科学的コンセンサスの武器化

オーソドックスな科学的探究のみが真実への道を与えてくれる。専門家の意見調査によってもたらされることは決してない。

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監訳 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 杉山大志 訳 木村史子

本稿はロジャー・ピールキー・ジュニア 2024年2月6日「The Weaponization of “Scientific Consensus”
Only science offers a path to truth, not surveys of expert opinion
」を許可を得て邦訳したものである。


Clark et al. 2023: 科学への検閲がもたらしうる認識論的帰結。緑の星はXが真実であるとするエビデンス。赤い星はXが真実ではないとするエビデンスである。各エビデンスの重みが等しいと仮定する。Xに不利な証拠を妨害する検閲は、Xが真実でない可能性が高いにもかかわらず、真実であると結論づける査読付き文献を生み出す。

 2022年9月、カリフォルニア州のギャビン・ニューサム知事は、医療関係者が患者と「誤情報」を共有することを禁止する法案に署名した。具体的には、以下のような内容である。

 医師や外科医がCOVID-19に関連する誤情報や偽情報を広めることは、専門家としてあるまじき行為である。

 この法律では 「誤情報 」を次のように定義している。

 誤情報とは、医療において専門家が広く認め使用している水準に反しており、現代の科学的コンセンサスと矛盾する虚偽の情報を意味する。

 この法律は、ある一般的な視点の反映となっている。それはつまり、科学的コンセンサスは真実を示していて、そのコンセンサスから外れた見解は誤情報である、というものである。したがって、誤情報を広めている者を特定するには、単に関連する科学的コンセンサスを特定すればよい、ということになる。そして、そのコンセンサスから外れた者は、誤情報を広めたとして非難されるか、制裁を受けることになる。そして公の場での議論は、誤情報ではなく、認められた事実に基づいて進められる、というのである。

 「コンセンサス」を「真実」とする考え方は、さまざまな形で利用されてきた。例えばジャーナリスティックな「ファクトチェッカー」、学術的な「偽情報」 を発する研究者、ソーシャル・メディア・プラットフォームの投稿への検閲などである。現実的な効果としては、ジャーナリスト、学者、ソーシャルメディア・プラットフォーム、そして政府までもが、自らを真実の裁定者と定め、許容される見解に適合しているか否かという基準で、言論の許容・不許容の判断を下すことができてしまう。

 真実としてのコンセンサスという考え方や、言論を規制するために偽情報を取締るものを(自ら)任命することには、多くの問題がある。それが一般市民によるものであれ、カリフォルニア法の場合のように専門家たちによるものであれ。

 本来は、科学的コンセンサスとは、単一の見解ではなく、見解の分布である。約20年前、私はこの点についてナオミ・オレスケスと『サイエンス』誌上で議論した。オレスケス教授は、928の論文のレビューに基づいて、気候変動に関するコンセンサスは普遍的であると主張する論評を発表し、一躍有名になった。彼女の議論は、科学に対する特徴づけであったが、そこから、普遍的なコンセンサスという主張に基づく政治的行動の必要性へ、とすぐに移行した。

 私は、コンセンサスとは単一のものではなく、分布であり、政策はその分布に対して頑強であるべきだとして次のように主張した

 気候変動に関して私たちが取るべき行動は、(i)科学的観点の多様性、ひいては(ii)コンセンサスの性質に関する観点の多様性に対して揺るぎのないものでなければならない。コンセンサスとは中心的な傾向を示す尺度であり、そのため、その中心的な尺度の周辺には必然的にさまざまな見解の分布が存在する。気候変動に関しては、この見解の分布のほぼすべてが正当な科学的議論の範囲内にあり、IPCC報告書の全文に反映されている。私たちの政策は、単一の中心的傾向を反映するように最適化されるべきではなく、さらに悪しきことに、その中心的傾向を誇張するようなものであってはならない、 その代わり、その中心的なものだけでなく、見解の分布に対応できるよう、十分に強固であるべきであり、そうすることで、私たちが将来もっと多くのことを知る可能性に対するバッファーを提供することができるのである。

 さらに複雑なのは、「気候変動に関するコンセンサス」という概念がまとまりを欠いていることだ。2011年、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)がその第4次評価報告書(AR4)でどのように不確実性を記載したかを調査した際、レイチェル・ジョナソンと私はAR4報告書全体で2,744の「所見」を特定した。そして、それらの所見はそれぞれ科学的な主張であるとされていた。

 それぞれの主張には、ある程度のコンセンサスがあった。見解の分布は、狭かったり(例:気候変動は本当である)、二峰性であったり、あるいは広かったり(例:将来のハリケーン発生率)、後知恵でまったく間違っていたり(例:高排出シナリオはなりゆきで実現されるものである)するなど、さまざまであった。

 先週、グローバル・カタストロフィック・リスク研究所(GCRI : Social and Environmental Entrepreneursというグループが資金援助する非営利団体)が、COVID-19の起源に関する専門家の見解を調査した結果を発表した。この調査結果は、調査発表前にどのような見解があったにせよ、それを後押しするためにソーシャルメディア上ですぐに利用された

 この調査で得られた最も重要なことは、COVID-19の起源に関する専門家の見解がどうであったかということではなく、専門家に対する調査を真実への近道として利用しようとすることの無益さがどうであったか、ということである。

考察

  • 1,138人の専門家に調査への参加を呼びかけ、184人から回答を得た。
  • 回答者の約65%は、COVID-19の起源は10%以上の確率で研究所から持ち出されたものであると考えている。
  • 約23%は、COVID-19の起源が研究所から漏れた事故である可能性は5%未満であると考えている。

