードオフの関係を必ず提示する③原子力発電に関する内容を詳しく扱う④将来の社会を見据える、といったことが指摘できる。環境教育の一貫としてエネルギーの扱いを重視していくという形をとっている。

 アメリカでは、環境教育としてはエネルギー問題にほとんど関心を向けていないが、科学教育や技術教育においてはエネルギー問題の扱いを重視している。これは、当時、アメリカでは科学や技術を社会的文脈で捉え、科学的、技術的リテラシーを身につけることを目的としたSTS(Science,Technology & Society)教育が盛んであったことが大きく関係している。だから、教科書を見ると、「エネルギー」に関して自然科学系の教科書では社会科学的な内容が、社会科学系の教科書では自然科学的な内容が詳しく記述されている。
 また、1980年に連邦議会の決議によって設立されたエネルギー教育の専門機関が展開するNEEDプロジェクト(The National Energy Education Development Project)は、幼稚園から第12学年(5歳~17歳)までを対象とする体系的なプログラムを開発し、エネルギー教育の普及に努めていた。

 フランスでは、1980年代初めに脱原子力を掲げて登場したミッテラン社会党政権において、エネルギーの安全保障という観点から国をあげての政策論議の結果、原子力発電中心のエネルギー政策へと転換することになる。この社会的背景において、教育においてもエネルギー教育が重視されるようになる。フランスにおいては、環境教育の一環としてのエネルギー教育ではなく、環境教育と並列させた形でのエネルギー教育を進めていくことになる。自国のエネルギー自給率の低さに基づき、エネルギーの安全保障を確保するという方向に収斂するようにカリキュラムを構成するとともに、エネルギーに関する科学的知識の習得を重視するというフランスのエネルギー教育のあり方が形成されていく。

 ドイツは、1980年代の半ばころまでは、環境教育としてエネルギーの問題にはあまり目を向けていない。もっぱら廃棄物と生態系保護の問題が中心であった。ドイツと言えば、廃棄物の処理・リサイクルのシステムをいち早く確立し、世界的にも環境先進国と知られるが、環境教育においてもそうした方向にあったのだ。ところが1980年代後半になると廃棄物問題にも目処が立ち、地球温暖化への対応が求められるようになる。地球温暖化に対応し、持続可能な社会を築いていくうえでの「エネルギー」の扱いの重要性が浮上してくる。この時期からドイツはエネルギーと生物多様性の問題を中心とする環境教育が進められるようになる。

 日本では、学校における環境教育の実践は低迷するが、研究レベルでの進展は見られる。国立教育政策研究所内の環境教育に関する研究会が1981年と1983年に研究成果を書物にしているが、後者の書物3)で環境教育の内容を「身近な環境」「国土」「地球」「生態系」「生物」「地域」「社会」「資源」の8つとした。「資源」の内容で形成すべき概念としては、「資源の再生可能性と不可能性」「資源の有限性と局在性」「新しい資源とエネルギー源の開発」の3つが掲げられている。エネルギーの問題は「資源」という大きな括りの部分としての扱いではあるが、環境教育の内容として認識されていたことを確認しておきたい。

1)
経済産業省資源エネルギー庁の教育支援事業では「エネルギー教育」と呼称しているが、日本エネルギー環境教育学会が2005年に発足してこの名称で普及啓発している。
2)
イギリスの1970年代初期のG.C.E試験AレベルのEnvironmental Studiesの教授要目はセクション1「自然の中でのエネルギーの流れと資源の限界」(100時間)、セクション2「生態系」(80時間)、セクション3「環境の中での有機体としての人間」(80時間)、セクション4「環境に関する衝突と計画:フィールドスタディ」となっていた。
3)
国立教育研究所内環境教育実践研究会編『環境教育のあり方とその実践』実教出版、1983年