地域生物多様性増進法について
小林 誠
環境省自然環境局自然環境計画課課長補佐
1.法制化の背景
生物多様性は人類の存続の基盤です。食料や水、気候の安定、文化の形成など、私たちの暮らしは生物多様性の恵みによって支えられています。しかしながら、「生物多様性及び生態系サービスの総合評価2021」(Japan Biodiversity Outlook3)によれば、我が国の生物多様性は、過去50年間損失し続けています。そのような中で、現在、生物多様性の保全に向けて国内外で大きな局面を迎えています。
2022年12月に開催された生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)において、新たな世界目標「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が採択されました。この世界目標の2030年ミッションには、「自然を回復軌道に乗せるために生物多様性の損失を止め反転させる」という、いわゆる「ネイチャーポジティブ」が盛り込まれました。2030年のネイチャーポジティブ実現に向けては、「生態系の健全性の回復」が必要となりますが、そのためには、多様な動植物種の生息環境の保全が必要であり、国立公園など大自然の保護に加えて、平地林、里地里山、都市の緑地など人々の身近な自然の保全を進めていくことも同様に重要です。そして、我が国においては、このような身近な自然をはじめとして、企業などの活動によって生物多様性の保全が図られている場所が多く存在することから、民間等の活動を一層促進するために、環境省では、2023年度に「自然共生サイト」認定制度の運用を開始しました。
「自然共生サイト」をご存じですか。「自然共生サイト」とは、企業の森や里地里山、都市の緑地、里海など「民間の取組等によって生物多様性の保全が図られている区域」を環境大臣が認定する制度です。この制度が非常に好調なスタートを切っており、すでに253所を認定することができました。このように、現在、企業を中心に生物多様性の保全に向けて、多くの関心が寄せられており、これまでにない大きなチャンスが到来していると感じています。だからこそ、この勢いを更に加速するためにも、法律に基づく確固たる制度とすることで、認定の制度の安定性・継続性を確保することが重要でした。
「自然共生サイト」は、既に生物多様性が豊かな場所が対象です。自然共生サイト認定によって、今後も適切な保全が継続される蓋然性を高めることで、ネイチャーポジティブの実現、30by30目標(2030年までに陸と海の30%以上を保全)の達成、OECM(保護地域以外で生物多様性の保全に資する地域)の国際データベース登録に繋げていくことが可能です。また、認定されたサイトを管理する企業等にとっても、これまでの保全活動の成果を対外的にPRしたり、情報開示に活用したり等する機会となります。一方で、ネイチャーポジティブの実現に向けては、生物多様性の世界目標「昆明・モントリオール生物多様性枠組」のターゲット2において「2030年までに劣化した生態系の少なくとも 30%で効果的な再生を行うこと」とされているように、現状では生物多様性が劣化・失われている場所においても、生物多様性の回復や創出を図ることが必要です。そのため、既に豊かな生物多様性を維持する活動に加えて、管理放棄地などにおける生物多様性を回復する活動や、開発跡地などにおける生物多様性を創出する活動も促進するためにも、制度の法制化が効果的でした。なお、回復・創出の場所は、現状ではOECMにはなりませんが、生物多様性を回復・創出する活動の結果として、活動場所の生物多様性が豊かになれば、OECMとなり、30by30目標の達成にも貢献するため、維持だけでなく、回復・創出する活動も非常に重要になります。
2.地域生物多様性増進法
正式な法律名は、「地域における生物の多様性の増進のための活動の促進等に関する法律」です。令和6年法律第18号として、2024年4月19日に公布されました。「法制化の背景」のとおり、2023年4月からスタートした「自然共生サイト」制度を踏まえた法制度ということになります。
本法では、生物多様性を維持し、回復し、又は創出することを生物多様性の「増進」と定義しています。そして、基本理念において、豊かな生物多様性を確保することが人類の存続の基盤であること、そして、生物多様性など自然環境の保全と経済・社会の持続的発展との両立が図られる、「自然と共生する社会」の実現を目指すこと、が謳われています。
メインの制度は、「増進活動実施計画等の認定制度の創設」です。認定制度は大きく2つあり、一つ目は、企業等が、里地里山の保全、外来生物の防除、希少種の保護といった生物多様性の維持・回復・創出に資する「増進活動実施計画」を作成し、主務大臣が認定する制度です。これは、自然共生サイト認定制度の法制化と考えていただければと思います。違いは、場所に紐付いた活動計画を認定するところにあります。将来にわたり場所の保全を担保するためには、その場所でどのような活動を実施するかが重要となります。そのため、場所に紐付いた活動計画を認定する制度としました。また、前段でご説明したとおり「自然共生サイト」は、既に生物多様性が豊かな場所を対象としていましたが、活動計画を認定する制度とすることで、生物多様性を回復・創出する活動も対象にすることが可能となりました。これによって、生物多様性の損失を抑える施策とその向上を図る施策の両方を推進し、生態系の健全性の回復につながる企業等の活動を促進していくこととしています。
二つ目は、市町村がとりまとめ役として地域の多様な主体と連携して行う活動を「連携増進活動実施計画」として主務大臣が認定する制度です。一つ目の制度と比較すると、市町村が多様な主体と有機的に連携して進めることで、より面的に地域の保全を行なうことができるものです。
法律上のメリットとしては、認定を受けた者は、その活動内容に応じて、自然公園法・自然環境保全法・種の保存法・鳥獣保護管理法・外来生物法・森林法・都市緑地法における手続のワンストップ化・簡素化といった特例を受けることが可能となります。
もうひとつ、本法の特徴的な制度として、「生物多様性維持協定」があります。こちらは、「連携増進活動実施計画」の認定を受けた市町村等は、土地所有者等と「生物多様性維持協定」を締結することができる制度です。この協定を締結すると、たとえ土地所有者が変更されたとしても、協定の効力は引き継がれることになり、生物多様性を維持する活動が長期的・安定的に実施できる蓋然性が高まります。
3.終わりに
現在、生物多様性に関して大きな局面を迎えています。未だかつてないほど、企業を中心に多くの方々が生物多様性の関心を寄せているのではとも感じており、CSR活動に加えて、企業の本業と関連付けて取り組む動きも加速化しています。この流れをきっかけに、企業と地域、行政の連携による活動も促進されることが期待できます。令和7年度から施行される「地域生物多様性増進法」が、この動きを後押しできる制度となるよう、環境省も農水省や国交省など関係省庁と連携を強化し、引き続き各種取組を進めていきたいと考えています。