 そこには誰にとってもちょっとした得があり、結果はあれこれと解釈することができる。しかし、より興味深いことがさらにある。この調査では、参加者にCOVIDの起源に関連する主要な研究を知っているかどうかを尋ねている。その結果は次のような衝撃的なものだった。

  • 43%の 「専門家 」がProximal Origins(訳注:コロナに関する基本的な専門用語)とは何か聞いたことがないと回答。
  • 78%がDEFUSEの助成金申請書を知らなかった(訳注:コロナに関する危険な実験に関する助成金申請書で、大きなスキャンダルとなった)。
  • そしておそらく最も信じがたいことは、回答者の33%が、存在すらしない研究(Hanlen et al.2022)に精通していると主張したことである。

 詳しい結果は下の表で見ることができる(訳注:翻訳は省略)。関連文献の熟知度に応じた調査結果を見ることができれば、もっと面白かっただろう。

 このGCRIの調査が有益な情報を伝えている限りにおいて、COVID-19の起源に関する見解は非常に多岐にわたっており、資格がある専門家の間では、それらの見解については、完全ではないにしても、十分な情報が得られている、ということである。その一方で、この調査は、情報の評価――それは本来は、科学、そしてその科学についての調査分析という大変な作業――の代替手段として専門家を特定することには、問題があることを教えてくれる。そのような沢山の「専門家」は、実際のところ、専門家ではないからだ。

 「コンセンサス」イコール「真実」という考え方は、正しい理解への妨げとなる。久しぶりに気候コンセンサスに関するOreskes 2004を読み返して、私はこのコメントに衝撃を受けた。

 この分析結果は、査読付き文献を発表している科学者たちが、IPCC、米国科学アカデミー、そして彼らの専門学会の公的声明に同意していることを示している。

 これは完全に逆である。科学的評価とは、特定の科学的主張について科学文献が述べていることを解釈するものである。適切に行われれば、科学的評価はしばしば発表される大量の研究の有用な特徴付けとなる。しかし、間違えてはならないのは、科学的文献が評価に「同意」するのではなく、その文献が評価のための情報を与えるということである。

 科学者はコンセンサスに同意すべきだという考え方は、科学が進歩する方法に反している。科学者は互いに挑戦し、困難な質問をし、未踏の道を探るものだ。コンセンサスへの同意を求めることは、科学的探求を弱体化させる。それはまた、コンセンサスを武器化して、特に政治色の強い場において、不都合な意見を否定したり、排除したりすることにもつながるだろう。

 私はコンセンサスの武器化を過去何度も目撃してきた。例えば、私は議会の公聴会で、あるいは同僚から、一種のリトマス試験紙の検査のごとく、IPCCのコンセンサスを 「支持 」しているかどうか尋ねられたこともあった。シンプルで正しい答えは、私の研究は3つのAR6 IPCC作業部会すべてで引用されており、IPCCのコンセンサスの一部であるということだ。より詳しく答えるならば、IPCCは何千もの所見を発表しており、私の専門知識はそのうちの何十、何百もの所見について情報に基づいた判断を下すことを十分に可能にしている、ということである。そして、私の専門知識に基づいて、IPCCはその知見のほとんどについて、文献を正しく要約している。例えば、「人為的な気候変動は地球を温暖化させており、有意なリスクを示している」が、他のいくつかの主張については、IPCCは現在の科学的理解(例えば、「ハリケーンの激しさは増していない」、「RCP8.5はなりゆきの排出シナリオではない」といったこと)を正確に表していない。

 Clark et al. 2023による科学者による科学への検閲に関する最近の研究によれば、科学者が同僚たちに対してコンセンサスに従うよう圧力をかけることは、科学界ではかなり一般的なことであり、以下のように述べられている。
「確証バイアスや、他の形態で動機づけられた認識バイアスは、コンセンサスとされている結論に対する実証的な挑戦を、検閲や自己検閲によって阻止する。そして自己強化的なダイナミズムによって、反対意見をさらに阻止する、偽のコンセンサスを助長する。」

 彼らは、その見解の標的とされた約500人の米国の学者の特徴や、ニュージーランドの研究者を対象とした調査を引き合いに出し、コンセンサスという概念が実際に武器化されていることを以下のように指摘している(訳注:図の邦訳は省略)。


Clark et al. 2023
個人の権利と表現のための財団(FIRE)が追跡調査している、2000年から2023年6月までの間に、教職を狙われたり批判的調査の標的にされた米国の高等教育機関の学者(n=486)についての特徴。

 ニュージーランドの学者を対象とした2023年の調査では、53%が「物議を醸すような意見や人気のない意見を述べる自由がない」と回答し、48%が「異なる視点を提起したり、同僚のコンセンサスに反論したりする自由がない」と回答し、26%が「自分の好きな研究に従事する自由がない」と回答した。

 冒頭で紹介したカリフォルニア州法の運命は、教訓を与えてくれるものである。 2023年、この法律に対して米連邦地裁の判事は、以下のように述べた

 何が禁止されているかを、一般的な知識を持つ人に適切に知らせることができないし、 また、あまりに無規範であるため、深刻な差別的取締りを許可または助長している。

 間もなくカリフォルニア州議会はこの法律を廃止した。

 科学的コンセンサスを同定するために科学的見解を調査することが真実への近道だという考え方には誘惑されがちだ。だが実際には、そのような近道はない。科学的探究こそが唯一の道なのだ。