敦賀原発「不合格」にみる公正審査の疑わしさ


大和大学社会学部教授

印刷用ページ

はじめに

 およそ12年間に及ぶ長期にわたる論争が決着した。とはいえ、何か腑に落ちない。日本原子力発電(以下、原電)が擁する敦賀原子力発電所(福井県敦賀市)の2号機は2024年11月13日、原子力規制委員会(以下、規制委)により、再稼働に向けた審査において、正式に「不合格」となった。新規制基準に照らし、敦賀原発は直下に活動層があることを「否定できない」と判断されたのである。規制委は2013年からこれまで、各地の原発27基を審査してきたが、初めての“落第”だ。
 筆者は、2012年の規制委の発足直後から、記者として約4年にわたって東京・六本木にある規制委のビルに日夜通い続け、規制委の審査を見続けてきた。現地での活断層調査にも同行するなど、規制委の実態をつぶさに観察してきた経験がある(拙著『原子力規制委員会の孤独』に詳しい)。現在は大学教員として、環境問題の研究や教育に携わっているが、“古巣”の動向については、常に是々非々の立場で見守り続けてきた。果たして、今回の規制委の判断は胸を張って「公正」「中立」と言えるだろうか。


日本原子力発電(株)敦賀発電所2号機 画像:PIXTA

「悪魔の証明」を求める規制委

 全国津々浦々にあった原発が強制的に止められたのは、2011年3月の福島第一原発事故によるものだが、54基あった原発は事故をきっかけに21基が廃炉の道をたどり、現在は計33基まで減っている。その中で、原発を再び動かすには、2013年に策定された新規制基準による審査に合格しなければならない。「世界で最も厳しいレベル」と規制委が豪語する新規制基準の中核はやはり、地震への対策だった。
 新規制基準は「重要な安全機能を有する施設は、将来活動する可能性のある断層等の露頭がないことを確認した地盤に設置すること」と定めているため、活断層の真上に原子炉建屋など重要施設の建設を認めていない。なぜなら、どんなに建物を頑丈にしたとしても、すぐ下に活断層があれば、地盤そのものがずれて建物が傾き、崩壊する危険があるからだ。
 規制委は活断層を「13万~12万年前以降に動いた断層」と定義した。問題は、活断層の可能性があることを否定する立証責任が電力会社側にあることだ。白黒はっきりつかない場合はどうするか。新規制基準を策定した当時の規制委の委員長、田中俊一は「濃いグレーなら(原子炉を)止めてもらうことをお願いする」と言い切った。「疑わしきは罰せず」の刑事裁判上の法諺(ほうげん)からすると、違和感がある。
 電力会社側からすれば、「ない」ことを証明するのは酷であろう。これは中世ヨーロッパにおけるローマ法での「悪魔の証明」という弁論手法によく例えられる。存在しないことが明白な悪魔の不存在を証明しろと要求するのと同じことなのだ。これに対し、規制委側は活断層の可能性があるという証拠を提出しなくてもよい。「疑わしきは安全側に」という理屈は理解するものの、審査の構図が、罪を追及する検察官と、罪を裁く裁判官が同じ位置にいる奇妙さを露呈しており、規制委の判断が「公正」「中立」と言えるかどうかは怪しい。本来なら、規制委の主張と電力会社側の主張が対立するなら、客観的に裁く第三者の存在が必要ではなかったか。
 筆者が記者として取材していた当時、「専門家調査団」という法律上の根拠のない組織を規制委は立ち上げていた。調査団の座長役は規制委の地震担当の委員で、他のメンバーは「日本活断層学会」「日本地質学会」「日本第四紀学会」「日本地震学会」の関係4学会から推薦を受けて選ばれた。現地調査などを経たうえで、他の専門家が集まった「ピアレビュー(検証会合)」を追加し、評価書を作成していた。この評価書が今回の「不合格」決定まで影響を及ぼした。

