将来の社会像、明るい議論から

書評:藤野 英人 著『「日経平均10万円」時代が来る!』


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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(「電気新聞」より転載:2024年10月11日付)

 「失われた30年」という言葉がのしかかる日本で、10年後に日経平均株価が10万円になるなどと、随分強気な主張をする本だと思われた方も多いだろう。本稿執筆時点では38000円台半ば。今年、34年ぶりに史上最高値を更新したとはいえ、上昇基調を取り戻したと言える状況ではない。

 しかし本書は、あらゆる分野・地域の経営者との出会いを「足で稼いできた」著者が確信した大企業の変化や新興企業の台頭、そして、インフレは持続するとの予測を踏まえて書かれたもので、単なる楽観論では一切ない。そしてより重要な点は、「日経平均10万円」を目指すべきゴールとはしていないことだ。この本の主題はあくまでも「10年後にどんな社会でありたいか」であり、日経平均10万円は予想される未来の一つの表現でしかない。投資とは「世の中をよくして明るい未来を作ること」だとする著者は、本書でもまず10年後の社会を描き、そこで活躍するプレーヤーになる可能性の高い種を紹介する。

 いまエネルギー産業は大きな転換点を迎えている。しかし、さまざまな論考で繰り返し述べている通り、エネルギー産業の転換はそれ単体で進むのではなく、他の産業や社会インフラの変革を伴う。エネルギー産業がどう動くかによって、未来の社会に幸せな選択肢を提供できるか否かが大きく左右されるにも関わらず、我々は10年後の社会像やそこにおける自らの役割を考えることが十分できているだろうか。2030年や2050年のエネルギー産業を描いた拙著を多くの方が手に取ってくださったのはうれしいことだが、ああいった発信を活発に行い、将来の社会像を提起することが今のエネルギー産業に求められているのではないだろうか。

 設備産業である電気事業は、インフレ基調になれば投資判断に大きな影響を受ける。本書を通じて今後の経済動向をつかむのはもちろんだが、提示された社会像をぜひ参照していただきたい。

 「Utility3.0」の世界を創るために投資事業にも手を広げたいと考えた私に著者が下さったアドバイスがある。「未来を考えるのであれば、仲間と明るく議論すること」。残念ながら今、エネルギー産業は眉間にしわを寄せて議論せざるを得ない課題が山積している。しかしそれにとらわれていては社会を良くして明るい未来を創ることはできない。まずは本書を手に取って、眉間を開くことから始めてはいかがだろうか。


※ 一般社団法人日本電気協会に無断で転載することを禁ず

『「日経平均10万円」時代が来る!』
藤野 英人 著(出版社::日経BP 日本経済新聞出版
ISBN-10:429611932X