「活断層は否定できない」

 敦賀原発の敷地内に活断層の可能性があることを明白に指摘したのは、2013年5月の専門家調査団による評価書である。敦賀原発2号機直下を走る破砕帯(断層)の「D-1」 について、「活断層」と判断した。ところがその時点でも、敦賀原発の活断層の判定には大きな課題が突き付けられていた。評価に携わった有識者は「データにかなり不足がある」「メンバーに偏りがある」「学術論文には到底書けないもの」と苦言を呈したのである。この評価書で決着がつくはずがなかった。評価書には、「新たな知見が得られ、必要があれば断層の評価を見直す」と記されていたからである。ここから2024年まで規制委と原電との対立が続くことになる。
 まず、なぜ敦賀原発の敷地内に活断層の可能性があると、規制委が判断したのか説明しなければならない。焦点は、敦賀原発2号機の直下の破砕帯「D-1」が、敦賀原発から200~300メートル東の位置にある活断層「浦底断層」(長さ約35キロ)と同時に活動し、真上の重要な施設に影響を与える恐れがあるかどうかであった。
 浦底断層は1970年代から活断層の疑いが指摘され、1991年発刊の『新編 日本の活断層』(東京大学出版会)で初めて活断層と明記された。最新の活動時期は約4000年前以降で、過去に大地震を繰り返したとみられている。1966年の敦賀原発1号機の設置許可当時にも、破砕帯がいくつか見つかっているが、小規模な活動性のない断層、いわゆる「死断層」とされ、2号機も同様に1982年に設置が許可された。
 専門家調査団は浦底断層とD-1の関連をみるため、敷地内に掘られた試掘溝(トレンチ)での調査結果を中心に評価した。トレンチ内では、最も古い地層をずらしていない「G断層」と、比較的新しい地層をずらす「K断層」が見つかった。原電は、G断層のみがD-1の延長部であり、D-1やK断層は古い岩盤にだけ見られるため、13万年前以降に活動した形跡がないと主張した。特に、破砕帯とG断層は「正断層」で、K断層は「逆断層」であり、正断層と逆断層が同じものであるはずがないことを根拠に挙げた。
 ところが、専門家調査団による評価会合では、専門家が原電の主張を一蹴した。空中写真判読を手段とする変動地形学者が「D-1は活断層である可能性が高い」と主張すると、他の専門家も続々と同調した。規制委側は「D-1の延長、あるいは先端が活断層として活動して、しかも浦底断層と同時にずれたと考えられると思うが、そのようなまとめでよろしいか」と会合を締めくくった。調査団の見解では、G断層もK断層もD-1の延長に近い位置にあり、断層の形状もD-1と一致していたことから、「いずれもD-1と一連の構造の可能性が高い」と判断したのである。
 この調査団の評価はあくまで「参考」とされ、原電は2015年に、正式に再稼働に向けた申請を行うが、審査会合の場でも同様に「活断層を否定することは困難である」として、結論が覆ることはなかった。規制委側の主張は、K断層は途切れ途切れに発出し、さらに上部のより新しい時代の地層にも痕跡が残っている可能性があるとした。ところが、そもそも上部の地層は過去の建設工事で除去されてしまっている。はっきりとした証明ができない「悪魔の証明」を求めたのである。

論調分かれるメディア、原電の逆襲は?

「原電は廃炉を決断せよ」(朝日新聞)/「地震大国のリスク重視を」(毎日新聞)
 日頃、原発に対する厳しい主張を展開する朝日新聞と毎日新聞は、2024年7月27日付の社説で同様の論陣を張った。朝日は「直下の活断層のリスクは極めて大きく、存在を否定できないなら運転が認められないのは当然だ」とし、毎日は「地震大国・日本で原発を動かし続けることの難しさが浮き彫りになった。安全を第一とする姿勢を貫かなければならない」と断罪した。
「再稼働阻む『活断層』と不信感」(読売新聞)/「規制委の『不適合』判断は重い」(日本経済新聞)/「初の不適合は理に合わぬ 規制委は審査の継続に道開け」(産経新聞)
 原発への好意的な姿勢を示す読売は「規制委と原電は対話を続け、双方とも納得できる科学的な結論を得ることが求められる」とし、日経は「日本原子力発電は今回の判断を重く受け止めねばならない」と、両紙ともどっちつかずの曖昧な態度となった。他方で、産経は「審査チームの議論の組み立て方が非科学的で強引に過ぎる」として、原電側に立った主張を展開した。
 敦賀原発がなくなれば原電の経営に大きく打撃する。原電は、保有する原発で発電した電気を売ることで経営が成り立つ原発専門会社だ。国内には3基の原発を保有していたが、運転開始から50年以上経った敦賀1号機は廃炉に着手し、40年以上経つ東海第二原発(茨城県東海村)と比べて、敦賀原発2号機は運転開始から40年経っておらず、同社にとって経営の生命線ともいえる。2025年には大阪・関西万博が開催されるが、1970年大阪万博の会場に「原子力の灯」を送ったのは敦賀原発だった。
 新規制基準に不適合だとしても、規制委側が廃炉を強制することができない。今後、原電が行政不服審査法に基づいて不服を申し立てるなど手続きを踏んだ上で、訴訟を提起する道もあるが、新たな調査や証拠を積み上げて、新規制基準の審査を再申請する可能性が高い。
 今後、原発の活用には期待が大きい。AI(人工知能)の普及で大量の電気を使う「データセンター」や、半導体工場の増設による電力需要の増加が見込まれるほか、気候変動対策で脱炭素のカギを握るのが原子力である。現行のエネルギー基本計画では、全電源の20~22%を原発で賄うことになっているが、現状は約6%にとどまっている。近く次期(第7次)エネルギー基本計画が策定されるが、原発の活用は増えこそすれ、減ることはない。規制委の審査への欺瞞が解消しない限り、こうした不幸な結論が今後も出てくる可能性がある。発足から12年経った規制委は、公正な審査のあり方を再検討し、規制委それ自体の組織を見直す必要があろう。